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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Pablo Alvarez-Mesa&“Bicentenario”/コロンビア、独立より200年の後

2019年はコロンビアがスペインから独立して200年という記念の年であり、コロンビア各地で独立を祝う式典が開催された。そこでその立役者として式典の中心にいた人物がシモン・ボリバルだった。“南アメリカ解放の父”と称されるラテンアメリカ独立運動の指導者であり、彼はコロンビア含めベネズエラエクアドルボリビア、ペルーの独立を達成した英雄だ。さて今回は彼と独立を祝す式典を舞台とした中編ドキュメンタリー作品がPablo Alvarez-Mesa パブロ・アルバレス=メサ監督作“Bicentenario”だ。

彼の瞳が見据える先は各地で行われる式典に広がっていた風景だ。豊かな自然に包まれたのどかな牧畜風景、素朴な家々が並ぶ住宅街、その合間を練り歩くのはコロンビア国旗を持った町民たちだ。彼らは晴れやかな表情を浮かべながら、堂々と道を歩いていく。その楽しげな風景は、観客の目にも微笑ましく映るかもしれない。

そして式典のために、人々は町の広場に集まる訳であるが、そこで興奮はさらなる高まりを見せる。家族みな揃ってボリバル銅像の前で記念写真を撮ったり、群衆のなかには銅像そっくりの軍服を着ている者たちもいる。つまりはボリバルのコスプレをしている訳だ。コロンビアにおいて独立はこのようにして祝われるのかと、日本に住む私たちは思わされるだろう。

だが映画に何か不気味な雰囲気が漂い始めるのも感じるはずだ。群衆の前には軍服を纏った、実際の軍人たちも現れて、指導者らしき人物が高らかなスピーチを始める。独立に関わった全ての人、中でもボリバルの勇気を湛える言葉が叫ばれて、独立を言祝いでいく。群衆や周囲の軍人たちよりも、彼自身が自分のスピーチに酔っているがごとき熱狂が現れる。だがその熱狂は伝染していくのだ。

監督はこれを距離を常に取りながら見据えるのだが、ここに不信を抱いているのは明らかだろう。映画内において最も際立つのが他ならぬ黄・青・赤のコロンビア国旗だ。彼はコロンビアの各都市で撮影を行っているのだが、どの都市も国旗で埋め尽くされている。人々が国旗を振り、ベランダに国旗が飾られ、時にはビルの表面にネオンとして三色旗が浮かびあがるのだ。こうして都市を埋め尽くす国旗の裏側に、監督は不穏な何かを見出だしている。

この意味で冒頭に据えられる映像は象徴的なものだ。古びた映像に現れるのは1985年に起こったコロンビア最高裁占拠事件だ。左派ゲリラ組織4月19日運動(M-419)と軍が銃撃戦を繰り広げ、それを実況する逼迫した音声が観客の耳にも届く。銃撃戦の後には、建物で火災が激発することとなる。軍は容疑者を全員射殺、しかし銃撃戦と火災によって人質も多く亡くなるという悲惨な結果となった。この後に続く独立記念の風景は、それから約30年後の風景と言えるだろう。2019年時点で既に、この地域最大のテロ組織であるコロンビア革命軍(FARC)は政府と内戦終結で合意、テロの時代は過ぎたように思われる。だがその後で来たのが、ここに示唆される愛国者たちの凱歌だとするなら?

“Bicentenario”という作品が見据えるのは、コロンビアの現在だ。ボリバルの偉業によって達成された自由が、国民に愛国心を植えつけるために利用され、この国は不気味な方向へと舵を切っていく。そしてそんな風景には血塗られた歴史そのものが凝縮されている。この不穏さには圧倒されるしかない。