さてコソボ共和国である。北東にはセルビア、南東にはマケドニア共和国、南西にはアルバニア、北西にはモンテネグロというバルカン半島中部の内陸地帯に位置しているこの国、ボスニア紛争終結後に起きたコソボ紛争によって名前を覚えている方も多いかもしれない。セルビアの一地域でありながら、アルバニア人が多数派だったコソボは長い間独立を求めており、いつしかアルバニア系住民の支持するコソボ解放軍とコソボのセルビア治安部隊との内戦が勃発、NATOの介入によって血みどろの結果を生むことになってしまった。その傷は未だに深いが、2008年にはセルビアからの独立を遂げ、コソボ共和国として新たな道を進み始めている。さて今回紹介するのはそんなコソボの日常が垣間見られる短編"Ballkoni"とコソボ映画界期待の映画作家だ。
Lendita Zeqirajは1972年2月13日、コソボ共和国の首都プリシュティナに生まれた。プリシュティナ科学芸術アカデミーで視覚芸術を、パリ第8大学では映画理論について学んでいた。在学中の90年代後半から活動を始め映画、ビデオ・インスタレーション、絵画制作など多岐に渡って活躍している。
映画監督としては2003年にBlerta Zeqiriと共同監督で長編"Exit"を製作、紛争下のコソボを舞台に戦火を逃れようとする青年たちの極限状態を描き出す作品で、ティラナ国際映画祭のアルバニア映画部門で作品を獲得することとなった。その後は"Cry for Recognition"(2009)、アルバニアに生きるエジプト移民たちの姿を描いた"Shqiptaret e Egjyptit"(2010)、フランスのバンリューに生きるアフリカ系の青年たちを映し出した"We're Not In Paradise"(2011)など精力的にドキュメンタリーを制作した後、2013年には短編フィクション"Ballkoni"を監督する。
道の向こうから、何かを口に放り込みながら1人の少年がやってくる。小脇にはビニールの大きな容器、彼はその中に入ったピーナッツをボリボリと貪っている訳だ。そのせいか少々肥満ぎみな体を我が物顔で揺らしながら少年はとあるアパートの傍らを通り過ぎるのだが、入り口から着飾った2人の女性、世間話に華を咲かせ何処かへと出掛けようとしているのだが、上から声が聞こえ、顔を上げた彼女らの視線の先にはーークソッたれ、俺がスーパーマンだ!
10歳の少年ジョデンは4階のベランダから身を乗り出し、今にも飛び降りそうな素振りを見せる。女性たちはもうヒヤヒヤものだ。警察を呼ぼうかどうか混乱する女性たちの周りには、騒ぎを聞きつけた野次馬たちがどんどん集まってくる。定年退職した老人に、身なりのよいブルジョアな夫妻、職もないまま町をブラブラする若者たち、そんな彼らに肥満ぎみ少年はピーナッツを配り、騒動はあらぬ方向へと進んでいく。
"Ballkoni"はたった20分という時間の中にコソボ共和国の現在をまるっと描き出す意欲作だ。例えば女性たちが警察に電話をかける時、応対した警察官は"あなたはミスですか、それともマダムですか?"と結婚の有無を執拗に尋ね、女性たちの通報など気にも止めない官僚主義っぷりを見せる。そのクセ、現場に居合わせた老人が電話に出ると彼の話を素直に聞き、全く驚くほどスムーズにことが運んでいく。そのスラップスティックな笑いの中には官僚主義や性差別への辛辣な皮肉が宿る。
そうして警察がやってくる訳だが、態度はデカくとも4階にいる少年にどう対処していいか右往左往、消防団まで連れてくるのだが"いや自分たちの消防車じゃあそこまで届かないわ"と最初から諦める始末。野次馬たちはそんな警察に不信感を隠さないが、野次馬の1人が"じゃあKFORを呼べばいい!"という言葉を叫ぶと、警察は敵愾心剥き出しで反論してくるのだ。
このKFORが何かといえば"コソボ治安治安特殊部隊"を指している。この部隊はコソボ紛争終結後の1999年、国連統治下にあった当時のコソボ・メトヒヤ自治州へと投入されたNATO主導の部隊なのだ。セルビア治安部隊やコソボ解放軍を鎮圧しコソボの安全を維持する役割を果たしているのだが、つまりは外部の存在である故に数多くの問題が持ち上がっている。警察などの公権力は彼らに対して苦々しい思いを抱きながら、当の住民たちは自分たちの国を独立に導いた組織主導の軍隊で、かつ大国の後ろ楯があるので設備も警察より充実、そんなKFORの方がよっぽど信頼できるという訳だ。
さて今作はそうしてコソボの諸相を描くのだが、撮影スタイルも特徴的だ。カメラはこの物語を20分ワンカットの長回しによって撮し出す。最初はおデブ少年だけが画面に映るばかりだったのが、女性たちに警察官に消防車にチンピラにピーナッツにと様々な物が入り乱れ、事態は混沌を呈し始める。カメラは常に動きながら彼らの姿をレンズに焼きつけるが、その視線は観客を群衆の中の1人として位置づけ、息遣いを私たちの肌に感じさせていく。
そしてこのカオスは言葉の奔流によって更に猥雑さを増していく。野次馬たち、実によく喋るのだ。少年の母親はどこにいる?など事件に直接関わりのある物事はもちろん、全く関係ないことまでバンバン喋る。見てよ、あの身なりの悪い若者たち、あっちの奴なんてあれ女装してるの?とブルジョア夫妻がチンピラ集団を馬鹿にし(そして報復に財布を盗まれる)、このピーナッツ塩気が足りねえよ!とチンピラ集団がおデブ少年を馬鹿にし、老人は娼婦たちを見くびり、警察官たちは野次馬たちを馬鹿にし、それを上から見下ろす少年は勢いよく唾を飛ばしながら、俺はスーパーマンだ!と喚き散らす。
"Ballkoni"において鮮烈なのは世代や性別、職業など様々な違いが生み出す拭い難い断絶の光景だ。互いに理解しあうこともなく、偏見と罵倒を投げつけあい緊張感は高まっていく。卓袱台をひっくり返したようなカオスは黒い笑いに彩られ最悪の方向へと舵を切り始める。この滑稽な世界に、本物のスーパーマンなんてどこにもいやしないのだ。
今作はヴェネチア国際映画祭でプレミア上映された後、ワルシャワ、釜山、テッサロニキなど世界各地を巡り、グアム国際映画祭、ニュージャージー国際映画祭で作品賞を獲得するなど大いに話題になる。更に今作の功績が認められ、2014年にはコソボ文化省によって"ナショナル・フィルムメイカー・オブ・ジ・イヤー"として選出されることとなった。現在は単独では初の長編映画"The House"を準備中だそう。ということでZeqiraj監督の今後に期待。
参考文献
https://vimeo.com/lendita(監督公式vimeo)
http://tiranafilmfest.com/index.php?option=com_content&view=article&id=1794:lendita-zeqiraj-kosova&catid=208:international-competition-jury-short&Itemid=637(監督プロフィール)
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