鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

S.クレイグ・ザラー&"Brawl in Cell Block"/蒼い掃き溜め、拳の叙事詩

今作の主人公はブラッドリー(「サイコ」ヴィンス・ヴォーン)という男、彼は元ボクサーでありながら力を発揮できる場もなく、妻のローレン(リミットレスジェニファー・カーペンター)と共に味気ない日々を送っている。そんなある日、彼は仕事をクビになり、更には妻が浮気していることを知ってしまう。ガタガタな人生を逆転させるため、ブラッドリーはヤクの密売人として裏社会に出戻り、再びヤバい仕事に繰り出すこととなる。

“Brawl in Cell Block 99”は物語としては頗るオーソドックスでありながら、冒頭からその威圧感は群を抜いている。クビにされ家へ早く帰ってきたブラッドリーは妻の浮気現場を目撃し、その怒りから彼女の車を素手でボコボコにブチ壊し始めてしまう。拳でガラスを砕き、ボンネットを剥ぎ取る姿は正に野獣そのもの。この描写一発で私たちはブラッドリーという男がただならぬ覇気を、そして今作自体がその覇気を宿らせていると知るだろう。

売人として働くうち、ブラッドリーと妻との不仲も解消されしばらくは平穏な日々が続くこととなる。だが彼はある危険な仕事が失敗に終わったせいで逮捕され、刑務所にブチ込まれてしまう。更にその失敗で被害を被った組織のボスによって妊娠中のローレンを人質に取られ、ブラッドリーは窮地に追い込まれる。しかしそこから彼の血塗られた復讐が幕を開けることとなる。

今作の監督S.クレイグ・ザラー「トマホーク ガンマンVS食人鬼」においても諸行無常で冷え冷えとした世界観を見せてくれたが、現代に話を移したこの作品においてもそれは保たれている。今回撮影を担当したBenji Bakshi、彼は掃き溜めの風景を薄い青に染め上げることで、凍てつきをより強調していく。そんな凍てついた焦土で拳が放たれ血がブチ撒けられる様は、より残酷で残虐だ。

そんなブラッドリーという暴力の化身を演じるのはあのコメディ俳優ヴィンス・ヴォーンなのだが、彼こそが今作の要と言っていい、その一世一代の演技に唸らされる。明晰かつ冷静で余りにも鮮明に現実が見えすぎている故に、普通には生きられない男がその齟齬を埋めるために身につけたこの圧倒的暴力。圧倒的すぎて笑えてくるほどの悲哀は彼の頭皮に描かれた十字架から滲み出ている。

特徴的なのはヴィンス・ヴォーンの挙手挙動全てが凄まじく遅い点だ。歩く、視線を投げる、誰かを殴る、誰かの骨を折る、この凝縮された遅さには渦を巻く暗雲や沸き上がる溶岩など人間には抗いがたい大いなる自然と対面するような慄然とする感覚がある。そしてザラー監督はこの異様な遅さをアクションへと接続していく。その時、彼は例えばボーンシリーズのような臨場感ある手振れ撮影やスコット・アドキンスが見せるような超絶技巧を駆使することはない。ここで重視されるのは早さやキレではなくその対極に位置する遅さと重さだ。ザラーは人間が持つ骨や肉の存在をこそこれでもかと強調し、肉体の震えや傷つきを私たちに見せつける。その姿はただひたすらに泥臭いものだ。

そしてここには底冷えするほどの明晰性までもが備わっていることに、観客は気づくことになるだろう。アクションシーンにおいて、Bakshiはそのカメラを肉体の近くに置くことは殆んどない。常に一定の距離感を保ちながら、男たちの肉体が暴力に駆動する姿を観察し続けるのだ。故にアクションに本来備わるべき興奮や高揚感は全く存在していない。つまりいわゆるB級アクションの筋書きを踏襲しながらも、そこから大きな隔たりを持つのが今作な訳である。

それから思い出される作品が1本だけある。それがスティーヴン・ソダーバーグ監督作エージェント・マロリーだ。スパイアクションの体裁を取りながら、その実アクションを全く興奮に奉仕させない作劇法に多くの非難が寄せられた不遇の映画だが、その非難はある側面で誤解であると私は思っている。何が言いたいかといえば、今作はアクション映画ではなくアクション(行為)についての映画なのだということだ。ソダーバーグは格闘家ジーナ・カラーノ演じる主人公の一挙手一投足をまるで昆虫学者のような目つきで観察していく。人は誰かを殴る時、どのように身体を駆動させるのか。腕の動きは勿論、足や腰、視線の揺らめき、そういったものを彼はレンズに焼きつけていきながら、1つ1つの行為の中に人間の人間たる由縁を見据えていく。私は今作を映画史における大傑作である、シャンタル・アケルマン「ジャンヌ・ディエルマン」と比肩する作品と思っているのだが、それについて書くと長くなるのでここでは控えよう。

話を元に戻そう。“Brawl in Cell Block 99”エージェント・マロリーとはアクション演出を多く共有している訳であるが、監督の姿勢が違うとその意味もまた変わってくる。後者においてソダーバーグが解剖学的/学術的な視線を持つ一方で、前者の場合は何か崇高な感触が宿っているように思われる。まるで聖職者がグラインドハウス映画を作るような厳粛さに満ちているのだ。そんな視線の中で余計な情報量が排除されていくことによって、観客は余りにも純粋なる暴力という行為を目の当たりにすることになる。その様はまるでロベール・ブレッソン作品もかくやの圧力である……馬鹿だと思うだろうか、私の方は大まじである。聖職者が持つ類の明晰性、神の高みに肉薄するための即物性、純粋なる行為の列なりによってを自身を神に重ね合わせようとするような感覚……S.クレイグ・ザラーは現代アメリカ映画界におけるロベール・ブレッソンの後継者だと私がマジに確信した瞬間が、今作の中にはあるのだ。

“Brawl in Cell Block 99”は蒼い掃き溜めに血で紡がれる、薄汚れた拳についての圧倒的叙事詩だ。剥き出の頭皮に刻まれた十字架が、ある種陳腐でシンプルな暴力の物語を、ジャンル映画への崇高なる殉教の詩へと高める。それを成し遂げたS.クレイグ・ザラーは現代に蘇ったブレッソンだと、そこまでの賛辞をもこの暴力映画には捧げたい。

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &"I Believe in Unicorns"/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その19 Anja Marquardt& "She's Lost Control"/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
その21 Whitney Horn&"L for Leisure"/あの圧倒的にノーテンキだった時代
その22 Meera Menon &"Farah Goes Bang"/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & "The Girl in The Book"/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & "The Mend"/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&"Sleeping with Other People"/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&"Bone Tomahawk"/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&"I Remember Nothing"/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その29 Perry Blackshear&"They Look Like People"/お前のことだけは、信じていたいんだ
その30 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その31 ジョシュ・モンド&"James White"/母さん、俺を産んでくれてありがとう
その32 Charles Poekel&"Christmas, Again"/クリスマスがやってくる、クリスマスがまた……
その33 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その34 ロベルト・ミネルヴィーニ&"Low Tide"/テキサス、子供は生まれてくる場所を選べない
その35 Stephen Cone&"Henry Gamble's Birthday Party"/午前10時02分、ヘンリーは17歳になる
その36 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その37 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その38 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その39 Felix Thompson&"King Jack"/少年たちと"男らしさ"という名の呪い
その40 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その41 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その42 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その43 Cameron Warden&"The Idiot Faces Tomorrow"/働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない
その44 Khalik Allah&"Field Niggas"/"Black Lives Matter"という叫び
その45 Kris Avedisian&"Donald Cried"/お前めちゃ怒ってない?人1人ブチ殺しそうな顔してない?
その46 Trey Edwards Shults&"Krisha"/アンタは私の腹から生まれて来たのに!
その47 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
その48 Zachary Treitz&"Men Go to Battle"/虚無はどこへも行き着くことはない
その50 Joel Potrykus&"Coyote"/ゾンビは雪の街へと、コヨーテは月の夜へと
その51 Joel Potrykus&"Ape"/社会に一発、中指ブチ立てろ!
その52 Joshua Burge&"Buzzard"/資本主義にもう一発、中指ブチ立てろ!
その53 Joel Potrykus&"The Alchemist Cookbook"/山奥に潜む錬金術師の孤独
その54 Justin Tipping&"Kicks"/男になれ、男としての責任を果たせ
その55 ジェニファー・キム&"Female Pervert"/ヒップスターの変態ぶらり旅
その56 Adam Pinney&"The Arbalest"/愛と復讐、そしてアメリカ
その57 Keith Maitland&"Tower"/SFのような 西部劇のような 現実じゃないような
その58 アントニオ・カンポス&"Christine"/さて、今回テレビで初公開となりますのは……
その59 Daniel Martinico&"OK, Good"/叫び 怒り 絶望 破壊
その60 Joshua Locy&"Hunter Gatherer"/日常の少し不思議な 大いなる変化
その61 オーレン・ウジエル&「美しい湖の底」/やっぱり惨めにチンケに墜ちてくヤツら
その62