鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

オーレン・ウジエル&「美しい湖の底」/やっぱり惨めにチンケに墜ちてくヤツら

木々も枯れ果て冷たい色彩に満たされたアメリカのド田舎、その地で不満を溜めこんだ小市民たちがなけなしの勇気を奮って犯罪に打って出る。しかしその結果は当然の如く大失敗を迎え、チンケな騒動が幕を開ける……そういったあらすじの映画をあなたは何本観たことがあるだろうか。コーエン兄弟の「ファーゴ」を筆頭に、そんな犯罪映画には枚挙に暇がない故、もはや数なんて覚えてねーよ!という人々も少なくないだろう。オーレン・ウジエルの監督デビュー作「美しい湖の底」aka"Shimmer Lake"も正にその常道を行く作品だ。だが監督によるツイストの数々が、本作を他の凡作とは一線を画する作品としている。

さてさて、今作の舞台は木々も枯れ果て冷たい色彩に満たされたアメリカのド田舎だ。ある時静かなこの町の平和を揺るがす事件が起こる。町の銀行が襲撃され、金が盗まれたのだ。保安官であるジーク(リンカーン/秘密の書」ベンジャミン・ウォーカー)はその犯人を捕まえようと町を駆け回るが、彼がこの事件に入れこむ大きな理由が1つ。3人の強盗犯のうち1人は彼の兄であるアンディ(「スーパー!」レイン・ウィルソン)だったのだ。

あらすじは先述した通りの常道具合だが、それを補うように語りは異色だ。まず物語は犯行の3日後から幕を開ける。犯罪の末、アンディは自宅の地下室へと身を隠すことになっていた。だが居場所がバレた彼は車を奪って、どこかへと向かう。それは強盗の首謀者であるエド(「22ジャンプ・ストリート」ワイアット・ラッセ)の妻であるステフ(「007/スペクター」ステファニー・シグマン)の元だ。が、物語は突如犯行の2日後へと遡ることとなる。

こうして監督はメメントさながら時間を巻き戻しながら、このチンケな犯罪劇を語っていく。強盗犯エド、アンディ、そしてクリスは昔からの友人関係であったが、この関係性には何か秘密があるらしい。銀行強盗自体もそうだ。登場人物たちが証拠や憶測、時には嘘を元に語る言葉の数々は組合わさっていくごとに、万華鏡的な矛盾を作り上げていく。そして物語は水面下のカオスへと深く潜行していくこととなるのだ。

しかし謎解き要素も面白いのだが、今作において傑出しているのはその妙なユーモア感覚に他ならない。全体に通低するのは田舎町の寒々しさがそのまま反映されたような荒涼たる空気感なのだが、そんなシリアスな雰囲気へ突然変な笑いが事故的に突っ込んでくる瞬間が幾度も存在するのだ。まるで良くある余計な一言から不謹慎なジョーク、身体を張った笑い、そういうネタがシリアスさはそのままに放り込まれる様は何とも言えずおかしい。ウンコを漏らすか漏らさないかでサスペンスが醸造される場面は、そんな2つの要素の奇妙な混合を象徴するような作中屈指の名シーンだ。

この奇妙さは、監督の経歴を見れば確信犯だと分かるだろう。ウジエルはまず脚本家として映画界でのキャリアを積み始めた人物だが、彼の代表作があのチャニング・テイタム&ジョナ・ヒル主演「22ジャンプ・ストリート」なのである。あの爆笑巨編の脚本に噛んだ人物なのだから、今作も一筋縄では行くはずもなく「22ジャンプ〜」と「ファーゴ」が悪魔合体したような代物になっている訳だ。ちなみに彼の脚本次回作は「10クローバーフィールド・レーン」に続くクローバーフィールド・シリーズ第3弾“God Particle”だという。まさかの抜擢すぎる。

そしてこの脚本を映画化するのに8年も懸けた監督の熱意に応えるように、俳優陣も熱演というか馬鹿演の数々を見せてくれる。鬱屈を抱えたどこにでもいる人々がチンケな犯罪に走るまでの内面描写は生々しく、それが引き起こす冗談みたいな事件の連続には唇がひきつるような笑いを掻っ攫われる。その果てに浮かぶ惨めな疲れと寒々しさは、画面に煙草のヤニのように厭味たらしいほど滲みついていく。

そしてそれを代表する存在感を誇るのがレイン・ウィルソンだ。例えばジェームズ・ガン出世作「スーパー!」など小さな幸せを奪われ爆発する中年小市民を演じさせれば右に出る者は居ないが、今作でもその魅力が炸裂している。クソったれな状況に業を煮やし、一発逆転を懸けて銀行強盗に打って出ながら物の見事に大失敗を晒すあの悲哀ったらない。顔面が惨めさに歪みまくる様にも笑いと共に一抹の哀れさが宿っている。もう本当可哀想な感じである。

アメリカのド田舎でチンケな犯罪者がチンケな騒動を巻き起こす”……「美しい湖の底」はその文章から想像する通りの正に丁度いい犯罪映画の体を成している。本当なら有象無象の屑山に消えるはずだった今作は、巧みな語りと奇妙な笑いによって、その屑山から高く高く飛び上がっていく。もちろんチンケな犯罪野郎共は飛び立てやしないのだが。

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &"I Believe in Unicorns"/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その19 Anja Marquardt& "She's Lost Control"/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
その21 Whitney Horn&"L for Leisure"/あの圧倒的にノーテンキだった時代
その22 Meera Menon &"Farah Goes Bang"/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & "The Girl in The Book"/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & "The Mend"/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&"Sleeping with Other People"/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&"Bone Tomahawk"/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&"I Remember Nothing"/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その29 Perry Blackshear&"They Look Like People"/お前のことだけは、信じていたいんだ
その30 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その31 ジョシュ・モンド&"James White"/母さん、俺を産んでくれてありがとう
その32 Charles Poekel&"Christmas, Again"/クリスマスがやってくる、クリスマスがまた……
その33 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その34 ロベルト・ミネルヴィーニ&"Low Tide"/テキサス、子供は生まれてくる場所を選べない
その35 Stephen Cone&"Henry Gamble's Birthday Party"/午前10時02分、ヘンリーは17歳になる
その36 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その37 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その38 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その39 Felix Thompson&"King Jack"/少年たちと"男らしさ"という名の呪い
その40 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その41 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その42 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その43 Cameron Warden&"The Idiot Faces Tomorrow"/働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない
その44 Khalik Allah&"Field Niggas"/"Black Lives Matter"という叫び
その45 Kris Avedisian&"Donald Cried"/お前めちゃ怒ってない?人1人ブチ殺しそうな顔してない?
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その51 Joel Potrykus&"Ape"/社会に一発、中指ブチ立てろ!
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