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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アンドレア・シュタカ&"Cure: The Life of Another"/わたしがあなたに、あなたをわたしに

アンドレア・シュタカ&“Das Fräulein”/ユーゴスラビアの血と共に生きる
アンドレア・シュタカの経歴、及び長編デビュー作"Das Fräulein"については上記の記事を参照。

"Das Fräulein"ロカルノ映画祭で金豹賞を獲得したのは2006年のことだ。しかしアンドレア・シュタカ監督はこの後自身の製作会社を立ち上げ、プロデューサーとして活躍、監督業からは遠ざかってしまう。そんな中で2014年、監督は待望の長編2作目"Cure: Life of The Another"を手掛ける。実に8年のブランクがあったが、だがその8年は意味あるものとして"Cure"に根付いている。

時代は1993年、14歳のリンダ(Sylvie Marinković)は自身の生まれ育ったスイスから、父(サラエボ、希望の街角」レオン・ルチェフ) の故郷であるクロアチアドゥブロヴニクへと引っ越してくる。そこで彼女はエタ(Lucia Radulović)という少女と出会い、絆を深めていく。ある日エタはリンダの手を引き、秘密の場所へ連れて行こうとする。"ディープキスってしたことある?" "なに?""ディープ・キスしたことあるかって" "……スイスにいた頃、したことあるけど……" そんな言葉を交わしながら2人が辿り着いたのは、美しい海が一望できる崖の上だ。波が砕ける音を聞きながら、エタに促されるまま2人は互いの服を交換しあう。戸惑うリンダに対して、エタは掴みかかり叫ぶ。"ディープキスしたなんて嘘でしょ!セックスだってしたことない癖して、見栄なんか張んないでよ!" そして事件は起こってしまう。

リンダは事件の真相をひた隠しにしながら、日々を生きていく。だがエタを殺したという罪悪感に苛まれるうち、リンダはある場所に足を踏み入れる。その家には最愛の娘を失いながら、それを哀しむ感情すら失ってしまったようなエタの母("Das Fräulein" Marija Škaričic)と、痴呆を患ったエタの祖母(サラエボの花」ミリャナ・カラノヴィッチ)が住んでいた。母はリンダを静かに拒絶するが、しかし彼女の祖母はリンダに言う。"ああ、お帰りなさい、エカ……"

太陽がいっぱい「仮面/ペルソナ」など、わたし/あなたの同一化願望をテーマとした作品は少なくない。"Cure"もそんな映画の系譜に属する作品と言えるだろう。しかしこの作品に特徴的なのは“わたしはあなたになりたい”と“あなたをわたしに変えたい”という欲望がせめぎあう所にある。服装の交換とあなたの死が呼び込むのは、あの時交換したドレスを着続けるエタの亡霊だ。彼女はリンダを嘲り馬鹿にしながら、自身の家族の元へと導いていく。痴呆症の祖母はリンダをエタと思い、罪悪感から交流をかわすうちにリンダは知らぬ間にエタとして仕立てあげられていき、傍らの亡霊にではなく鏡の中の自分にエタを見出だしはじめる。

シュタカ監督はこの変身譚を構成する全ての要素を、禍々しいまでの不穏さへと収斂させていく。まず音楽、何か異様な揺らぎが不規則に続き鼓膜を震わせる不快な曲が冒頭から流れ、その後も劇中で何度も何度も流れることになるが、そのたび内臓に汚物を塗りつけられるような感覚に襲われる。そしてルルドの泉」や以前ブログでも取り上げた"Ich Ser Ich Ser"などを手掛けたDPマルティン・ゲシュラハトの撮影たるや!ドゥブロニクの海、木々の重なり、荘厳な崖や街の美しい風景が彼の眼差しを通すと、その端正さの裏にはドス黒い蛆が沸いているのでは思わされるほどだ。さらに彼は何気ないカメラの動きにも不穏さの種を仕込んでいき、禍々しくも結実させていく。そして俳優陣もまたすばらしい。"Das Fräulein"から続投のMarija Škaričicミリャナ・カラノヴィッチは前作とはまた違う演技を魅せており印象的だが、リンダとエタを演じたSylvie MarinkovićLucia Radulovićこそ今作の主役だ。Sylvie Marinkovićは思春期の繊細さや不安定さを、Lucia Radulovićは思春期の悪意や酷薄さを見事に体現していて非の打ちどころがない。

