さて前回は何度か続けて、ポスト・マンブルコア世代を代表する監督の1人ネイサン・シルヴァーを連続して取り上げ、それを通じていかにマンブルコアが咀嚼され、新たな表現はどのように生まれていったのかを見てきた。そして今回紹介するのはマンブルコアと直接関わりはなくともその演出を受け継いでいたシルヴァーとは逆に、ガッツリとマンブルコアの一員として活躍しながら演出はリアルさからは著しくかけ離れた狂乱ぶりを見せる稀有なる作家
ジョセフィン・デッカー Josephine Deckerは1981年テキサスに生まれた。小さな頃は書くのが好きだから小説家、ナショナル・ジオグラフィックが好きだから写真家、音楽が好きだから指揮者になりたいと様々な夢を持っていたという。しかしその全てにおいて極めることが出来ず挫折してしまう。そんな中で3つの要素が混ざり合った芸術こそが映画であることに気付き、映画の道を歩み始める。
まずこの記事では俳優としての彼女を追っていこう。デビュー作は今後の盟友となるマンブルコア野郎ジョー・スワンバーグが、変態性愛路線真っ只中な2011年に作った"Art History"と"Autoerotic"と"Uncle Kent"の3作品だった。この捻じれた性愛に重きを置く作風はそのまま彼女の監督作にも反映されることとなる。彼女のキャリアにとってもう1人重要なのはトルコ人映画監督Onur Tukelだ。キャリア初期の2013年に群像劇"Richard's Wedding"に出演、スワンバーグの"The Zone"(紹介記事を読んでね)で狂気のエロみを発揮していたLawrence Michael Levineのフィアンセ役を演じている。他にもケンタッカー・オードリーが主演した"Bad Fever"の監督Dustin Guy Defaやジョナス・メカスの娘ウーナも出演するなど結構凄い。更に2015年には"Abby Singer/Songwriter"にも顔を出している。
その他ホラー方面ではスワンバーグが2013年の年間ベストにも入れ、且つアンドリュー・ブジャルスキーがカメオ出演しているマンブルコアがズブズブなホラーコメディー"Saturday Morning Mystery"や自身の監督作"Butter on the Latch"にも出演していたIsolde Chae-Lawrenceとの共演作"Sisters of the Plague"(2015)などにも出ている。注目はBrigitta Wagner監督作"Rose Hill"だろう。傷心を抱えた女性がニューヨークから故郷の南インディアナへと帰ってくる。そこでセックスに悩む親友と久々に再会し2人で旅に出るのだが……という作品で、先述の"Butter on the Latch"と同じく性への探求と女性同士の友情をテーマとした作品となっているのだ。さて俳優としてのキャリアをザッと見ていった所で、彼女の俳優デビュー作であるジョー・スワンバーグ監督長編"Art History"のレビューに入っていこう。
熱く激しい吐息を唇から漏らしながら、2人の男女が体を絡み合わせている。興奮に突き動かされた彼らは本番を始めようとするのだが、まず男の勃起したペニスにゴムを付けるのが先だ。最初は女がぎこちなく装着しようとするのだが、そのうち男が自分で付けることになる。亀頭にゴムを被せて、根本まで伸ばし、ペニス全体を覆う。この行程を経た上でペニスは挿入されセックスが始まるのだが、そこで唐突にカットがかかる。良し、OKだ、今ので上出来だよ……
映画監督のサム(スワンバーグは出演も兼任)は現在新作の撮影真っ只中にあった。内容はある夜運命的に出会った男女がセックスに興じる姿を描き出したロマンスで、彼は主演俳優のエリックとジュリエット(ケント・オズボーン&ジョセフィン・デッカー)、そして撮影クルーで友人のアダムとクリス(毎度お馴染みアダム・ウィンガード&クリス・スワンバーグ)の5人で共同生活を続けながら映画製作を行う日々を過ごしていた。
スワンバーグはどの作品でもセックスに対して並々ならぬこだわりを見せているが、2011年頃の変態性愛路線時代はそのこだわりが最高潮に達している時代であり、"The Zone"や"Autoerotic"と並んで今作にはセックスへの執着が濃厚だ。スワンバーグ演じるサムは劇中においてセックスシーンのみを延々と撮影する。ベッドに寝転がる2人に対して指示を出しながら、彼らにカメラを向ける。エリックがジュリエットの乳房を愛撫し乳首が勃つ、エリックが彼女の茶色い髪の毛を優しく撫でる、エリックが満足げな表情を顔に浮かべる。そういったシーンをサムは些か過剰なクロースアップによって映し出していくのだが、それに何か居心地の悪さを感じる観客は少なくないだろう。
だがそれはある意味でスワンバーグの想定通りだろう。彼がセックスを描くにあたり重きを置いていたのは、身体の現実を捉えることだった。巷にはPhotoshopで加工された理想的な肉体が様々な形で溢れ返っているが、だが偽りの完璧さは現実からは程遠い。映画ではバッキバキに鍛えた俳優たちがベッドシーンを演じ、隆々さに豊満さを見せつける。スワンバーグはデビュー長編の"Kissing on the Mouth"からこの偽りを否定してきた。彼の映画に出てくる人々は脂肪もプヨプヨで下腹はポッコリ、無駄毛もボウボウで背中にはシミの数々、そんな普通の肉体をした若者たちのセックスはバッキバキなベッドシーンに見慣れた観客にとっては罰ゲームにしか思えないだろう。しかしスワンバーグにとってはその生々しさが重要なのだ。今を生きる人々が持つありのままの肉体を映画として提示すること、最初は居心地の悪さを感じながらも、いつしかそこに私たち自身の身体をも見出だす筈だ(そしてこのスタンスは"Tiny Furniture" "Girls"で一世を風靡するレナ・ダナムへと受け継がれていく)
そしてスワンバーグは"Relationship 関係性"を描き続ける作家だが、セックスという行為は正にその関係性についての象徴的行為でもある。言葉を交わす、相手に触れる、相手を思う、様々なコミュニケーションを経た先にしか相互的な快楽は存在しない、そうでなくては全てが独りよがりになってしまう。この複雑さはそのまま関係性の複雑さとなる故にスワンバーグはセックスを描き続けている訳だ。だが変態性愛路線において顕著なのは、先述の要素と表裏一体の関係にあるセックスだけが持つ破壊的な力への洞察が宿っている点だろう。
