テキサスタワー銃乱射事件、この痛ましい事件によって31名の負傷者と共に17名の尊い命が失われることになった。そしてアメリカの忌まわしい歴史として組み込まれた事件は何本もの映画、例えばカート・ラッセルが狙撃犯を演じたTV映画「パニック・イン・テキサスタワー」やピーター・ボクダノヴィッチのデビュー長編「殺人者はライフルを持っている!」によって幾度となく語られていく。今回紹介するKeith Maitland監督作“Tower”もまたそんな系譜にある作品だが、他とは一線を画するスタイルであの事件を語ろうと試みている。
1966年8月1日、今日もまたいつもと変わらない平凡な一日が始まったと人々は思っていた。大学生のクレアもその一人だった。妊娠8ヶ月だった彼女は恋人であるトーマスに支えられながら、人類学の授業へと向かう。他愛ないお喋りを繰り広げながらキャンパスを歩いていたクレアは、しかしその耳に爆発音を聞く。瞬間、衝撃と共に身体が地面へと崩れ落ちる。何が起こったか分からないクレアは、自分に駆け寄ってくるトーマスが同じように倒れる光景を目撃する。それは恐怖の始まりを告げていた。
“Tower”はテキサスタワー銃乱射事件に巻き込まれた人々の姿を、彼らの証言と共に描き出すドキュメンタリーだ。上述の作品群は銃撃犯もしくは彼を追う刑事たちに焦点の当てられた作品が多かったが、今作で描かれるのは事件に巻き込まれた一般人、例を上げるなら新聞配達中に身体を撃ち抜かれた青年、彼が銃撃されたその瞬間を目撃した会社員、状況もよく呑み込めないまま現場へと赴く警察官、全くの興味本意で外に出たことで銃撃に巻き込まれる学生たち……彼らは私たちに語りかけてくる。自分は前代未聞の事件の真っ只中にいるって分かった、怖くなかったって言うと嘘になるね、もう私は死ぬんだと思いました、その時頭の上に浮かんでた空はとても青かった。そして彼らの証言を切り裂くように、乾いた銃声が何度も何度も鳴り響く。
だが何を措いても今作が特徴的なのは、事件の再現映像がロトスコープで描かれている点にあるだろう。ロトスコープとは俳優の佇まいや動きをキャプチャーし、それを元にして描かれるアニメーションの一形態で、映画においてはリチャード・リンクレイターが「ウェイキング・ライフ」や「スキャナー・ダークリー」などで採用している技法だ。これによって今作の登場人物は、通常のアニメーションでは捉えきれない生々しい動作感覚や表情の動きを獲得している。それでいてヌルヌルした独特の質感は現実と似ても似つかないものであり、生々しさと非現実性が不思議なバランスで成立しているのがこのロトスコープな訳だ。
だが今作でそんな技法が採用されたのはどうしてだろうか。劇中、学生の一人はこんなことを私たちに語る、キャンパスに死体が転がっている光景は映画の西部劇みたいだったと。そしてクレアはあの忌まわしい状況について、まるで青空から宇宙人が攻めてきて頭上から私たちを撃ち抜いてるようだった、そう表現している。人々の証言において共通しているのは、この事件が現実とは到底思えなかったという点だ、事件が確かに現実であった筈なのに。つまりロトスコープの奇妙な質感、現実と非現実が混ざりあうあの質感は人々が抱いていた感覚へと観客を迷いこませるための術なのだ。
そういったロトスコープ映像の間には事件当時の映像もまた織り込まれていく。町の外観を映した映像やニュース動画はカラーでありながら、事件現場そのものを撮影した映像の数々は白黒なのだ。キャンパスを逃げ惑う人々、銃撃に倒れた肉体、そこに宿る衝撃から目を背けたいかのように白と黒の色彩だけが浮かび上がっている。ロトスコープはそれに共鳴するかのように大部分がモノクロで紡がれていくが、監督はこの作品をそこで留めることはない。私たちは無機質な死が画面に汪溢する中で、ある物を目撃することになるだろう、正にアニメーションだからこそ出来る現実を跳躍する瞬間の数々を。そこに溢れ出すのは鮮やかな彩り、今はもう失われた命と幸福の輝き……
その果てで監督が飛び込んでいくのは、登場人物たちそれぞれの内面だ。恐怖に怯える人々の視線は、キャンパスの真ん中に倒れるクレアの元に注がれる。助けなくちゃと思った、このままじゃあの妊婦は死んでしまう、だけど怖かった、自分の臆病さを呪うしかなかったんだ、今助けなきゃ後悔する、私たちは勇気と臆病さの分水嶺に立っていたんです。そんな言葉の数々が重なる中で、映像には二つの滴が立ち現れる、地面に横たわる死を待つクレアの顔に流れる涙、分水嶺に立つ者の額に浮かぶ汗。それぞれの皮膚に浮かぶ二つの滴は、おそらく今までの何よりも私たちの感覚に迫ってくるものだ。何故ならそこにこそ現実と非現実を突き抜けた先の、生の真実の震えが宿っているからだ。
“Tower”を観ていると生存者は勿論、アメリカという国自体が“あの事件は夢だったのでは?”と疑っているとそんな思いを抱くことが何度もある。幾つかの意味でそれは本当なのだろう、しかし事件が刻んだ傷は確かに人々の心に存在しており、その痛みから過去について口を閉ざす者も多くいる。その中で一人の人物は私たちにこう語りかける、本当に恐ろしいことは事件が風化し誰からも忘れ去られることなんだと。そんな強い思いが“Tower”という作品に、映画の新たな可能性を開こうとする一作には託されている。
ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &"I Believe in Unicorns"/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その19 Anja Marquardt& "She's Lost Control"/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
その21 Whitney Horn&"L for Leisure"/あの圧倒的にノーテンキだった時代
その22 Meera Menon &"Farah Goes Bang"/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & "The Girl in The Book"/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & "The Mend"/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&"Sleeping with Other People"/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&"Bone Tomahawk"/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&"I Remember Nothing"/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その29 Perry Blackshear&"They Look Like People"/お前のことだけは、信じていたいんだ
その30 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その31 ジョシュ・モンド&"James White"/母さん、俺を産んでくれてありがとう
その32 Charles Poekel&"Christmas, Again"/クリスマスがやってくる、クリスマスがまた……
その33 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その34 ロベルト・ミネルヴィーニ&"Low Tide"/テキサス、子供は生まれてくる場所を選べない
その35 Stephen Cone&"Henry Gamble's Birthday Party"/午前10時02分、ヘンリーは17歳になる
その36 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その37 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その38 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その39 Felix Thompson&"King Jack"/少年たちと"男らしさ"という名の呪い
その40 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その41 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その42 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その43 Cameron Warden&"The Idiot Faces Tomorrow"/働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない
その44 Khalik Allah&"Field Niggas"/"Black Lives Matter"という叫び
その45 Kris Avedisian&"Donald Cried"/お前めちゃ怒ってない?人1人ブチ殺しそうな顔してない?
その46 Trey Edwards Shults&"Krisha"/アンタは私の腹から生まれて来たのに!
その47 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
その48 Zachary Treitz&"Men Go to Battle"/虚無はどこへも行き着くことはない
その50 Joel Potrykus&"Coyote"/ゾンビは雪の街へと、コヨーテは月の夜へと
その51 Joel Potrykus&"Ape"/社会に一発、中指ブチ立てろ!
その52 Joshua Burge&"Buzzard"/資本主義にもう一発、中指ブチ立てろ!
その53 Joel Potrykus&"The Alchemist Cookbook"/山奥に潜む錬金術師の孤独
その54 Justin Tipping&"Kicks"/男になれ、男としての責任を果たせ
その55 ジェニファー・キム&"Female Pervert"/ヒップスターの変態ぶらり旅
その56 Adam Pinney&"The Arbalest"/愛と復讐、そしてアメリカ
その57