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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Niranjan Raj Bhetwal&“The Eternal Melody”/ネパール、生と死とそのあわいと

鉄腸野郎の直近記事を読んでもらえば分かる通り、今、私のなかでネパール映画界がアツい。去年の2022年からその兆候を徐々に感じ取っていたのだが、今年はネパール人監督の長編作品がヴェネチアトロント国際映画祭に選出されるという破格の出来事があり、この思いを新たにした次第である。

で、ネパール映画の記事を色々と書いているうち、去年書こうと思って記事にできていなかった映画評の草稿がタブレットから発見された。ということでここに紹介するのは、ネパール映画界の今後の躍進を私に予想させた1作、ロッテルダム映画祭選出のNiranjan Raj Bhetwal監督作“The Eternal Melody”である。

冒頭、1人の女性がある夢を見る。そこに出てきたのは亡くなったばかりの夫だった。死後の世界において彼は次の命へと転生するために、来世への旅を始めようとしている。しかし彼は何か心残りがあるといった風に、その旅を始めることができないでいる。女性はそんな光景を夢として見てしまったのである。

今作はある大切な存在を失ってしまった女性と、彼女がその喪失の痛みと対峙する様を描きだした作品だ。もし叶うのならば夫が自分の近くにずっといてほしいと彼女はどこかで願っている。だがそれはネパールにおける世の理に反することであり、何よりも彼を自分の身勝手な執着に巻きこむことでもある。であるからして彼女は躊躇いながらも、夫が次の生へと踏み出せるよう行動を始める。

Sarad Mahatoによる撮影は陰影を濃厚に湛えたものであり、光と影のコントラストが彫刻刀で彫り進められたかのごとく鮮烈だ。それはある種、生者である主人公と死者である夫のまったき相違というものを示しているのかもしれない。もはや2人の住む世界は真逆のものであり、画面がそれを逐一観客に示し続けていくかのようである。

今作においては水が重要な存在となってくる。正確に言うのならば水が作りだす流れ、この無数の集積である川という存在がここでは生と死の境界線としての役割を果たしているのだ。この周囲でこそ物語が展開していくのである。さらにこの印象を強めるのが繊細な音響だ。川の流れる音、雨が大地を打ちつける音、風が世界を撫でる音、鐘の小さくも耳朶をしたたかに打つ音。これらのささやかな音の数々がこの映画では繊細に掬いとられ観客に提示されていき、そして私たちは生と死のあわいに誘われるのだ。監督はネパールの宗教観について、自身の経験談も含めてこう語っている。

“ネパールではほとんどの人にとって、彼らの子孫の将来を守るためということこそが働く理由なんです。私の祖父は孫である私が自分よりもより良い時を過ごせる未来が来ることを願って、カトマンズに幾らかの土地を買ったんでした。私の子供時代は、祖父を尊敬する人々に囲まれながら過ぎていきました。しかし苦難に満ちた村での生活に背を向け、都市部に買った土地に家を建てようと準備していた最中、彼は亡くなってしまいました。そして私は都市での生活に四苦八苦しながら、いつしか祖父への想いを捨てていってしまったんです。

ある日、1人の霊媒師が近所にやってきました。人々は亡くなってしまった最愛の人々と交信しようと、彼女のもとに集まりました。私はこういった類いのことをあまり信じていなかったのですが、映画監督として目新しい経験ができないものかと興味が湧いて、彼女に会いに行ったんです。そしてそこで霊媒師はトランス状態になり、彼女から祖父の声が放たれるのを聞いたんでした。驚きましたね。彼はこう頼んできたんですよ、川辺にオイルランプを点けておいてくれ、そうすれば幾分か安心できるからと”*1

そして今作を観ながら感じたのは、仏教文化圏としての日本文化との呼応である。例えば生者と死者を別つ川の存在は、私たちにも親しみ深い三途の川を想起させるし、死者が安心して向こうに行けるようにという生者の想いは、いわゆる“成仏”と呼応するのではないかと個人的には思えた、日本人には“来世”という概念は希薄かもしれないが。

この“The Eternal Melody”はこの世から居なくなってしまった愛する者に、それでも幸福を願う、祈りのような1作だ。だが今作が際立つのは死を描きだしながらも、生者にとっても死者にとってもその先を描こうとしている点だった。そんな未来へと続いていくような感覚は、振り返るならネパール映画の未来を私に考えさせるに相応しいものだったかもしれない。そして監督の次回作は先ほど訳した実体験を元に、今作をさらに前進させたものだそうだ。“今やっと、私の人生に光を灯してくれた祖父に捧げる”長編映画を作っているそうである。ということで今後の監督の作品、ひいてはネパール映画界に期待!