鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……

ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
ジョー・スワンバーグの作品についてはこちら参照。

2006年の"LOL"、2007年の「ハンナだけど、生きていく!」、そして2008年の"Nights and Weekends"の三部作を以て、ジョー・スワンバーグレタ・ガーウィグの蜜月は幕を閉じることになり、同時にスワンバーグ第1期が終りを迎えたと言っても良いだろう。だがそれと同時期に2人は今後のキャリアを変えてしまう重要人物に出会うこととなる、それがノア・ボーンバックだった。90年代初期から活動を開始、2004年のイカとクジラで大ブレイクを果たしたインディー界の大先輩だが、彼はマンブルコアというムーブメントに興味を抱きスワンバーグらに接近してきたのである。ガーウィグが彼の作品グリーンバーグでヒロインに座についた頃、スワンバーグはボーンバックを製作に迎え作り上げた作品こそ、彼の第2期の幕開けとなる"Alexander the Last"なのである。

主人公は20代の女性アレックス(「女性鬼」ジェス・ワイクスラー)、彼女はバンドマンのエリオット(「キミに逢えたら!」ジャスティン・ライス)と結婚したばかりだが、早速ツアーで家を出てしまい今は一人きりで生活している。アレックスは俳優をしていて、現在新しい舞台劇に参加中。そこで出会ったのがジェイミー(「ザ・マスター」バーロウ・ジェイコブス)という青年、彼はアレックスの相手役なのだが貧乏で家もない生活をしているらしい。不憫に思ったアレックスはジェイミーを家に居候させることを決めるのだが……

"Alexander the Last"の特徴はキャストやスタッフをほぼ一新している点だ。ガーウィグは勿論のこと「ハンナだけど、生きていく!」に出演していたアンドリュー・ブジャルスキデュプラス兄弟などマンブルコアを代表する面々の姿は何処にもない。その代わりに以前からインディー界で活躍していたジェス・ワイクスラーを主演に据え、トッド・ソロンズ「ハピネス」などにも出演している中堅俳優ジェーン・アダムス、そしてまだ駆け出しだったエイミー・サイメッツを起用、更に注目したいのは以前から友人関係ではあったが直接製作に関わっていなかった「セインツ」デヴィッド・ロウリーを録音担当としてスタッフに加えるなどしている点だ(そして彼は此処からマンブルコア・コネクションを通じその技術を鍛え上げ「セインツ」をものにする訳だがそれはまた別のお話)

このノア・ボーンバックも含めた新顔の起用が"Alexander the Last"に今までのスワンバーグ作品にはなかった解放感を与えていると言っても過言ではない。確かに今作が描くのも主人公の半径何mの世界なのだが、スワンバーグの技術的な成熟(撮影と編集は彼が担当)も相まって、もっと開けた余裕ある世界が立ち上がっているのだ。以前の作品にあった少数の友人との関係性の中で自閉しているという感覚はかなり薄れ、一種の軽やかさが全編に満ちている。

アレックスは舞台に打ち込む日々を過ごすうち、ある悩みに直面することとなる。舞台においてジェイミーとは愛憎半ばする恋人同士を演じているのだが、実生活においてもエリオットの不在のうちジェイミーに少しずつ惹かれている自分に気づく。つまり彼女は仕事とプライベートを混同してしまう自分の未熟さを悩んでいたのだ。そんな中でジェイミーは彼女の姉妹であるエレン(サイメッツ)と恋に落ちるのだがアレックスにはそれが面白くない。劇中、舞台上で演出家の指示に従いリハーサルを行うアレックスとジェイミーの姿が映し出される。演じるのは暴力的なセックスシーン、小道具との兼ね合い、動きの移り変わりなどを丹念に吟味していく2人だが、そこに重なるのはエレンとジェイミーのセックスだ。彼女たちは演技ではなく実際にセックスを楽しんでいて、エレンの喘ぎ声がアレックスの演技と重なりあう。そして言外に異様な緊張感が高まっていく。

中盤においてエリオットがアレックスの元へと帰ってくるのだが、此処から描かれるのは姉妹とジェイミー、エリオットの四角い関係性だ。四者の動きは互いに少しずつ影響を与え事態は静かに進行していく。だがその中心に居るのはいつであってもアレックスだ。エレンに対して嫉妬ともつかぬ感情を抱き、ジェイミーにはムラムラとした欲求を向け、エリオットには罪悪感とそれとは真逆の不満を同時に抱える。彼女の感情のダイナミクスが映画を牽引し、それと共にこの作品はジョン・カサヴェテス「オープニング・ナイト」さながらの様相を呈してくる。

の、だが"Alexander the Last"はそういった要素が上手く噛み合ってない印象を受けるというか、ジョー・スワンバーの作品としてかなり違和感がある代物となっている。というのは彼の作品はデビュー作の"Kissing on the Mouth"から一貫して誰かと一緒に居ないと生きていけない若者たちを描いてきた。その上で"誰かと一緒に生きることは楽しいこともあるけど、でも辛い"という根底において悲観主義的な価値観が徹底しており、それでも他人と生きていかなくちゃ仕様がないという苦しみを見据えてきた。しかし今作が辿り着くのは"誰かと一緒に生きることは辛いけど、でも楽しい"という真逆の結論であり、ラストシーンは誰かとの繋がりを自分で断ち切るという強い決意すら見えてくるものだ。そこがスワンバーグらしくないというか、彼にしては安易な着地をかましたとしか思えないのだ。このテイストはノア・ボーンバックが裏にいるからか?とも思ったりするのだが、自分は「フランシス・ハ」しか観ていないので何とも言えない。

