鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

イヴァン・パッセル&"Law and Disorder"/ニューヨークを守れ!オッサン・スクワッド出動!

いわゆる"自警もの"と呼ばれる作品がある。犯罪者が野放しになっている現状に義憤を抱き、一般の市民が自ら武器を手にとり暴力に染まっていく様を描いた作品の総称で、例えばジョー・ドン・ベイカー扮する元レスラーの保安官が街の腐敗に立ち向かう「ウォーキング・トール」や、最近の作品ではマイケル・ケイン主演の狼たちの処刑台などがある。しかしこのジャンルの代表作と言えば何を置いてもチャールズ・ブロンソンが主演を果たした「狼よさらば」だろう。暴力によって家族を蹂躙された中年男性がリボルバーを携え夜に彷徨い、犯罪者を射殺していく様は多くの模倣作が量産されるほどアメリカに衝撃を与えることとなる。さて「狼よさらば」が生まれた1974年、実はもう1作の自警ものが作られていた。それが今回紹介する、他の自警ものとは全く以て一線を画す超異色作のイヴァン・パッセル監督作"Law and Disorder"だ。

冒頭、ロングショットで映し出されるのはNYの街並みだ、川を隔てた向こうにビルの立ち並ぶ美しい街並み、そしてその光景には軽妙な、ともすればバカンス気分に包まれそうな音楽が重なる。だが勿論美しいばかりがNYではない。ご婦人たちが公園で優雅に談笑しているとそこに怪しい男、彼は突然恥部を露出しご婦人たちの目は真ん丸に。さらにマンションでも事件は起こっている。ウィリー(「殺しの分け前/ポイント・ブランク」キャロル・オコナー)という中年男性が昼食を準備しているとそこに怪しい影、ウィリーが台所にいる間、泥棒は器用にテレビを持ち出して窓の外から華麗に逃走、戻ってきたウィリーはビックリ仰天、NYは正に犯罪天国だった。

そんな現状に義憤を抱く老人が一人、それがサイ(「北極の帝王」アーネスト・ボーグナイン)だった。元海兵隊員で今は従業員のグロリア(「キラー・フィッシュ」カレン・ブラック)と美容室を経営中、しかしある日愛車をとんでもない形で盗まれ、もう大激怒だ。NYはジャンキーや強盗たちに占拠されちまった!と彼は叫ぶ、そして自分に賛同してくれる男たちや気乗りはしていないらしいが親友のウィリーらを巻き込んで自警団を結成、すると何とウィリーの娘がエレベーターで襲われたとの情報が。早速オッサン・スクワッド出動だ!

まず独特なのはこの作品が完全なるコメディであることだ。サイ率いる自警団はショットガンやリボルバーを手にあちこちを行くが、その姿はどこか間抜けで嘲りを誘うへなちょこさを感じさせる。そこにかかるのが先述した爽やかバカンス・ミュージック、今では巨匠となったアンジェロ・バダラメンティが音楽を担当しているのだがこれが物語全体のトーンを規定しているに他ならない。だって露出狂がチンコ見せたり、ボーグナインの車が凄まじい軽妙さで解体されていく光景に、タンララタッタン♪タンララタッタン♪とか流されたらギャップ効果で最早笑うしかない。

だがこの映画の監督はチェコヌーヴェルヴァーグの一翼を担ったあのイヴァン・パッセル、70年代NYの空気を鋭く切り取った「生き残るヤツ」ビッグ・リボウスキの元ネタであり私にとってはオールタイム・ベストの1本「男の傷」を手掛けた彼の作品なのだからそう単純に行く筈もない。彼は笑いによってアメリカに巣食うおぞましいマチズモを浮かび上がらせる。ある時自警団は犯罪に詳しい専門家を招聘して、講演会を開くのだが専門家は言う。犯罪の原因は全て"勃起"にあるのです、聴衆は笑うが彼は続ける、もしレイピストたちがあなたを襲ってきた時は彼を受け入れるのです、抱きしめてあげるのです、そして彼はサイの妻アイリーンを壇上に迎えて実演を行う。監督はこのシークエンスに何重にも折り重なる不気味さを炙り出していく。

