ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
ジョー・スワンバーグ&"Autoerotic"/オナニーにまつわる4つの変態小噺
ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
ジョー・スワンバーグ&"Caitlin Plays Herself"/私を演じる、抽象画を描く
ジョー・スワンバーグ&"All the Light in the Sky"/過ぎゆく時間の愛おしさについて
ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
ジョー・スワンバーグの作品についてはこちら参照。
さて、ジェーン・アダムスである。90年代から米インディー映画を追っている人なら、この世界きってのクソ野郎トッド・ソロンズの「ハピネス」で男運に恵まれない末っ子ジョイとしてお馴染み、その後も知る人ぞ知る名脇役として「アニバーサリーの夜」や「永遠の僕たち」などに出演しているが、日本での知名度は余り高くないだろう。そんな彼女、実はジョー・スワンバーグと何度かタッグを組んでおり、しかもスワンバーグは彼女を主演に据えた作品も手掛けていたのである。それこそが2012年製作の長編"All the Light in the Sky"だ。
今作の主人公であるマリー(ジェーン・アダムス)は45歳の俳優だ。カリフォルニア州マリブの、窓の向こうに海が見える邸宅で独り自由気ままな生活を送っている。朝起きるとウェットスーツに身を包み、サーフボードを持って海へと飛び込んでいく。時には近くに住む友人のラスティ(「サプライズ」ラリー・フェッセンデン)と共にビールを飲み交わしたりと、彼女の人生は順風満帆なものに見える。
しかしエイミーは老いという大きな問題ーー今作の大きなテーマでもあるーーにも直面していた。年齢差別の激しいハリウッドにおいて、中年に差し掛かった女優は見向きもされない。何とか食い込もうとしたFoxの大作映画だが、自分の役は自分よりも若いクリステン・ウィグに渡ったらしい。差別について話には聞いていたが、いざ自分の身に降りかかるとその痛みは計り知れないものがある。だんだんと仕事は減っていき、人生への疲労感からかエイミーは不眠症に陥り、眠れない夜を過ごし続けている。
そんなある日、彼女の元にやってくるのは姪のフェイ(“The Zone”ソフィア・タカール)だ。25歳の彼女もまた女優としての道を歩んでおり、映画の撮影も兼ねて週末を叔母の元で過ごそうと思い立った訳だ。彼女たちは日常の些細な話から女優として腹を割って語り合う悩みまで様々なことについて対話を重ねる。更にフェイの元には友人であるスザンヌ(リンゼイ・バージ、“Silver Bullets”の衣装係役から格上げ)やラスティ(“Uncle Kent”ケント・オズボーン)がやってきて、独りだった彼女の邸宅は一層華やかになっていく。その中でエイミーは自分と年も近いラスティと距離を近づけていき……
“All the Light in the Sky”は老いに直面した女性の心の彷徨いを描き出す作品だが、同時にジョー・スワンバーグという作家の様々な面での成熟をも伝える作品となっている。今作の舞台は風光明媚なマリブの海岸地域だが、まず撮影監督としてスワンバーグはその風景の数々を美しく捉えていく。ガラスを隔てた向こうにはそのまま蒼い海が広がっているという風景から始まり、凪いだ水面をエイミーがボードに乗って進んでいく穏やかな光景、夕方には空が薄い紫色に染まり、その彩りが海へと反射することで息を飲む美を誇る世界がそこには現れる。“Kissimg on the Mouth”の頃からは考えられないほど、スワンバーグの技術は進歩を遂げている。
そして彼が登場人物たちの抱く心の機微を掬い取っていく手捌きもまた頗る繊細だ。物語が進むにつれエイミーの抱く老いへの焦燥はどんどん膨らんでいく。仕事が得られない現状から過去を振り返ると、仕事に邁進してきたせいで恋人も居なければ家族も居ないもう1つの現実に直面せざるを得なくなる。そして彼女がフェイに告白する、認めたくはないけど自分が男から見向きもされなくなった時には酷く憂鬱になったと。今の彼女にはそれを認めることに躊躇いがある、それらは全て苦々しいものとして自分に迫ってくる。だが自分の失った若さの真っ只中にあるフェイも自分と同じく苦境にあることを知ったり、ダンとの出会いやラスティとの交流を通じることによって、人生のもう1つの面を見出だすことにもなる。
今作の製作過程はかなり入り組んだものだったそうで、スワンバーグはインタビューでこんな言葉を残している。"この作品は元々"Silver Bullets"として始まった作品でした。コントロールを失い勝手気ままに進んでいく(というスワンバーグ自身の気質の)正にお手本のような作品という訳です。まず"Silver Bullets"のコンセプト――まだ題名もありませんでしたが――は"Alexander the Last"の直後にジェーンと仕事しながら思いつきました。撮影が終って彼女と話してる時、自分は元の恋人たちと今でもよく会うが、(付き合ってる当時は)誰とも結婚したくなかったし子供も持ちたくなかった、今じゃ彼らの全員が結婚済みで子持ち! それをジョークとして語っていたんですが、この話は映画の始まりに相応しいと思い始めたんです。そしてジェーンとまた撮影を共にし、筋立てのゆるいままで幾つか場面を撮ったんですが、その時ちょうどタイ(・ウェスト)やケイト(・リン・シール)、ラリー・フェッセンデンとも仕事をし始めたのがきっかけで、構想は自然とホラー的でかつ自伝的という奇妙な作品になっていきました。
