
さて、世界地図を見て欲しい。まずマダガスカルを見てみよう。アフリカ大陸の南東部に寄り添うように位置している巨大な島であるマダガスカル、ここが日本においてはあの童謡にも歌われているアイアイの住処であり、生物多様性にとって重要な場所である。さらにその横には2つの小さな島があるが左に位置するのがレユニオン島である(右はモーリシャス)インド洋に浮かぶ島でも方や国であり、方やフランスの海外県という違いはありながらこの近さがゆえに結びつきは強い。ということで今回はこの2つの島の現在とその結びつきを描きだすドキュメンタリー作品である、マダガスカルの映画監督Nantenaina Lovaによる長編“Cher ancêtre”(英題:“Dear Ancestors 親愛なるご先祖さま”)を紹介していこう。
今作はSF的な舞台設定から幕を開ける。舞台となるのは2067年、マダガスカル独立運動の始まりから120年もの時が経った年だ。今はレユニオン島に住んでいる1人の女性(Fela Razafiarison)が自身の娘(Johanne Aratus)に寝る前の物語として語るのは、自身の父、つまりは娘にとっての祖父であるダダべという名前の漁師についてだ。彼は先祖代々の職業である漁師として海に出るとともに、活動家として進む環境汚染とも戦う日々を送っていた……
そんなダダべの姿を通じて監督はマダガスカルの現在を見据えていく。ダダべたちのように海に生きる人々はvezo ヴェゾと呼ばれている。彼ら海の民は豊かな自然に育まれながら漁業を通じて生計を立ててきたのだが、気候変動の影響で数十年前に比べてその漁業もままならなくなってきていた。一方内陸部においても鉱山開発が進み、聖なる森が切り開かれていくことせ、祖先が代々守ってきた自然が汚染される状況が続いていた。
こういったマダガスカルの危機に対して、人々は立ち上がることになる。デモ活動を行い鉱山開発などの環境破壊に反対するのだが、政府による弾圧は相当に強いものであり、少なくない抗議者が逮捕されていく。そして抗議者の中には故郷を逃れ移住する先がレユニオン島でもあり、ここから政府への抗議活動を行う者も現れる。
経緯は異なるが監督自身もまたこの2つの島を股にかけて活動する人物でもある。1977年マダガスカル中央部のアンツィラベに生まれ、首都のアンタナナリヴで育つ。小さな頃から映画が好きでフランスで社会学、レユニオン島でコンピューター科学を学びながら、ジャーナリストとして活動する最中に映画制作を始める。2008年にはフランス・トゥールーズの高等視聴覚学校 École Supérieure d'Audiovisuelで本格的に映画を学び、2013年には初長編である“Avec Presque Rien...”を完成させる。ここからマダガスカルとレユニオン島を行き交いながら日夜映画を制作している。
双方を股にかけるというのはマダガスカルの政情不安ゆえでもあるのかもしれない。マダガスカルは1960年に独立を達成して以降1972年、1991年、2002年、2009年と大規模な政治危機を何度も経験してきた。そんな中で2009年に野党指導者として政変を主導したのがアンドリー・ラジョエリナだった。広告代理店出身で元DJという異色の経歴を持つラジョエリナは同年から2014年にかけて暫定大統領の座につき、その後は同国大統領として同国の国家元首の地位にあった。
だが失業率の高さ、汚職、生活費の高騰などに対する国民の不満にラジョエリナ政権は全く対応できずにいた。そして度重なる水道と電力の供給停止への抗議を皮切りとして2025年9月25日より反政府運動が発生する。この担い手となったのがZ世代の若者たちだった。今作はそんな彼らがマダガスカルとレユニオン島双方で、腐敗したラジョエリナ政権に立ち向かう様を活写すると同時に、その姿に希望を見出していくのである。
そして日が経つにつれて抗議は激化の一途を辿り、10月11日に軍の精鋭部隊CAPSATが反政府デモに対する支持を表明しラジョエリナから離反、翌日には反政府運動の高まりを受けてとうとう彼は国外脱出することになる。14日にはCAPSATのミシェル・ランドリアニリナ大佐はクーデターによる大統領から権力を奪ったと宣言、17日に正式に大統領に就任することになった。Z世代は一定の成功を収めたというわけである。
そんな激動を背景としたこの“Cher ancêtre”は未来を語りの起点にすることで、希望を信じる心や平和への祈りが際立つドキュメンタリー作品となっている。とはいえランドリアニリナ政権が今後どういった道を行くのかを私たちは注視すべきなのだろう。軍部主導のクーデターによる政権交代なわけで今後どうなるかは未知数だ。希望や祈りが踏みにじられないよう、声を上げていく必要があるだろう。
最後に書いておきたいことが2つほど。1つは音楽センスがすこぶる良いということだ。ヴェゾの伝統音楽であるbelongoが全編で流れ、そこでは伝統弦楽器であるlokangaの音が響き渡る。そういった伝統を継承した最新のヒップホップまで流れ、マダガスカルとレユニオン島における音楽の今昔を鮮やかに体感させてくれる。
もう1つは日本文化の存在感である。目を引いたのはデモに参加する若者のTシャツにルフィ海賊団のマークが描いてあったことだ。この記事によるとワンピースは世界的人気ゆえに、マダガスカル含めて世界各地のデモにおいて海賊旗を掲げる若者たちがいるらしい。一方で銃撃によってデモを弾圧しようとする警察隊を映したフッテージ映像も流れるのだが、彼らが乗っているのがデカデカとTOYOTAのロゴマークが描かれた軽トラだった。体制側と反体制側、どちらにも日本文化が関わっている光景を見るのは何とも複雑な心地だった。
