鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ネイサン・シルヴァー&"Thirst Street"/パリ、極彩色の愛の妄執

ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
ネイサン・シルヴァーの略歴と彼の長編作品についてはこの記事参照。

ブライアン・デ・パルマ、その名を聞く者には崇高か侮蔑かを抱く者に別れるだろう。だが超絶技巧、絢爛豪華、映画は虚構だと開き直りながらスクリーンで自由に舞い踊る様は唯一無二と言っていいだろう。そんな彼は、そもそもがヒッチコックの模倣と揶揄されながら、彼自身数々の模倣を産みだしてきた。米インディー映画界の恐るべき子供であるネイサン・シルヴァーによる最新作"Thirst Street"はその最先端にある作品だ。そしてそれはデ・パルマが作れなかったデ・パルマ的傑作でもある。

この映画の主人公はジーナ(「女教師」リンゼイ・バー)という女性、CAとして世界中を飛び回る日々を送っている。彼女にはポールという恋人がいた。だがすれ違いが原因である日自殺を遂げてしまった。傷心を引き摺るジーナは、それでもパリで立ち寄った占い師に全てを変える新たな出会いがあると予言されることとなり……

物語の序盤はそんな彼女の日々を小気味よく描き出していく。冒頭からして夢見る脳髄を覗きこむような16mmの粗く豊かな色彩感覚が目を惹くが、彼女の日常が揺るがされるにつれ、世界は着実に姿を変えていく。ある時泊まるホテルの一室を満たす、鮮血を思わす原色の赤はそれを象徴しているだろう。だがこれらはまだ序の口に過ぎないのだ。

ジーナは同僚たちと共に訪れたキャバレーでジェローム(「垂直のまま」ダミアン・ボナール)という名の中年男性と出会う。何かを感じ取り濃厚な一夜を過ごした彼女は、その後も頻繁に彼に会いに行くようになる。相手からは気軽なセックス相手としか思われていない一方で、ジーナはこんな思いを募らせていく――彼こそが私の運命の相手だ!そう簡単に逃してたまるか!

デ・パルマ作品は手法も特徴的だが、その根幹に共通して存在するのは"妄執"というべき概念である。例えば愛のメモリーにおける失踪した妻に似た女への狂おしい愛、例えばボディ・ダブルにおけるカメラ越しに見た女への執着。"Thirst Street"には正にそんな"妄執"が存在しているのだ。ジェロームのために仕事を捨てパリに引越し、彼の働くキャバレーに仕事を見つけ、彼の誕生日パーティーにまで乱入し騒ぎを起こす。しかし彼の元恋人であるクレメンス(「ジェラシー」エステル・ガレル)が現れた時から、ジーナは更なる捻じれを見せ始める。

シルヴァー監督は彼女の妄執を様々に視覚的な形で描いてみせるが、注目すべきはその色彩感覚だ。ここにおいて妄執は極彩色として顕れるのだ。蜥蜴の皮膚さながら艶めかしく光る緑、酩酊と恍惚に揺らめく黄、愛に脈打つ心臓を思わす赤、しかし全てを残酷なまでに染め上げる深い青……

そんな監督の才気に応えるかのように、ジーナを演じるリンゼイ・バーも熱演を見せてくれる。神経衰弱ギリギリの女役を演じさせたら右に出る者は居ない彼女だが、瞳孔開きっぱなしで愛を求める姿はさながら獲物を執拗に追い続ける鮫だ。彼女については以前ブログで特集記事を書いたのだが、その時彼女の額にある突起物が印象的だと記した。今回それが妄執の増すごとに輝きを増していくようなのだ。しかも劇中、その傍らに傷痕さえ穿たれ、妄執はもはや留まる所を知らなくなる。

シルヴァーは過去作品において"私たちはいかに他者と相容れないのか?"というのを徹底して描いてきた映画作家だ。今作においては関係性に異様な執着を見せる狂熱のストーカー女の姿を通じて、それを描き出していると言える。だがデ・パルマを思わす演出手法といい、彼は以前とはまた違う新たなフィールドへ繰り出しているという印象をも受ける。その源泉は今作の舞台であるフランス・パリだろう。以前のシルヴァー特集記事で記した通り、彼は12歳の頃からアルチュール・ランボーの詩に親しみ始め、フランス語を習得し自分で詩を書ける程の語学力を得ている。その原体験ゆえか、パリの街並みや妖しい地下世界にフェティシズム的な憧憬が見え隠れしている。

そして起用した俳優も注目点だ。ジェローム役はフランスの鬼才アラン・ギロディの最新作「垂直のまま」で主演を演じたダミアン・ボナール、そしてクレメンス役は巨匠フィリップ・ガレルの娘エステル・ガレルであり、フランス映画史にも視線は注がれているのだ。このフランスへの偏愛が炸裂して、"Thirst Street"という映画はシルヴァー作品の中でも最も映画的な快楽に満ちたものとなっていると言えるだろう。

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &"I Believe in Unicorns"/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その19 Anja Marquardt& "She's Lost Control"/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
その21 Whitney Horn&"L for Leisure"/あの圧倒的にノーテンキだった時代
その22 Meera Menon &"Farah Goes Bang"/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & "The Girl in The Book"/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & "The Mend"/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&"Sleeping with Other People"/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&"Bone Tomahawk"/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&"I Remember Nothing"/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その29 Perry Blackshear&"They Look Like People"/お前のことだけは、信じていたいんだ
その30 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その31 ジョシュ・モンド&"James White"/母さん、俺を産んでくれてありがとう
その32 Charles Poekel&"Christmas, Again"/クリスマスがやってくる、クリスマスがまた……
その33 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その34 ロベルト・ミネルヴィーニ&"Low Tide"/テキサス、子供は生まれてくる場所を選べない
その35 Stephen Cone&"Henry Gamble's Birthday Party"/午前10時02分、ヘンリーは17歳になる
その36 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その37 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その38 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その39 Felix Thompson&"King Jack"/少年たちと"男らしさ"という名の呪い
その40 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その41 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その42 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その43 Cameron Warden&"The Idiot Faces Tomorrow"/働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない
その44 Khalik Allah&"Field Niggas"/"Black Lives Matter"という叫び
その45 Kris Avedisian&"Donald Cried"/お前めちゃ怒ってない?人1人ブチ殺しそうな顔してない?
その46 Trey Edwards Shults&"Krisha"/アンタは私の腹から生まれて来たのに!
その47 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
その48 Zachary Treitz&"Men Go to Battle"/虚無はどこへも行き着くことはない
その50 Joel Potrykus&"Coyote"/ゾンビは雪の街へと、コヨーテは月の夜へと
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その52 Joshua Burge&"Buzzard"/資本主義にもう一発、中指ブチ立てろ!
その53 Joel Potrykus&"The Alchemist Cookbook"/山奥に潜む錬金術師の孤独
その54 Justin Tipping&"Kicks"/男になれ、男としての責任を果たせ
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その56 Adam Pinney&"The Arbalest"/愛と復讐、そしてアメリカ
その57 Keith Maitland&"Tower"/SFのような 西部劇のような 現実じゃないような
その58 アントニオ・カンポス&"Christine"/さて、今回テレビで初公開となりますのは……
その59 Daniel Martinico&"OK, Good"/叫び 怒り 絶望 破壊
その60 Joshua Locy&"Hunter Gatherer"/日常の少し不思議な 大いなる変化
その61 オーレン・ウジエル&「美しい湖の底」/やっぱり惨めにチンケに墜ちてくヤツら
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その63 パトリック・ブライス&"Creep 2"/殺しが大好きだった筈なのに……