2001年ドイツにおいて“生活パートナーシップ法”が制定されたことによって、同性カップルに婚姻に準じた権利が認められることになった。それが同性カップルに異性カップルと同等の権利が認められたことを意味するかと言えば、そうではない。あくまで婚姻に準じた権利であって、同性婚が認められた訳ではないのだ(渋谷区で同性パートナーシップ法が可決されたからといって同性婚が認められた訳ではないことと同じだ。とは言え、区と国の大きな差、日本から見ればそれですら先進的であるのだが……)。そして“生活パートナーシップ法”が認められ10数年が経ち、しかし同性カップルが子供を持つ権利についてなおざりにされてしまっている現状がある。そんなドイツの現状を描き出した映画作家がAnne Zohra Berrached監督だ。
Anne Zohra Berrachedはドイツのエルフルト出身。2009年からバーデン=ヴュルテンベルクの映画学校で映画製作について学び、在学中の2010年に短編"Der Pausenclown"で映画監督デビューを果たす。その後も"E.+U."(2011)、ドキュメンタリー"Heilige + hure" "Hunde wie wir"(2012)とコンスタントに短編を製作、そして2013年、彼女は初の長編監督作"Zwei Mütter"(日本語に訳せば“二人の母”)を製作する。この作品はベルリン国際映画祭のドイツ映画部門においてDialogue en perspectiveを獲得することになった。
カティヤ(Sabine Wolf)とイザベラ(Karina Plachetka)はささやかだが幸せな結婚生活を送っていた。そんな中で2人はある決断をする。
「ヴィットリオ、ジュゼッペ、ヌリア……」
「ヌリアって女の子の名前?」
「知らないけど、素敵な響きだから」
自分たちの子供が欲しい、だけど父親はいらない、必要なのはただ精子だけ。彼女たちは精子バンクに問い合わせをするが、どこも“同性カップルに精子を提供するのは法律で許されていません”と型通りの返事で彼女たちを拒む。カティヤが弁護士を見つけ交渉するが、2人の収入の少なさが条件を満たさないということで交渉は決裂してしまう。しかしイザベラたちは何とか精子提供に協力してくれる医師を見つけ、人工受精を行うのだったが……
レズビアン・カップルが子供を持つ、その意味では2011年のリサ・チョロデンコ監督作「キッズ・オールライト」を思い出す方も多くいるかもしれない。しかしこちらはカップルが子供を持った後についての物語であり“現在”を描いた作品だろうが、ここで描かれる胸の詰まるような過酷さもまた1つの“現在”なのだ。75分とランタイムは短いが、そのぶん1分1分に伴う痛みは鋭い。
イザベラたちが直面するのは法の不平等さ、貧困、高齢出産、そしてそれらによって2人の間に生じる亀裂だ。同性カップルは子供を持ってはならないのか? 持てるとしても収入の少ない私たちには許されない?……そんな疑問の果てに精子提供を受けられることになりながら、医師は2人に言う。「あなたの年齢だと、妊娠確率は20%〜30%でしょう」そして過ぎていく時間、イザベラたちは疲弊していき、あの時の幸せすら色褪せていく。イザベラは業を煮やし、病院ではなく違法すれすれながら個人サイトから精子提供者を探すが、カティヤはそんな彼女に不信を募らせていく。「あなたは母親で、精子提供者が父親、じゃあ私は……私は一体何なの?」
"もし語り方に問題が生じていたなら、観客は登場人物に寄り添うことはないでしょう。ですから細心の注意を払いながら、私は脚本に命を吹き込んでいったんです"そうBerrached監督は語る。そして監督はイザベラたちの姿を、ドキュメンタリータッチで以て描き出していくのだ。映し出される灰色の世界、私たちは2人が抱く痛みを直に感じることとなる。物語の最後には“彼女たちの経験を基にしている”というテロップと共に何人もの名前が浮かび上がる、ここで描かれた光景は紛うことなき“現在”なのだと思い知らされ、打ちひしがれる。だからこそ私たちは動かなくてはならない、当事者であるかないかは問題ではない、弱い立場に追いやられた人々の手を取ること、そのために立ち上がらなくてはならないと強く思う。
この"Zwei Mütter"からBerrached監督は新作を撮っていないが、今後作る映画には、前作から作風を一転させ、ボリウッドの要素を組み込んでいきたいと語っている。“インドの観客は活気に満ちています。(映画を観ている間)彼らは歓声を上げ、拍手を轟かせ、踊り、そして涙を流している。映画を作る者としてこれ以上に求めるものがあるでしょうか?”彼女はどういった作品を作ることになるのか、今後の動向に期待が募る。
2016年の追記。待望の新作"24 Wochen"がベルリン国際映画祭でプレミア上映。主人公は妊娠6ヵ月を迎えた女性、しかし彼女はお腹の子供がダウン症であり、そして心臓疾患を患っているのではないかとの不安から中絶を選択するべきかと悩み……という前作"Zwei Mütter"から地続きの作品となっているようで、ボリウッドは関係ないみたいだ。何にしろBerrached監督の今後に期待。
参考資料
http://bnff1.blogspot.jp/2013/12/iffi-2013-interview-anne-zohra-berrached.html
http://www.echomag.com/two-mothers/