2016年4月、嬉しいことに昨年ブリテン諸島で最も評価されたと言ってもいい"45 Years"が「さざなみ」というタイトルで日本公開が決定した。本作は結婚45周年を迎えた夫婦が、夫の隠していた秘密が明らかになることで静かに崩れ行く様を描き出した作品で夫婦を演じたトム・コートニィと、そしてブリテン諸島の偉大な女優の1人であるシャーロット・ランプリングの演技が絶賛されベルリン国際映画祭では2人が男優賞・女優賞を獲得するという快挙を成し遂げた。今回はそんなランプリングを描き出すドキュメンタリー"The Look"とその監督アンジェリーナ・マッカローネを紹介しよう。
アンジェリーナ・マッカローネ Angelina Maccaroneは1965年8月21日ドイツのケルンに生まれた。母はドイツ人、父はイタリア人移民。14歳から歌詞を書き始め、まずは作詞家として活躍、ドイツの国民的ロック歌手ウド・リンデンベルク Udo Lindenbergなどの歌詞も手掛けたという。ハンブルク大学でドイツ・アメリカ研究学を専攻、卒業論文はレズビアンが題材のコメディ映画についてだったそう。現在はアメリカや、ドイツ映画テレビアカデミー(dffb)で教鞭を取るなど教師としても活躍している。パートナーは自身の監督作やトーマス・アルスラン、クリスティアン・ペッツォールトの諸作を手掛ける、現代ドイツ映画界には欠かせない編集技師ベッティナ・ボーラー。
監督としては1995年のTV映画"Kommt Mausi Raus?!"、故郷の村から離れハンブルクへとやってきた18歳の少女のカミング・オブ・エイジ映画でデビューを果す。長編映画としては1998年の"Alles Wird Gut"が初監督作だ。今作の主人公はアフリカ系のナブー、彼女は元カノであるカーチャとヨリを戻そうと必死だ。そんなナブーは彼女の隣人であるキムの元で家政婦として働くこととなり、複雑な三角関係が出来上がり……という自身の卒業論文に書いた理論をそのまま映画化したような古典的ロマンティック・コメディで、ロサンゼルスのクィア映画祭アウトフェストで観客賞を獲得することとなる。
そこから7年のブランクの後、2005年には第2長編「異国の肌」(ドイツ映画祭2006で上映)を手掛ける。人妻との不倫関係を知られたことにより、ドイツへと逃れたイラン人女性ファリバ。彼女は身分を偽り男性として工場で働くようになるが、同僚のアンネと恋に落ち……というドイツ社会で抑圧されるレズビアンの姿を描いたドラマ作品で、カルロヴィ・ヴァリやワルシャワなどで上映されヘシアン映画賞では長編映画賞を獲得するなど話題となる。第3長編"Verfolgt"は非行少年と50代の保護監察官のSM的な愛憎を描いた作品で、内容的に私の大好きっぽい感じだがこれまた私の大好きなロカルノ映画祭で金豹賞を獲得しており、絶対これ好きな映画だわって感じだ。
そして第4長編は2007年の"Vivere"、クリスマスイブのロッテルダムを舞台に、恋人と共に故郷を逃げ出した妹を探しにやってきた主人公と心に傷を負った中年女性の心の彷徨を描いた作品。その後ドイツの長寿刑事ドラマ"Tatort"の監督を経て、2011年に初のドキュメンタリー"The Look"を手掛ける。
自分自身をさらけ出すことは酷く大きなプレッシャーを伴う行為なんです、"The Look"はシャーロット・ランプリングのそんな言葉から幕を開ける。映画が最初に掲げるテーマは冒頭の言葉にもあるように"さらけ出す"ことだ。モデルとして、俳優として40年以上もの長きに渡りカメラにその心と体をさらけ出してきたランプリングはその難しさや本質を、優雅な身のこなしと共に私たちに語ってくれる。合間には長年の盟友である写真家ピーター・リンドバーグとの対話も挟まれ、彼が撮った過去の写真/現在の写真を見比べながら、彼女は憂いと笑いをその顔に浮かべるのだ。
本作は9つのテーマ――さらけ出すこと、老い、美しさ、共鳴、タブー、悪魔、欲望、死、愛――に沿って、稀代の俳優でありランプリングの内奥へと飛び込んでいく。第2のテーマである"美"において、彼女が対話の相手とするのはアメリカの小説家ポール・オースターだ。老境に差し掛かり「写字室の旅」などの作品で自身も老いへの洞察を深めるオースターとの対話はスリリングな響きに満ちている。その最中、彼女が監督や私たちに語る言葉が印象的だ、美は移りゆくもの、変わりゆくもの、だから誰かが口にする"美が色褪せていく"というのは間違い、美は既に他のものへと変わっていて、いつまでも美しいままでいると。
本編中には彼女の出演作、"さらけ出すこと"では劇中で俳優を演じた「スターダスト・メモリー」の、"欲望"では売春ツアーに出向く老年の女性を演じたローラン・カンテ監督作「南へ向かう女たち」のフッテージ映像が挿入され、彼女の言葉に深みを与える。ある時はフランソワ・オゾン監督の傑作「スイミング・プール」の印象的なダンスシーンが映し出され、サラというキャラクターについて愛おしげに語る。
そして"共鳴"においては自身のキャリア初期作「ジョージー・ガール」のメレディスと正に共鳴していたという彼女の言葉が、メレディスが出産を果たしたシーンに繋がり、現実における息子のバーナビー・サウスクームとの対峙へと辿り着く。映画について、別れた夫/父についての親密な会話の数々は聞く者の胸にさざなみを呼ぶに十分だ(この撮影の1年後、映画監督として彼はランプリングを主演として長編映画"I, Anna"を手掛ける事実は此処に記しておくべきだろう)
そして今作のハイライトと言うべきセグメントが妙な笑いとランプリングの本質が奇妙に同居する"タブー"だ。このセグメントにおける対話相手は写真家のヨーガン・テラーなのだが、彼がランプリングを撮した作品がなかなかに酷い。コンセプトは、ホテルのスイートルームでの愛人関係なのだろうテラーとランプリングの密会といった物だが、テラーは常に陰部をブラブラ露出させた全裸状態で、ランプリングが弾いているピアノの上でテラーがまんぐり返しをして睾丸とアナルが丸見えとそんな滑稽な写真ばかりなのだ。だがそこには年齢差によって醸し出される背徳的なエロスが見え隠れし、これらの瞬きの中で彼女たちは自分が踏み越えてきたタブーを語り合う。
