鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている

アメリカにフィルムメーカー・マガジンという雑誌・映画サイトがあって、そこは毎年“インディペンデント映画界期待の新人25人”を選出している。映画監督だけではなく、脚本家から撮影監督、アニメーターからキャスティング・ディレクターまで何処から見つけてくるんだという才能ばかり発掘してくると(私の中で)評判で、2012年にはこのブログでも取り上げたハンナ・フィデル監督(この記事この記事を読んでね)やデジリー・アッカヴァン監督(この記事も読んでね)が選ばれていたのだが、では2015年には誰が選ばれていたか、このページを見てほしい、25人中あなたは何人の名前にピンとくるだろうか、私はかろうじてTed Fendtだけは知っていた。タオ・リンの小説をそのまんま映画にしたらこういう感じになるだろうって作品を作る字幕翻訳家兼映画監督な人物だ、その人以外マジで誰も分からない。フィルムメーカー誌は青田買いの達人な訳だが、ヴェネチア国際映画祭特別編その4ではその栄えある25人に名を連ねることとなった映画監督アナ・ローズ・ホルマーと彼女の長編デビュー作"The Fits"を紹介していこうと思う、ていうか凄い映画来ちゃったよ、おい!!!

アナ・ローズ・ホルマー Anna Rose Holmerはニューヨークを拠点とする映画作家だ。NY北部出身で、ニューヨーク大学では撮影を学び、在学中から短編"Vacationland"(2005)や「トワイライト - 初恋」レナ・ダナム"Tiny Furniture"に参加していた。撮影監督としては"This Light Rains""The Adults In The Room"などを手掛け、2010年にはドキュメンタリー"Twelve Ways to Sunday"で映画監督デビュー、ニューヨークに生きる11人の人物+1匹のワンちゃんの生活を通じて現代のアメリカを素描するドキュメンタリーはルーフトップ映画祭で公開、話題を博した。その後2014年、彼女は"Tiny Furniture"で撮影監督をしていたジョディ・リー・ライプス Jody Lee Lipesが監督のドキュメンタリー"Ballet 422"にプロデューサーとして参加、その後彼女はビエンナーレ・カレッジの一員として選ばれ劇映画デビュー作"The Fits"を監督することとなる。

この物語の主人公は11歳の少女トニ(Royalty Hightower)だ、彼女は年上の少年たちに混じってボクシングに励んでいる。腹筋に勤しみ、懸垂をこなし、ミットに強く拳を叩きつけ……彼女の兄で一緒に汗を流すジャーメイン(Da'seen Minor)とも仲はいいし、トレーニングも辛くはない、だが何のためにボクシングをやっているのか理解できていない自分がいる、ここは私のいるべき場所なのか?という思いから逃れられない自分がいる、そんな思いを振り払うように彼女は鍛練に打ち込む。ある日、彼女は激しくラップダンスを踊る少女たちの姿を目の当たりにする。トニはその姿に惹かれ、少し躊躇いも見せながらも、ボクシングと平行して少女たちが所属するダンスサークルに入部し、練習に打ち込むのだったが……

序盤の展開はスポーツと青春のかけ合わさった物語ならどれも通るだろう道をそのまま進んでいく。何となく“今の自分”に対して不満を抱く主人公が自分を変えてくれるかもしれない何か――この作品の場合はダンスだ――に出会う、とそういった風に。だがこの映画は質感はそれらの物語とは全く異なっている。耳元で紫煙のようにうねる胡乱な音の響き、一瞬一瞬にすら緊張感がみなぎる撮影。もちろん暗く黒い青春を描く作品も多く存在しているが、それらともまた一線を画す、何か、何かスクリーンの裏側に闇が蠢いているようなそんな不穏さ。オーソドックスな展開の中に何故そんな感触を抱くのか、最初は分からないかもしれないが、その不穏さがゆっくりと物語にも現れ始める。

それはダンスの練習中に起こる。カメラは周りの少女たちとは明らかにリズムが遅れているトニのダンスを映す、腕の動き、足の動き、全てが遅れ、振り付けすら間違えているトニ、突然画面外から何かが届く、もしこの映画の監督がミヒャエル・ハネケならある種の執拗さで以てそれを撮すことはなかっただろうが、ホルマー監督はそこにカメラを向ける。トニの先輩であるレッグス(Makyla Burnam)が全身を痙攣させ、床でのたうち回っている異様な光景、トニは呆然とそれを見ていることしか出来ない。この日から少しずつ、だが確実に、トニを取り囲むその全てが姿を変えていく。

青春映画からホラーへの転調、それでいて違和感を覚えさせないまま観客を没入させることが出来るのは音楽と撮影の力だろう。木管楽器の数々によるうねるような不協和音、奏でるのはマーサ、あるいはマーシー・メイザ・ワン・アイ・ラブ」を担当したダニー・ベンジー&ソーンダー・ジュリアーンズだ。彼らは、自分は何者なのか、そんな問いに外からも内からも押し潰されるトニの心の悲鳴をそのまま私たちの耳に運ぶ。そして撮影監督はPaul Yee、これが長編デビュー作とは信じられないほどの強度を彼は持っている。彼が世界にカメラを向けるというのは、世界にunpredictabilityがもたらされるのと同じだ。ピアノ線のように緊張感が張りつめ、いつ誰に何が起こるか全く予想できない。そしてレンズに塗りつけられた猛毒は登場人物たちに容赦なく襲いかかる。