この"Silver Bullets"がまた"Art History"に繋がり、それが"The Zone"へと繋がっていきました、それらが自分を導くままに道を進んでいったんです。そしていつしか道を元に戻っていき、ジェーンとの対話が再び始まりました。最初に話していた作品はもう作れない、だから"All the Light in the Sky"を作ろうと。3年の月日は最終的に"All〜"という素晴らしい作品として結実しましたが、今作を作れただけではなく、今作の構想がきっかけでまた別の3本の作品も作れた訳です"
インタビューの言葉通り、本作はケント・オズボーン主演“Uncle Kent”やCaitlin Stainken主演の“Caitlin Plays Herself”に連なる他人の人生の映画化作品という系譜に連なる一作になっている。もちろん人生をそのまま映画化するのでなく、彼女/彼の有り得たかもしれない人生を分岐路のように描いている訳だが、それでも本作はジェーン・アダムスがいたからこそこんなにも愛おしい作品になったのだろう。彼女が浮かび上がらせる喜びや悲しみは勿論、ウェットスーツを着ようとして手こずる姿、フェイが邸宅にやってきた時にはしゃぎ回る姿、そしてーー個人的にここが一番好きなのだがーー部屋にイルミネーションを飾ろうとソファーの上をドタドタ動き回る時、パジャマズボンがどんどんずり落ちていくのだが、それに気づかずずっとずっとドタドタ動き回る姿、その一瞬一瞬に胸が締め付けられるような愛おしさを抱いてしまう。
先述の“Uncle Kent”と今作は物語の成り立ちもそうだが、同じく老いに直面せざるを得なくなった者の動揺と関係性への苦闘を描く意味で相似的だ。だが1つ大きな違いが存在し、まず前者は主人公が様々に曖昧なものを受け止めきれなかった故に目の前にあった幸福を逃してしまう姿を描いている。だが後者はその先を行く。エイミーはフェイたちとの週末を通じて、自分の老いを受け入れるようになっていくのだ。更に終盤、彼女は自分の周りにある関係性の曖昧さと対峙することとなる場面がある。“友人”だとか“恋人”だとか、そういった言葉には当てはまらない関係性を見つけ出すのだ。彼女は自分から若さと活力を奪った老いを受け入れる、自分の周りに存在している曖昧さを受け入れる、そしてその中に確かに立っている私を愛する術を学ぶ。“All the Light in the Sky”は過ぎ行く時間の愛おしさを描き出した映画だ。本当に、何て、何て優しい映画なのだろう。
さてジェーン・アダムス、今作に出演後も時おりスワンバーグ作品に参加しており「新しい夫婦の見つけ方」にもカメオ出演を果たしているのだが、スワンバーグの最新ネトフリドラマ「EASY」にも印象的な役どころで顔を出している。アダムスはアナベルというやはり俳優役で7話においては彼女の日々が描かれていくのだが、老いを受け入れられそうで受け入れられないもどかしい姿が繊細な手つきで描かれる。やはり実際そう簡単には受け入れられない、過去への後悔はいつだって突然に首をもたげてくるのだ。そしてもう1つ印象的なのは、“All the Light in the Sky”の時は黒かった髪が、劇的に白黒の斑模様になっていることだ。それでも彼女は本作の中で”前までは黒くしてたけど何だか面倒臭くなっちゃって”と笑うのだ。私はそんなアダムスの姿に共感を覚えるというか、切なさを覚えるというか、しかしそれらは後ろ向きのものじゃない、彼女は躊躇いながらも確かに前へと進んでいっている、少なくとも私にはそう思えるのだ。
参考文献
http://moveablefest.com/moveable_fest/2013/02/joe-swanberg-retrospective-roxie-interview.html(レトロスペクティヴにあたっての振り返りインタビュー)
http://www.complex.com/pop-culture/2013/12/all-the-light-in-the-sky-jane-adams-sophia-takal-joe-swanberg-interview(アダムス&タカールインタビュー)
結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
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その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
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その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
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その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34 ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
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