あなたは90年代という時代に何を思い浮かべるだろうか。私はやはり映画を中心に考えるのだが、90年代は何を置いてもマジで一番ダサかった時代だと思っていて、それはこの時代を考える時真っ先に頭に思い浮かぶのがロジャー・エイヴァリー監督作「キリング・ゾーイ」だからだ。ノスフェラトゥ&騎乗位セックスや最終決戦の果てしないクソ加減は、本当事あるごとにフラッシュバックしてきて、この作品は90年代という時代の悪い所だけをブチこんで出来た作品だってもうずっと思っている。このダサさが90年代だって。さて私のイメージについてはここまでにして、今回紹介するのはそんな90年代に対して不思議なビジョンを提示する作家たちについてだ。
Whitney Hornは1982年にニューヨークで生まれた。コロンビア大学に通っていたのだが、そこで創作上のパートナーとなるLev Kalmanと出会い、映画制作を志すようになる。しかしコロンビア大学には映画学科がなかった故に、独学で映画について勉強したそうだ。
2004年、Hornたちは彼女の叔父から譲り受けた16mmカメラのクラスノゴルスク3を使い、初監督作"Blood Stew(or the Country Club Killer)"を手掛ける。10代の少年少女がホラー映画を撮影しながら、その舞台裏では愛の駆け引きを繰り広げるという作品で、俳優には自身の友人たちをかき集めて撮影に臨んだそう。その中には"L for Leisure"にも出演している俳優が何人も含まれていた。その後は実験映画的な色合いが強い"Christmas in its Youth"に"O, Nurse!"や"Dear Santa"、若者たちのビーチでの騒ぎを描いた"Fun's Over"、1920年代のニューヨークを描いた"Jazz Christmas"を監督、しかし映画祭に出品するなどはなく、自宅のアパートで上映するくらいだったという。
2006年は彼女たちにとって重要な年で、アンビエントバンドAaのMVを制作、これがきっかけでフロントマンのJohn Atkinsonと知り合い仕事を共にすることとなる。"L for Leisure"において印象的な劇伴を手掛けたのもAtkinsonである。そして同年、彼女たちはWebシリーズ"Halloween Face: A Real Horror Show"を監督し、ここから今まで短編のみを手掛けてきた彼女たちにとって初めての中編制作に入り、2年の歳月をかけて"Blonde in the Jungle"を完成させる。舞台は何と1988年のホンジュラス、4人の白人のガキ集団、いわゆるWASPたちが若さの泉を探して、ドラッグをやったり、自然の過酷さにへばったり色々やるシュールなアドベンチャー・コメディで、ロッテルダム国際映画祭で上映後、シカゴ・アンダーグラウンド映画祭では劇映画部門の作品賞を獲得し、彼女たちの名は一躍有名になる。
"Blonde in the Jungle"完成直後から"L for Leisure"の企画は動き始める、が、結構回り道回り道しながら企画を進めていたそうなのでその間のことを少し書いていこう。2009年にHornはニューヨークからサンフランシスコに移住、また2012年にはKalmanもサンディエゴにお引っ越し、彼の方は大学で映画や撮影技術について教鞭を取るなどしていたそうだが、Hornの方はニートになって日がな海岸をブラブラしていたらしい。そんな感じで紆余曲折ありながらも、2014年に彼女たちは初長編"L for Leisure"を完成させる。
柔らかな潮風に揺れるヤシの葉、日の光が溢れる海岸、ローラースケートを履いて道を行く若者、そうしてリゾート地の美しい風景が綴られていく様は、ちょっと映像関連には自信ありますって感じな旅行代理店の社員が作った観光PVのようだ。だが"L for Leisure"の空気感はここに凝縮されていると言っても過言じゃない。
1993年ラグーナ・ビーチ、その近くに位置する大学で若者たちが談笑している、内容は終末世界を描いた小説についてだ。内容はアカデミックなものでかなり難解だのに、口調がフランクなので何か緩んだ不思議な雰囲気が漂う。そんな中にシエラ(Marianna McClellan)という女性がいて会話を楽しんでいた。そして彼女は自身の仕事をこなすと、海辺のカフェへと赴きワインを楽しむ。と、そこに現れたのは旧知の友人ブレイク(Bro Estes)だ。2人は再会を喜び、美しい海を背景に言葉を……
などと思っていると何の脈絡もなく舞台は1992年に移ってしまう。カメラに映し出されるのはコテージで優雅に過ごす大学生の姿だ。オレンジ色の陽光を浴びながら、気だるげに会話を繰り広げる若者たち、アンディ(Libby Gery)は卒業論文としてスピリチュアルなテーマ、つまり木々が発する声についてを書こうとしているらしい、そして人種間戦争に核戦争、ソビエト連邦は解体したかもしれないが何も終わってはいない、何だかまた難解な言葉がふわふわと現れては消え、そしていきなり、舞台は別の場所へ移り、カメラにはテニスを楽しむ大学生の姿が映し出される……