歪んだ非日常の中で、トニは拳を叩きつけ、全身をダンスに委ねる。自分のいるべき場所はどこにあるのか、その答えを必死に探し続ける。彼女を演じるRoyalty Hightower、実際はアマチュアのダンサーで俳優として活動するのはこの映画が初めてだというが、この映画のためにこそ彼女は存在すると言っていいほどの適役だ。鋭い眼光としなやかな体つき、言葉よりも肉体の躍動でもって自己を表現しようとする。Hightowerの存在がこの作品に思春期を生きるということ、変わりゆく身体への不安と恐怖、ジェンダーセクシュアリティの探求とアレゴリー的な意味を授けるが、彼女と共にホルマー監督はもう一歩先へと踏み込んでいく。

打ち捨てられたプール場に佇み、トニは空に広がる黄昏に飛び交う影の群れを目撃する。何が起こっているのか分からない今が怖いと、彼女は兄に告白する。そしてトニはその何かと対峙しなければならない時を迎える。ダンスに打ち込む少女の灰色の青春、いつ不穏さが牙を向くとも限らないホラー、そうして変化を遂げてきた作品は、世界の終わり、もしくは世界の始まり、正にその1日目を描くSFという様相すら呈し始め、だからこそ"The Fits"という言葉の意味がトニの躍動に託されたその時、言葉に尽せぬ思いが体の奥底から湧き上がる。

"The Fits"は青春、ホラー、SF……様々なジャンルを越境しながらそのどれでもあり、そしてどれでもないキメラのような異形の傑作だ。だから私はこのアンナ・ローズ・ホルマーという才能に映画の未来を託したいとそう思うのだ。[A+]

"The Fits"はSala Webにて配信中。見方はこちらのページ参照。

参考文献
http://filmmakermagazine.com/people/anna-rose-holmer/(フィルムメーカー誌の特集)
http://filmmakermagazine.com/13314-twelve-ways-to-sunday-comes-to-rooftop-films/(映画監督デビュー作について)
https://boxoffice.festivalscope.com/film/the-fits
http://www.eyeforfilm.co.uk/feature/2015-09-05-anna-rose-holmer-talks-about-adolescence-gender-identity-and-self-determination-in-the-fits-feature-story-by-amber-wilkinson(The Fitsインタビュー)

私の好きな監督・俳優シリーズ
その1 Chloé Robichaud &"Sarah préfère la course"/カナダ映画界を駆け抜けて
その2 アンドレア・シュタカ&“Das Fräulein”/ユーゴスラビアの血と共に生きる
その3 ソスカ姉妹&「復讐」/女性監督とジャンル映画
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その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
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その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
その8 Anne Zohra Berracherd & "Zwei Mütter"/同性カップルが子供を作るということ
その9 Talya Lavie & "Zero Motivation"/兵役をやりすごすカギは“やる気ゼロ”
その10 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その11 リンゼイ・バージ&"The Midnight Swim"/湖を行く石膏の鮫
その12 モハマド・ラスロフ&"Jazireh Ahani"/国とは船だ、沈み行く船だ
その13 ヴェロニカ・フランツ&"Ich Ser Ich Ser"/オーストリアの新たなる戦慄
その14 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その15 クリス・スワンバーグ&"Unexpected"/そして2人は母になる
その16 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その17 Marco Martins& "Alice"/彼女に取り残された世界で
その18 Ramon Zürcher&"Das merkwürdige Kätzchen"/映画の未来は奇妙な子猫と共に
その19 Noah Buchel&”Glass Chin”/米インディー界、孤高の禅僧
その20 ナナ・エクチミシヴィリ&「花咲くころ」/ジョージア、友情を引き裂くもの
その21 アンドレア・シュタカ&"Cure: The Life of Another"/わたしがあなたに、あなたをわたしに
その22 David Wnendt&"Feuchtgebiete"/アナルの痛みは青春の痛み
その23 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その24 Lisa Aschan &"Apflickorna"/彼女たちにあらかじめ定められた闘争
その25 ディートリッヒ・ブルッゲマン&「十字架の道行き」/とあるキリスト教徒の肖像
その26 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その27 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その28 セルハット・カラアスラン&"Bisqilet""Musa"/トルコ、それでも人生は続く
その29 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その30 Damian Marcano &"God Loves the Fighter"/トリニダード・トバゴ、神は闘う者を愛し給う
その31 Kacie Anning &"Fragments of Friday"Season 1/酒と女子と女子とオボロロロロロオロロロ……
その32 Roni Ezra &"9. April"/あの日、戦争が始まって
その33 Elisa Miller &"Ver llover""Roma"/彼女たちに幸福の訪れんことを
その34 Julianne Côté &"Tu Dors Nicole"/私の人生なんでこんなんなってんだろ……

ヴェネチア国際映画祭特別編
その1 ガブリエル・マスカロ&"Boi Neon"/ブラジルの牛飼いはミシンの夢を見る
その2 クバ・チュカイ&"Baby Bump"/思春期はポップでキュートな地獄絵図♪♪♪
その3 レナート・デ・マリア&"Italian Gangsters"/映画史と犯罪史、奇妙な共犯関係

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?