鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Jen Tullock&"Disengaged"/ロサンゼルス同性婚狂騒曲!

同性婚アメリカにおいて認められた後、その事実を背景として様々な作品が作られている。日本でも公開されたアイラ・サックス監督作「人生は小説よりも奇なり」キャサリン・ハイグルが主演を飾った“Jenny’s Wedding”に、一風変わった作品としては結婚式を前にフィアンセの1人がセックスでイッたことがないと告白したことから巻き起こる騒動を描き出した「イケてる彼女のイケない悩み」(原題:“The Feel” Netflixで好評配信中)などがある。さて今回紹介したいのはそんな作品群に連なりながら、一味違う魅力を持ち合わせたWebシリーズ“Disengaged”とそのクリエイターである2人のコメディアンJen TullockHannah Pearl Uttだ。ということで早速第1話をどうぞ。

シドとジュールズ(Jen Tullock&Hannah Pearl Utt)のカップルは付き合ってからもう何年もの日々が経っている。そのせいか最近関係は倦怠期に突入しており、セックスレスに料理の上にパンツ脱ぎ捨て事件にと空気がギスギスし始めている。そんな折、アメリカ全土で同性婚が認められシドの友人たちはパーティー開いて大フィーバー、彼女たちはもう既に婚約を決めたという。それに触発されたジュールズがノリでシドにプロポーズをしてしまったものだから、2人は否応なく自分たちの関係性を見つめ直さざるを得なくなってしまう。

今作はとある平凡なカップルが巡る同性婚狂想曲というべきコメディ作品だ。結婚とか興味ないし……的な態度を取っていたシドは満更でもない感じで早速ウェディング・プランナーの元へ向かい話が変な方向に向かったり、舞い上がったジュールズは指輪を買いに行った先でホモフォビアな店主とバトルを繰り広げたりと騒動は耐えない。しかしそんな騒動が彼女たちの愛に再び火を点け、ラブラブモードに突入したり、ハッと我に返ったかと思うと急激な冷めを見せたり……

2人を演じるJen TullockHannah Pearl Uttはクリエイターも兼任しているのだが、彼女たちはこの狂想曲の中にカップルの関係性へのスタンスの違いを浮かび上がらせる。結婚式のドレスを探しに行った夜、彼女たちは結婚について口論する羽目になる。シドは乗り気な素振りを見せたものの自分の心を顧みるに、やっぱり結婚はしたくない、別に結婚する必要なんかない、どうして今のままでいたら駄目なの?と主張する。だがジュールズは、私と結婚したくないの? 私と別れたいってこと?と詰問してくる。つまりシドはこの関係を曖昧なままにしておきたいし、ジュールズはこの関係について良い機会だから白黒ハッキリつけたいという姿勢なのだ。どちらの言い分ももっともな訳で、口論の中で彼女たちは自分たちの妥協点へと辿り着き、そうになる。

が、そうはさせない現状がアメリカには広がっているのである。同性婚フィーバーアメリカ全土が湧き、ブライダル産業にメディアにとこぞって炎に薪をブチ込み、そうして生まれた狂熱は巡りめぐってシドたちをも呑み込んでいく。彼女たちのプロポーズに立ち会った友人たちが勝手にどこぞの編集者と話をつけ、彼女たちの結婚式が雑誌で大々的に特集されることとなってしまう。そうして2人の結婚話はもう後戻り出来ない所まで来てしまう。

だが勿論のこと、その笑いの中には様々なテーマが練り込まれている。まずはより普遍的な、結婚とかそれ以前に自分たちがずっと生きていくために、私たちは互いをどう思いやりどう生活していけばいいのか。この問いは彼女たちの日常の随所にある種の脅威として立ち現れることになる。そしてもう1つ大きな問題がある。結婚熱が加熱する中で、ある時シドは頭を抱えながらこう叫ぶのだ。“結婚ってつまり異性愛規範への迎合じゃないの、何で同性愛者の私たちがそんなことしなくちゃいけないんだよ?” これには様々な議論があるだろう。確かに同性婚が認められるのは良いことだが、結婚という制度それ自体が異性愛規範ひいてはカップル規範を強化する悪であり、それ以外に属する人々を抑圧する装置と成りうるのだ。自分たちはそれに似た抑圧に散々苦しめられてきたのに、結婚が認められたら舌を出しながらそれに追従するのか?彼女たちはそうして悩み続ける。“Disengaged”は一見軽いロマコメのように思えながら、同性婚を巡る問題を鮮やかに提示していく優れた作品でもある。さて、その果てに2人はどんな決断を果たすのか。それは本編を観てのお楽しみである。

そして“Disengaged”の姉妹作品として7分の短編作品“Partners”も存在している(こちらもyoutubeで鑑賞可)。これも主人公は倦怠期にあるレズビアンカップルだが、キャラ設定が微妙に入れ替わっているのが印象的だ。今作はそんな彼女らの朝起きてからの7分間を、2人の家の中だけを舞台に描き出したコメディ作品で、これがとても良い。軽口を叩きあう親密な空気感に、人生のある一瞬を切り取る手捌き、そこに途方もない愛おしさを宿す素晴らしさ。それは2人の息の合ったコンビネーションがあってこそのものであり、その意味で“Partners”は彼女らの才覚を象徴的に示す貴重な一作な訳である。

そして現在は2人で初の長編映画"Stupid Happy"を製作中なのだという。主人公は彼女たちの演じる絶賛不仲中の姉妹、しかし死んだはずの母親がある秘密を抱えていたことから一緒に行動せざるを得なくなるというコメディ映画だそうだ。監督はUttの方が担当、脚本・主演は2人が兼任、他にもルーク・ケイジマーク・コールター「トランスペアレントジュディス・ライトが出演など結構出演陣も豪華である。ということで今後の1人の動向に期待したい。

参考文献
https://echomag.com/disengaged/(監督インタビューその1)
https://www.afterellen.com/people/477419-jen-tullock-hannah-pearl-utt-disengaged(監督インタビューその2)

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
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