この"タブー"において挿入される映画は何でしょう?と聞いて、ズバッと答えられる人はきっと多いだろう、その答えは勿論リリアーナ・カヴァーニ監督作「愛の嵐」だ。彼女にとって最も思い入れ深き映画としてこのドキュメンタリーでも多くの時間が割かれる。映画評論家ボーリン・ケイルに"女性の地位を貶める"作品と糾弾したなどのエピソードと共にあの有名な、サスペンダーを着用したランプリングがナチ軍人の前で淫靡に歌を響かせるシーンが浮かぶが、感動的なのはそこに今のランプリングによる歌声が重なることだ。40年後の彼女の歌声は小さく掠れたものだが、あの頃にはなかったまた新たな響きが宿っていることがあなたにも解るはずだ。
"The Look"はシャーロット・ランプリングという無二の存在が自分自身に捧げる美しきドキュメンタリーだ。彼女は誇りを以て言う、私の人生にタブーなどなかったと
参考文献
https://www.festivalscope.com/director/maccarone-angelina(監督プロフィール)
http://www.parkcircus.com/latest/502_angelina_maccarone_on_charlotte_rampling(監督インタビューその1)
http://blogs.indiewire.com/womenandhollywood/interview_with_angelina_maccarone_director_of_charlotte_rampling_the_look(監督インタビューその2)
私の好きな監督・俳優シリーズ
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その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
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その10 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その11 リンゼイ・バージ&"The Midnight Swim"/湖を行く石膏の鮫
その12 モハマド・ラスロフ&"Jazireh Ahani"/国とは船だ、沈み行く船だ
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その33 Elisa Miller &"Ver llover""Roma"/彼女たちに幸福の訪れんことを
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その35 ジアン・シュエブ&"Sous mon lit"/壁の向こうに“私”がいる
その36 Sally El Hosaini&"My Brother the Devil"/俺の兄貴は、俺の弟は
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その41 Julia Murat &"Historia"/私たちが思い出す時にだけ存在する幾つかの物語について
その42 カミーラ・アンディニ&"Sendiri Diana Sendiri"/インドネシア、夫にPowerPointで浮気を告白されました
その43 リサ・ラングセット&「ホテルセラピー」/私という監獄から逃げ出したくて
その44 アンナ・オデル&「同窓会/アンナの場合」/いじめた奴はすぐ忘れるが、いじめられた奴は一生忘れない
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その46 Caroline Poggi &"Tant qu'il nous reste des fusils à pompe"/群青に染まるショットガン
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その49 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その50 ナタリー・クリストィアーニ&"Nicola Costantino: La Artefacta"/アルゼンチン、人間石鹸、肉体という他人
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その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
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その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
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その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
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その92 Zeresenay Mehari & "Difret"/エチオピア、私は自分の足で歩いていきたい
その93 Mariana Rondón & "Pelo Malo"/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ
その94 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
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その96 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?