リンダはエタへと変貌していく過程で、イヴォ(Franja Dijak)という青年と出会う。彼はエタが心を寄せていた相手であり、リンダもまた彼の心に近づいていく。しかしこの関係性から浮かび上がってくるのは、シュタカ監督にとっての生涯のテーマというべき物だ。生涯2人はある時、見晴らしのよい丘へと出掛ける。だがこの丘から見えてくるのは美しい風景ではない、空をたゆたう黒煙だ。そして耳には砲撃の音が響き渡る。元々スイスで生まれ育ったリンダは、この時まで自分が今住んでいるクロアチアの街の傍らで紛争が起きているのを知らず、実際目の当たりにしても信じられないでいる。この時からわたし/あなたの同一化願望は、スイス/旧ユーゴ圏の血の融和という側面も持ち始めるのだ。父からクロアチア人の血を受け継ぎながらスイス人として生きるリンダ、クロアチア人の血を持ちクロアチア人として生きたエタ、リンダがエタになるということはクロアチアひいては旧ユーゴの文化を内面化するということだ。クロアチア人とボスニア人の両親を持ちながらスイスに生きるシュタカ監督はこの"Cure"という作品に、リンダとエタという少女に自身を投影しながらも、容易に一体化を達成させることはない。エタの“あなたをわたしに変えたい”とはつまり“あなたはわたしになんかなれない”と表裏一体なのだと気づいた時、リンダは“わたしはあなたになるんだ!”という思いを炸裂させてある行動に出る。しかし彼女に突きつけられる言葉はこんな物だ。「君の問題はさ、ここにもどこにも君のいるべき場所はないってことだよ」

"Das Fräulein"はスイスに生きる旧ユーゴ移民たちの友情を通じて2つの世界を繋ぐ希望を描いたが、"Cure"は一転してスイスと旧ユーゴ圏の間で宙吊りになった少女の絶望を丹念に描き出していく。一作一作ごとに血への洞察が深まっていく中で、アンドレア・シュタカ監督はこの先いったい何処へ向かうのだろうかと、そんなことを切実に思わされる傑作がこの"Cure: The Life of Another"だ。


左からアンドレア・シュタカ監督、エタ役のLucia Radulović、製作のトーマス・イムバッハ、リンダ役のSylvie Marinković。記事一番上の写真と比べた方が分かりやすいかもしれないが、シュタカ監督とリンダ、結構似てると思う。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その1 Chloé Robichaud &"Sarah préfère la course"/カナダ映画界を駆け抜けて
その2 アンドレア・シュタカ&“Das Fräulein”/ユーゴスラビアの血と共に生きる
その3 ソスカ姉妹&「復讐」/女性監督とジャンル映画
その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
その8 Anne Zohra Berracherd & "Zwei Mütter"/同性カップルが子供を作るということ
その9 Talya Lavie & "Zero Motivation"/兵役をやりすごすカギは“やる気ゼロ”
その10 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その11 リンゼイ・バージ&"The Midnight Swim"/湖を行く石膏の鮫
その12 モハマド・ラスロフ&"Jazireh Ahani"/国とは船だ、沈み行く船だ
その13 ヴェロニカ・フランツ&"Ich Ser Ich Ser"/オーストリアの新たなる戦慄
その14 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その15 クリス・スワンバーグ&"Unexpected"/そして2人は母になる
その16 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その17 Marco Martins& "Alice"/彼女に取り残された世界で
その18 Ramon Zürcher&"Das merkwürdige Kätzchen"/映画の未来は奇妙な子猫と共に
その19 Noah Buchel&”Glass Chin”/米インディー界、孤高の禅僧
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