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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Merawi Gerima&"Residue"/ワシントンDC、ジェントリフィケーション

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ジェントリフィケーションと呼ばれる都市の富裕化は世界的に問題となっている。先頃、渋谷の宮下公園において日本でもホームレスらを排除したうえで、商業施設であるミヤシタパークが建設されたことが批判の対象になった。都市の富裕化は社会の周縁に置かれている存在を踏み躙る許されざる行為でもある。そして今回紹介するMerawi Gerima監督作"Residue"はある1人の黒人青年の目から、アメリカにおけるジェントリフィケーションの現在を見据える1作だ。

今作の主人公はジェイ(Obinna Nwachukwu)という青年だ。彼は映画作家であり、自身の子供時代を題材とした映画の脚本を書くために、久しぶりに故郷ワシントンDCへと戻ってくる。だが故郷の風景は一変しており、彼は動揺を隠すことができない。

まず今作で描かれるのはジェイの戸惑いである。近所には白人たちが多く住んでおり、隣人だったり友人であった黒人の住民はどこにも居なくなっている。更には実家に帰ってきた彼を待ち受けていたのは、立ち退き通告に関するチラシである。この地域では黒人たちが排除されようとしていたのである。

Gerima監督の演出は手振れカメラを主体としたリアリズム指向だ。撮影監督Mark Jeevaratnamは震えを伴いながら、ジェイの行動を間近から観察し続ける。そしてその震えはジェイ自身の心にある揺れる困惑を饒舌に、私たちに語るのである。Jeevaratnamのカメラには街の鮮烈な空気感も生々しく捉えられている。赤い光に包まれた金網、白人たちに奪われた家屋の綺麗な壁、その隅で屯する黒人たち。それらが迫真性を以て観客に迫ってくるのだ。

そんななかで印象的なのは、画面に白人たちの顔が映らないことだ。隣人としてジェイに話しかけてくる人々はいるのだが、カメラは意図的に彼らの顔を映すことはない。そこにはジェイ、もしくは監督自身の白人たちへの不信感が反映されているようだ。彼らはジェントリフィケーションの使徒たる、顔のない脅威なのである。

だが通常のリアリズム映画とは一線を画するような実験性が本作には備わっている。今作は劇映画的な語りが基本であるが例えばデモのフッテージ映像、フィルムで撮影されたホームビデオなどが挿入されていく。そして映像は万華鏡的な姿を呈し始め、私たちを独特の映画世界へと誘うのである。

今作の監督であるMerawi Gerimaという名前を聞いた時、アメリカの黒人映画に詳しい方は驚くかもしれない。そうこのMerawi Gerima監督は"Bush Mama"アメリカ映画史に名を残す、エチオピアアメリカ人作家のHaile Gerimaの息子なのである。彼の作品は支離滅裂スレスレの爆発的な実験性が特色であるが、これは"Residue"にも継承されていると言える。

先述の万華鏡的な映像センスもそうであるが、音の演出もすこぶる鋭敏なものだ。作品には様々な音が焼きつけられている。虫たちの鳴き声、車の騒音、そして闇を切り裂く銃声。それらは暴力的に響き渡る一方で、激しいビートを伴った音楽の数々が鮮やかに挿入される。それらが交錯することで、映画は濃密な熱を帯びていくのである。

そんな苦境のなかでも、ジェイは映画製作を勧めようとするのだが白人たちから不信の瞳で見られることは勿論のこと、仲間であるはずの黒人たちからも彼は見放されていく。これが現代における人種的政治の難しい点だ。人種差別は加害者にとっても被害者にとってすらも社会の常識そのものであり、反旗を翻そうとすれば、波風を立てられることを好まない双方から攻撃されるのである。そしてジェイは深い絶望へと追いやられるのである。

"Residue"はジェントリフィケーションによって黒人たちの生活が脅かされている現在を描きだした、ブラック・ライブス・マターが叫ばれている状況において頗る重要な作品だ。今作が放つ現状への怒りと熱気は私たちの黒人の生への生温い考えを変えてくれるはずだ。

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