鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Marcelino Islas Hernández&"La Caridad"/慈しみは愛の危機を越えられるのか

日本では偶然連続して、アイラ・サックス「事実は小説より奇なり」aka "Love is Strange"アンドリュー・ヘイ「さざなみ」aka "45 Years"が連続で公開される。これはどちらとも長年付き添ってきたパートナーの2人が、大きな試練に直面して自分たちの関係を見直さざるを得なくなるというストーリーの作品だ。そこらの短い関係でなく、何十年もの歴史があるからこそ試練の壁は高く険しいものとなる訳だが、今回紹介するのはそのメキシコ版とも言うべき"La Caridad"とその監督Marcelino Islas Hernándezである。

Marcelini Islas Hernandez1984年にメキシコのシウダー・サテリテに生まれた。メキシコシティの学校CENTROで監督業について学ぶ。グアダラハラ・タレント・キャンパスの一員に選出され、2010年には初長編"Martha"を監督する。75歳のマルタは死を目前として過去を振り返るために旅へと赴くが、そこで初めて人生の奥深さを知る……という作品でヴェネチア国際映画祭で上映後、クロアチア・モトヴン映画祭でFIPRESCI賞を、そしてアリエル賞では主演のMagda Vizcainoが主演女優賞に輝くなど話題になった。そして2015年には第2長編"La Caridad"を手掛ける。

ホームビデオの荒い画質の中でも、彼らの楽しそうな姿はハッキリ見える。この日はホセ・ルイスとアンヘリカ夫妻( Jaime Garza&Verónica Langer)の結婚30周年のパーティーだ。息子ダニーが連れてきたまだ生まれて間もない赤ちゃんもカメラに笑みを向けている。そしてホセ・ルイスの母親が、皆に向かって御決まりの話を1つ。ある時、私は泣きわめく赤ちゃんを抱いた女性に出会ったんだ、今日は何も食べさせてやってないって彼女は言う、だから私がお金を渡してやると女性は大喜び、こういう優しさのことを何て言うか知ってるかい、慈しみ(La Caridad)って言うのさ!……その帰り、ホセ・ルイスたちは交通事故に逢い、彼は右足を失ってしまう。

幸せの絶頂から不幸のどん底へと引き摺り下ろされた夫婦、ホセ・ルイスは病室のベッドで膝から下が無くなった足を見つめ、アンヘリカは押し入れから松葉杖を見つけようとする。出てくるのは2人の思い出が詰まったアルバム、若い頃に買った有名歌手のレコード……数日間の安静の後、ホセ・ルイスは家に帰ってくるのだが、以前とは何もかもが違ってしまっていると2人が気づくのにそう時間はかからない。

物語は結婚30周年の節目に思わぬ試練に晒された夫婦の姿を追うのだが、監督の演出はこういった作品が陥りがちな重苦しさを巧妙に回避しながら、そこはかとないユーモアを此処に宿していく。

何もすることが出来ないので、ソファーにボケーッと座ってテレビを観るホセ・ルイス。そこに電話がかかってくるので、彼は松葉杖を使い必死に電話の元へと移動する。カメラは右にテレビに画面、左にホセ・ルイスの下半身を捉え、冷徹な観察というよりもジーッという効果音が聞こえてくるような凝視の感覚で以てこの光景を見つめる。左には裾を膝の部分で結んだズボンの布がプラップラ揺れ、テレビには"20ドル札には9.11.の陰謀の全容が隠されていた!!!(デデーン)"みたいな胡散臭い映像の数々。何とか電話を終わらせソファーに戻ろうとするホセ・ルイスだが、バランスを崩して床に転倒、20ドル札を折るとツインタワー崩壊を予言するような絵が!!!……不謹慎は不謹慎だが、何となくクスっとしてしまう間の抜けた雰囲気、これこそ"La Caridad"の要なのだ。

そして家にやってくるのが介護士のエバ(「エンプティ・アワーズアドリアン・パレ)なのだが、若い彼女のエロスにホセ・ルイスはドギマギ気分。テレビで4人組女性ユニットのセクシーなダンスを何度も見せられている所に、そのメンバーと言っても過言ではないセクシーな介護士。こいつはヤバい、ヤバいぞ……と彼がエバの黒髪や手首のタトゥーを中学生男子さながらガン見する様を、私たちは撮影監督Rodrigo Sandovalのカメラ越しにガン見させられる訳で、しょうがねえオッサンだよこいつは!って人生の可笑しみをも私たちは味わうのだ。

さて、彼が映し出されるとなると勿論妻であるアンヘリカにもフォーカスが当てられるのだが、むしろ監督の主眼はこちらにあると言って良いかもしれない。突然の事故で足を失った夫、自分は彼にどう接すれば良いのだろうか?とそんな当惑は、繰り返される喫煙とくゆるタバコの白煙に音もなく滲み渡る。いつもの通り小学校で教師としての職務を全うし、スーパーマーケットで買い物をし、家に帰ってホセ・ルイスと夕食を共にする、そんな当たり前の日常は表面上変わらずともその意味は劇的に姿を変えて、現在進行形で自分の理解できない物へと変容していっている。彼女を演じるVerónica Langerはこの悲しみを繊細に捉えていく、あと思ったのだが彼女、カイル・チャンドラーに似ていると思う、前もカイル・チャンドラーに似ている熟女を見たが、カイル・チャンドラーは実はおばちゃん顔ではないかと私は思い始めている。

この映画はアンドリュー・ヘイ"45 Years"と似通った部分がある。(15年の開きはあるにしろ)長きに渡る結婚生活の後、固く結ばれた筈の夫婦の絆が1つの大きな試練に直面するという点だが、こちらの武器は監督独特の真顔のユーモアだ。人間老いたとして完璧な存在になる訳もなく、むしろ本来持っている弱さだとか愚かさはこの時にこそ露になっていく、だがそれでいい、それでこそ人間なのであるという應揚なユーモア感覚が今作にはある。その上で重要なのが題名にもなっている"慈しみ"の精神についてだ。劇中これを問われる存在は当然アンヘリカである訳だが、終盤は内面化した"慈しみ"に苦悶する人間を描いたケーススタディとして秀逸だ。愛の危機は"慈しみ"だけでは決して癒せはしない。

メキシコ!メキシコ!メキシコ!
その1 Elisa Miller &"Ver llover""Roma"/彼女たちに幸福の訪れんことを
その2 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その3 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その4 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その5 Santiago Cendejas&"Plan Sexenal"/覚めながらにして見る愛の悪夢
その6 Alejandro Gerber Bicecci&"Viento Aparte"/僕たちの知らないメキシコを知る旅路
その7 Michel Lipkes&"Malaventura"/映画における"日常"とは?
その8 Nelson De Los Santos Arias&"Santa Teresa y Otras Historias"/ロベルト・ボラーニョが遺した町へようこそ
その9 Marcelino Islas Hernández&"La Caridad"/慈しみは愛の危機を越えられるのか

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その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
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その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
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その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
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その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
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