そして自身も今作に何か思うところがあったのか、これ以降は少なくとも映画製作の場ではボーンバックと組むことはなくなり、2011年の長編6本同時製作という異様な状況へと突入することとなる。


結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
その87 マヤ・ミロス&「思春期」/Girl in The Hell
その88 Kivu Ruhorahoza & "Matière Grise"/ルワンダ、ゴキブリたちと虐殺の記憶
その89 ソフィー・ショウケンス&「Unbalance-アンバランス-」/ベルギー、心の奥に眠る父
その90 Pia Marais & "Die Unerzogenen"/パパもクソ、ママもクソ、マジで人生全部クソ
その91 Amelia Umuhire & "Polyglot"/ベルリン、それぞれの声が響く場所
その92 Zeresenay Mehari & "Difret"/エチオピア、私は自分の足で歩いていきたい
その93 Mariana Rondón & "Pelo Malo"/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ
その94 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その95 ジョエル・エドガートン&"The Gift"/お前が過去を忘れても、過去はお前を忘れはしない
その96 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その97 アンジェリーナ・マッカローネ&"The Look"/ランプリング on ランプリング
その98 Anna Melikyan & "Rusalka"/人生、おとぎ話みたいには行かない
その99 Ignas Jonynas & "Lošėjas"/リトアニア、金は命よりも重い
その100 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その101 パヴレ・ブコビッチ&「インモラル・ガール 秘密と嘘」/SNSの時代に憑りつく幽霊について
その102 Eva Neymann & "Pesn Pesney"/初恋は夢想の緑に取り残されて
その103 Mira Fornay & "Môj pes Killer"/スロバキア、スキンヘッドに差別の刻印
その104 クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……
その105 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その106 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その107 ディアステム&「フレンチ・ブラッド」/フランスは我らがフランス人のもの
その108 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その109 Sydney Freeland&"Her Story"/女性であること、トランスジェンダーであること
その110 Birgitte Stærmose&"Værelse 304"/交錯する人生、凍てついた孤独
その111 アンネ・セウィツキー&「妹の体温」/私を受け入れて、私を愛して
その112 Mads Matthiesen&"The Model"/モデル残酷物語 in パリ
その113 Leyla Bouzid&"À peine j'ouvre les yeux"/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
その114 ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい
その115 Aik Karapetian&"The Man in the Orange Jacket"/ラトビア、オレンジ色の階級闘争
その116 Antoine Cuypers&"Préjudice"/そして最後には生の苦しみだけが残る
その117 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その118 アランテ・カヴァイテ&"The Summer of Sangaile"/もっと高く、そこに本当の私がいるから
その119 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その120 サシャ・ポラック&"Zurich"/人生は虚しく、虚しく、虚しく
その121 Benjamín Naishtat&"Historia del Miedo"/アルゼンチン、世界に連なる恐怖の系譜
その122 Léa Forest&"Pour faire la guerre"/いつか幼かった時代に別れを告げて
その123 Mélanie Delloye&"L'Homme de ma vie"/Alice Prefers to Run
その124 アマ・エスカランテ&「よそ者」/アメリカの周縁に生きる者たちについて
その125 Juliana Rojas&"Trabalhar Cansa"/ブラジル、経済発展は何を踏みにじっていったのか?
その126 Zuzanna Solakiewicz&"15 stron świata"/音は質量を持つ、あの聳え立つビルのように
その127 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その128 Kerékgyártó Yvonne&"Free Entry"/ハンガリー、彼女たちの友情は永遠!
その129 张撼依&"繁枝叶茂"/中国、命はめぐり魂はさまよう
その130 パスカル・ブルトン&"Suite Armoricaine"/失われ忘れ去られ、そして思い出される物たち
その131 リュウ・ジャイン&「オクスハイドⅡ」/家族みんなで餃子を作ろう(あるいはジャンヌ・ディエルマンの正統後継)
その132 Salomé Lamas&"Eldorado XXI"/ペルー、黄金郷の光と闇
その133 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その134 Marte Vold&"Totem"/ノルウェー、ある結婚の風景
その135 アリス・ウィンクール&「博士と私の危険な関係」/ヒステリー、大いなる悪意の誕生
その136 Luis López Carrasco&"El Futuro"/スペイン、未来は輝きに満ちている
その137 Ion De Sosa&"Sueñan los androides"/電気羊はスペインの夢を見るか?
その138 ケリー・ライヒャルト&"River of Grass"/あの高速道路は何処まで続いているのだろう?
その139 ケリー・ライヒャルト&"Ode" "Travis"/2つの失われた愛について
その140 ケリー・ライヒャルト&"Old Joy"/哀しみは擦り切れたかつての喜び
その141 ケリー・ライヒャルト&「ウェンディ&ルーシー」/私の居場所はどこにあるのだろう
その142 Elina Psykou&"The Eternal Return of Antonis Paraskevas"/ギリシャよ、過去の名声にすがるハゲかけのオッサンよ
その143 ケリー・ライヒャルト&"Meek's Cutoff"/果てなき荒野に彼女の声が響く
その144 ケリー・ライヒャルト&「ナイト・スリーパーズ ダム爆破作戦」/夜、妄執は静かに潜航する
その145 Sergio Oksman&"O Futebol"/ブラジル、父と息子とワールドカップと