鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Joshua Locy&"Hunter Gatherer"/日常の少し不思議な 大いなる変化

さて、ブログでは集中的にデヴィッド・ゴードン・グリーンという予測不能映画作家を追っているのだが、彼は映画作家としてだけではなくプロデューサーとしても大いに活躍している。彼の一番の功績は「MUD」「ミッドナイト・スペシャル」ジェフ・ニコルズをスターダムに駆け上がらせたことだが、他にもコンプライアンスクレイグ・ゾベル"The Comedy"リック・アルヴァーソンなど多くの新人作家を見出だす慧眼を持ち合わせている。今回はそんな彼が引き当てた注目の若手作家によるデビュー長編“Hunter Gerthener”を紹介していこう。

アシュリー(「パーフェクト・トラップ」アンドレ・ロヨ)は刑務所から帰ってきたばかりの中年男だ。自分がシャバに帰ってきたのを祝ってくれ!とばかり、実家でパーティーを計画するのだが、友人は元よりかつての恋人だったドッティ(Mysti Bluee)ですらもパーティーには来てくれない。それでも楽天的な態度を崩さない彼は人生一発逆転を目指して、目を光らせていた。

そんな彼が出会ったのがジェレミー(George Sample III)という青年だった。彼は何だかヤバそうな治験をやって金を稼ぎながら、発明家である祖父が作った人工呼吸器を直そうと右往左往していた。そんな中で冷蔵庫を捨てるのにこっちが金払わなくちゃいけない不条理に直面したアシュリーはジェレミーを巻き込み、人生逆転を懸けて冷蔵庫集めに街を駆け回る。

今作を牽引するのは絶妙な笑いのテンポだ。Adam Robinsonの編集は言うなれば話が早い。余計な描写はガンガン排しながら、奇妙な笑いの釣瓶落としで物語を急速に進めていく。そんなアシュリーたちの道中には変な奴らばっかりだ。腹に桃色パッチをつけまっくたのらくら青年のジェレミーに、彼の叔母でお尻がキュートなナット、顔を合わせたら小言ばっか言ってくる母親、町一帯を牛耳る謎の寝たきりボスなどなど。だが実際一番変なのはアシュリー自身だ。何でそんなあっけらかんと居られるのかという状況でヘラヘラしまくる姿は観客の笑いを誘う。

そんなトリックスターなアシュリーの心を映すように、キーガン・デウィットの音楽もまた奇妙で移り気な音の数々を響かせる。ジェレミー楽天性がダイレクトに反映されたようなトロピカルな音楽が流れたかと思うと、高揚感のあるパーカッションが軽快に鳴り響く。前半は全体的に明るい曲調で進んでいくのだが、そんな響きの中にふと憂いが浮かぶ瞬間がある。闇にくゆる煙草の紫煙を思わせるジャジーで憂鬱なうねり、それが段々と前面に出始めるうち、物語もまた変容を遂げていく。

珍道中の最中、画面には浮かびだすのは登場人物たいが抱える悲哀だ。表面的には暢気なアシュリーだが、実際は前科者で社会に行き場がなく、昔馴染みな人々も知らぬ間に身を固めていたりと自分だけが取り残されていくような感覚を拭えないでいる。そしてジェレミーも最愛の祖父が病床でどんどん衰弱していく現状を認められないでいる。彼らを演じるロヨたちは、そんな社会と否応なくズレていく孤独な者たちの悲愴な姿を体現していく。

そして物語それ自体が少し不思議な方向へとズレていくこととなる。私たちは今作を観ながら、様々な疑問を頭に浮かべることになるだろう。こいつら冷蔵庫集めてるけどただゴミ処理場に反抗するって意味だけじゃないよね、ジェレミーのお腹についているパッチって完全にヤバい奴だよね、そんな疑問の数々は不可解な形で静かに、不気味に彼らの孤独と共鳴していくことになる。

かと言って“Hunter Gatherer”はこの謎に安易で明快な決着をつけることはない。それを期待したならば、おそらく期待外れとなってしまうだろう。それでも私が今作を愛してしまうのは“少し不思議”のこの少しの度合いが余りに絶妙だからだ。この映画に広がる風景はいくらスラップスティックとはいえ、私たちの生きる世界でも見たことのあるかもしれない些細な日常ばかりだ。だが謎は本当に、本当にほんの少しだけこの日常を非日常にズラし、微かなズレが劇的に現れる瞬間が存在する。その時映画と地続きになった私たちの世界すらズレるような感覚が確かにある。このズレによって世界を形成す無数の糸の中のたった1本がほつれ、何かが変わってしまった。その何かとは? この映画を観てから1ヶ月ほど経ったがその正体は今でも分からない。それでも何かが変わってしまった、その確信だけは存在している。“Hunter Gatherer”は些末な日常に根を張りながら”少し”だけ不思議な、だからこそ“大いなる”何かを宿す映画なのだ。

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &"I Believe in Unicorns"/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その19 Anja Marquardt& "She's Lost Control"/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
その21 Whitney Horn&"L for Leisure"/あの圧倒的にノーテンキだった時代
その22 Meera Menon &"Farah Goes Bang"/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & "The Girl in The Book"/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & "The Mend"/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&"Sleeping with Other People"/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&"Bone Tomahawk"/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&"I Remember Nothing"/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その29 Perry Blackshear&"They Look Like People"/お前のことだけは、信じていたいんだ
その30 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その31 ジョシュ・モンド&"James White"/母さん、俺を産んでくれてありがとう
その32 Charles Poekel&"Christmas, Again"/クリスマスがやってくる、クリスマスがまた……
その33 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その34 ロベルト・ミネルヴィーニ&"Low Tide"/テキサス、子供は生まれてくる場所を選べない
その35 Stephen Cone&"Henry Gamble's Birthday Party"/午前10時02分、ヘンリーは17歳になる
その36 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その37 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その38 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その39 Felix Thompson&"King Jack"/少年たちと"男らしさ"という名の呪い
その40 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その41 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その42 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その43 Cameron Warden&"The Idiot Faces Tomorrow"/働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない
その44 Khalik Allah&"Field Niggas"/"Black Lives Matter"という叫び
その45 Kris Avedisian&"Donald Cried"/お前めちゃ怒ってない?人1人ブチ殺しそうな顔してない?
その46 Trey Edwards Shults&"Krisha"/アンタは私の腹から生まれて来たのに!
その47 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
その48 Zachary Treitz&"Men Go to Battle"/虚無はどこへも行き着くことはない
その50 Joel Potrykus&"Coyote"/ゾンビは雪の街へと、コヨーテは月の夜へと
その51 Joel Potrykus&"Ape"/社会に一発、中指ブチ立てろ!
その52 Joshua Burge&"Buzzard"/資本主義にもう一発、中指ブチ立てろ!
その53 Joel Potrykus&"The Alchemist Cookbook"/山奥に潜む錬金術師の孤独
その54 Justin Tipping&"Kicks"/男になれ、男としての責任を果たせ
その55 ジェニファー・キム&"Female Pervert"/ヒップスターの変態ぶらり旅
その56 Adam Pinney&"The Arbalest"/愛と復讐、そしてアメリカ
その57 Keith Maitland&"Tower"/SFのような 西部劇のような 現実じゃないような
その58 アントニオ・カンポス&"Christine"/さて、今回テレビで初公開となりますのは……
その59 Daniel Martinico&"OK, Good"/叫び 怒り 絶望 破壊