"L for Leisure"はその題名の通り、結構金とかいっぱい持ってて良い感じの大学生(と時々教授も)たちが卒業前に世界各地をフラッフラと旅する映画だ、というか旅する映画でしかない。こういったいわゆるWASPたちを描く意味で何処のレビューでもレファレンスとしてホイット・スティルマンの名が挙げられるのだが、Horn監督たちのスタイルはまた独特で、異なる時間・異なる場所での出来事を、何というか、適当としか形容しがたいリズムで以て繋げていくのだ。この感じは小説「イー・イー・イー」のタオ・リンによる、ある出来事を描いているかと思ったら唐突に"1ヶ月後"とか綴られ繋がりがブチっと絶たれると、そんな筆致に似ている。元々タオ・リンはジョー・スワンバーグやアンドリュー・ブジャルスキなどのマンブルコアひいてはゼロ年代米インディー映画と作風を共有していたのだが、テン年代に入り、このリズムに親しんだ世代が、これを自分なりに咀嚼してまた新しい映画を作り始めているのを感じる。例えば"Travel Plans"Ted Fendtに、このWhitney Horn&Lev Kalmanな訳だ。
話が少し逸れたが、撮影や音楽もまた印象的だ。撮影を担当しているのはHorn監督自身、ビデオもデジタルも構わず16mmに拘り続ける彼女の美学は、粒子の粗つきと鮮やかな橙色が同居する美しき画の数々として結実している。音楽は先も紹介した通りAaのフロントマンであるJohn Atkinsonだ。耳触りのよいイージー・リスニング調のメロディの中でトゲのあるノイズが取っ掛かりとなり、観た後も簡単には忘れられないものとなっている。
そんな要素が混ざりあいながら物語は進んでいくのだが、シュールさもどんどん増していく。もし平行世界が存在したとするなら人間ではなく犬が文明を築いている世界もあるのか?なんて知的な会話を繰り広げていた男女がいきなりレスリングを始めたり、トリス(Kyle Williams)という青年が気の向くままにアイスランドへ旅に出て、一通りフラッフラしてから牧場でアル・ゴアの著作を読むという余りにも謎な下りすら存在する。この物語は本当にどこへ行くのか全く予想できない、というかこれを作った監督自身どこかに行く気すらないような感触すら覚える。例えるなら、まるでマリファナを吸って(劇中にもそんなシーンがある)、良い感じに頭がホワホワしてる状態で、暖かな夕日に向かってヘッヘッヘッ……ヘッヘッヘッヘッ……とか笑いながらフラッフラ歩いているみたいな感覚がずっとあるのだ。
だがそれでいて知的な洞察も存在するのは既に書いての通りだ。終盤、監督たちはメキシコのバハに広がる夕日をそのカメラに捉える。そして登場人物の一人が呟くのだ、生物学は歴史がまだ終わっていないことの証明だ、未来はまだ何も決まってはいないと。"L for Leisure"は90年代という時代を1つの過渡として描き出す。あの時代、あの圧倒的に能天気でいられた時代……
"L for Leisure"は再びロッテルダム国際映画祭で上映された後、リスボンやブラジルのクリティーバ、メルボルンやロンドンなどの映画祭で上映され話題を集めた。監督たちの新作は既に2本の計画が進行中で、1本目は短編"Peruvian Bodies"、1996年を舞台にしたセクシーな探偵映画で、バーホーヴェンの「氷の微笑」がレファレンス作品らしい。2本目は第2長編の"Two Planes and a Fancy"、1890年代のアメリカ南西部、ヤブ医者とフランス人の地質学者、そしてダンディーな水彩画家が温泉を探しに遥かな旅へと出掛ける作品だそうだ。ということで監督たちの今後に期待。
参考文献
https://www.festivalscope.com/director/whitney-horn-lev-kalman(監督プロフィール)
http://filmmakermagazine.com/people/lev-kalman-whitney-horn/(監督紹介ページ)
http://www.specialaffectsfilms.com/info.php(製作会社公式サイト)
http://www.interviewmagazine.com/film/lev-kalman-and-whitney-horn-l-for-leisure#_(監督インタビューその1)
ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &"I Believe in Unicorns"/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その19 Anja Marquardt& "She's Lost Control"/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路