そしてその不気味さは自警団の存在へとダイレクトに繋がっていく。サイは元海兵隊員であり、資質を生かして(上手く行っているとは言えないが)構成員を指揮する。男性性を強調するような制服を来た彼らに対しサイが点呼を取る風景は戯画化されていながらも個を集団に帰属させようとする執念に満ちている。こういった軍人的な心性が自警団の中にある一方でもう1つーーある意味でこちらに方が厄介なーー見えてくるものがある。武器を持つ自警団の姿はいたずらっ子みたいなのだ。とうとう偽装パトカーまで用意したサイが空き地を爆走し仲間たちがそれを追いかける、そしてその後赤信号をゆっくりと突っ切ってニヤニヤと笑いあう、その姿は初めてオモチャを持ったワンパクなクソガキ集団といった感じで微笑ましさすらある。そこが問題だ、軍人気質とこのワンパク小僧の無邪気さが混ざりあった時にこそアメリカ的マチズモは生まれるのだと監督は提示する。

これを証明するように少しずつ自警団は暴走を遂げていくのだが、終盤まで観てきて分かるのはいわゆる直接的な暴力描写がこのジャンルとしては異様に少ないことだ。「狼よさらば」などはレイプから殺人まで全編に満ちていたし時には暴力が美化されて描かれるなどしていたが、今作では自警団が確かにショットガンなどを持ちながらもほぼ使わないし、彼らは殆ど悪人を捕まえることが出来ない、何故か"Fuck You"とだけ変な発音で言う若者とかは捕まえるのだが。この暴力の少なさは終盤において暴力の重さへと結実していく。気軽な暴力描写はそれがいかに人の人生を変えてしまうかということを観る者に忘れさせてしまう(もちろんそれを利用する映画も存在する)パッセル監督はそれを良しとせず、暴力の不在によって暴力に予感を高めた末、もう既にサイやウィリーが苛烈な暴力の渦に巻き込まれているという状況を見せつける。そこにはバカンス気分の音楽はもう存在しない、あるのは果てしない虚無感と後悔だけだ。あの陽気でバチ当たりなコメディから遠く隔たったラストショットでこの映画は静かに呟く、人生は惨めだ、私たちはそれを受け入れなくちゃならない。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
その87 マヤ・ミロス&「思春期」/Girl in The Hell
その88 Kivu Ruhorahoza & "Matière Grise"/ルワンダ、ゴキブリたちと虐殺の記憶
その89 ソフィー・ショウケンス&「Unbalance-アンバランス-」/ベルギー、心の奥に眠る父
その90 Pia Marais & "Die Unerzogenen"/パパもクソ、ママもクソ、マジで人生全部クソ
その91 Amelia Umuhire & "Polyglot"/ベルリン、それぞれの声が響く場所
その92 Zeresenay Mehari & "Difret"/エチオピア、私は自分の足で歩いていきたい
その93 Mariana Rondón & "Pelo Malo"/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ
その94 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
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その96 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
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その98 Anna Melikyan & "Rusalka"/人生、おとぎ話みたいには行かない
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その112 Mads Matthiesen&"The Model"/モデル残酷物語 in パリ
その113 Leyla Bouzid&"À peine j'ouvre les yeux"/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
その114 ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい
その115 Aik Karapetian&"The Man in the Orange Jacket"/ラトビア、オレンジ色の階級闘争
その116 Antoine Cuypers&"Préjudice"/そして最後には生の苦しみだけが残る
その117 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その118 アランテ・カヴァイテ&"The Summer of Sangaile"/もっと高く、そこに本当の私がいるから
その119 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その120 サシャ・ポラック&"Zurich"/人生は虚しく、虚しく、虚しく
その121 Benjamín Naishtat&"Historia del Miedo"/アルゼンチン、世界に連なる恐怖の系譜
その122 Léa Forest&"Pour faire la guerre"/いつか幼かった時代に別れを告げて
その123 Mélanie Delloye&"L'Homme de ma vie"/Alice Prefers to Run
その124 アマ・エスカランテ&「よそ者」/アメリカの周縁に生きる者たちについて
その125 Juliana Rojas&"Trabalhar Cansa"/ブラジル、経済発展は何を踏みにじっていったのか?
その126 Zuzanna Solakiewicz&"15 stron świata"/音は質量を持つ、あの聳え立つビルのように
その127 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その128 Kerékgyártó Yvonne&"Free Entry"/ハンガリー、彼女たちの友情は永遠!