エリックとジュリエットはセックスシーンを撮影するうちに実際にも惹かれあい、最後には演技ではない本当のセックスをするまでの仲になる。サムも偶然それを知り、最初の頃はこれで映画にも親密さが生まれると喜んでいたのだが、心の中にムクムクと膨れ上がるのは嫉妬心だ。自分もジュリエットとセックスがしたい、アイツをエリックから奪い自分の物にしたい……その言葉は口にされることはないが、撮影を経るごとに彼の精神は静かに崩壊を迎え始める。
エロ映画撮影していたら演じている俳優がムラムラし始め、実際にセックスしてしまい、監督自身もムラムラし始めて嫉妬心を向ける。こう言葉として語ると物語の安さ甚だしい感じだが、"Silver Bullets"や"The Zone"で見られた"映画監督はつらいよ"的なテーマが反復されているのに注目したい。その中でも今回焦点が当てられるのは、監督としてのプロ意識と人間的な嫉妬や欲望のせめぎあいだ。公と私の線引きは明確でなくてはならない、しかしそう綺麗事を吐いても誰かに惹かれる時にそう簡単に抵抗できるものなのか?
今作の撮影はスワンバーグ自身とウィンガードが兼任しているのだが、両者の撮影スタイルは真逆の物となっている。前者担当の映像は映画のフッテージとして現れるのだが、何度か書いている通りスワンバーグのカメラは極端なズームアップが多用され、セックスを撮すというよりセックスをする最中に体の部位はどう反応するかを観察するスタンスが徹底している。逆にウィンガードのカメラは常に固定され長回しが基本、被写体とは距離を取り部屋全体がフレームに入るような位置どりになっている。まるで廊下に立つ幽霊が開け放たれたドアの間から撮影現場やエリックたちのセックスを密かに覗いているといった印象がある。スワンバーグの閉所恐怖症的な撮影が唐突にウィンガードのスタイルに移行する様が繰り返されるのだが、この飛躍の反復にサムの苦悩が滲み渡る。
だがこの三者間のダイナミズムの中心にいる存在こそ、デッカーが演じているアンだ。アンは予測不可能な存在であり、エリックと親密なセックスを果たすかと思えばサムの欲望を見抜き彼に言い寄っていく。それでいて彼女には内面が存在しておらず、そんな真空のような存在感がサムたちの感情を引きずり出すのだ。捻れた性の構図は彼女の監督作にも共有される視点だが、俳優としてのスタートラインでもそんな作品に参加している事実はなかなか興味深い。そして物語は空白かと思われていたアンの思わぬ感情の激発によって鮮烈な終わりを迎える。しかし本編とは違いスワンバーグとは良好な関係を保ち、彼の後ろ楯によって2014年に映画監督としてデビューを果たす訳だが、その辺りはまた次の機会ということで。
結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス<<
ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &"I Believe in Unicorns"/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その19 Anja Marquardt& "She's Lost Control"/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
その21 Whitney Horn&"L for Leisure"/あの圧倒的にノーテンキだった時代
その22 Meera Menon &"Farah Goes Bang"/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & "The Girl in The Book"/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & "The Mend"/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&"Sleeping with Other People"/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&"Bone Tomahawk"/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&"I Remember Nothing"/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その29 Perry Blackshear&"They Look Like People"/お前のことだけは、信じていたいんだ
その30 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その31 ジョシュ・モンド&"James White"/母さん、俺を産んでくれてありがとう
その32 Charles Poekel&"Christmas, Again"/クリスマスがやってくる、クリスマスがまた……
その33 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その34 ロベルト・ミネルヴィーニ&"Low Tide"/テキサス、子供は生まれてくる場所を選べない
その35 Stephen Cone&"Henry Gamble's Birthday Party"/午前10時02分、ヘンリーは17歳になる
その36 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その37 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その38 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その39 Felix Thompson&"King Jack"/少年たちと"男らしさ"という名の呪い
その40 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり