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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

トレイ・エドワード・シュルツ&"Krisha"/アンタは私の腹から生まれて来たのに!

何の前触れもなく、全く突然に、家族の元に長い間疎遠だった親/子供が現れ、平穏な暮らしを送っていた家族に波紋を投げかける。こういった筋立ての映画は枚挙に暇がない。だからこそ敢えてこのテーマを選んだ作家たちは"誰が失踪していたのか?" "なぜ失踪していたのか?" "波紋はどのように広がっていくのか?" "両者はどのような交流を遂げるのか?"……そういったあらゆる面においてそれぞれに工夫を凝らしていく。だがその殆どは"放蕩○○の帰還"というジャンルの海で藻屑となるしかない。そんな数多の映画たちの残骸が浮かぶ海へと、米インディー映画界から漕ぎ出した一作がTrey Edwards Shults監督のデビュー長編"Krisha"だ。

この作品で帰還を果たすのは60代の老女クリシャ(Krisha Fairchild)だ。彼女はある思惑を持って、妹ロビン(Robyn Fairchild)の邸宅で行われる感謝祭のパーティへとやってきた。ロビンや彼の夫であるドイル(「6才のぼくが、大人になるまで」ビル・ワイズ)、10数人もの親戚たちが彼女の到来を歓迎してくれる。その中で素っ気ない態度を取り続ける青年が1人、彼の名前はトレイ(Shults監督が兼任)、他でもないトリシャの息子であり、彼女はトレイとの仲を修復するためにこのパーティへとやってきたのだ。

上述の通り、あらすじは全くシンプルな一作だが、Shults監督の紡ぐリズムは他の作品とは一線を画している。冒頭の意表を衝く禍々しいクロースアップの後、彼は邸宅を探し回るクリシャの背中を絶え間なく追っていく。アタッシュケースを引き、家を間違えて悪態をつき、芝生に出来た泥溜まりに足を突っ込みまた悪態をつき、彼女は何とかロビンの家へ辿り着く。邸宅に招き入れられたクリシャは、玄関の広間で親戚たちと代る代るハグしあい、ぎこちなくも再会を喜びあう。そしてとうとうトレイが現れながら、露骨な不機嫌さを以てクリシャに接し、彼女の顔には絶望の色が滲む。クリシャの性格、家族との微妙な距離感、不在が生んだトレイとの軋轢、そういった映画の核となる要素全てが浮かぶシークエンスを、監督は6分もの長回しによって語り切る。時間の連続性ゆえのゆったりとしたリズム感と、それでいてふとした瞬間ナイフが心に差し込まれるような辛辣さ。冒頭から監督の紡ぐイメージは鮮烈だ。

かと思うと、彼は全く違う世界へと観客を引き摺り込んでいく。邸宅内に広がるのは騒々しいまでの混沌だ。ロビンたちを手伝おうとクリシャは台所に立つのだが、そこには様々な人物が入り乱れ、且つ真横のリビングではスポーツ観戦に興じる青年たちが歓声や怒声を上げまくる。台所内での人物同士の交錯が首を振りまくる撮影と細かいカット割りによって描かれる一方、同時多発的な会話の数々、若者たちの叫び声には更に犬たちの鳴き声まで重なり、その情報量の過剰さは観客の五感に対する激烈な暴力として機能する。

このテンションを支える要素として鳴り響くのがBrian McOmberによる劇伴だ。病的に細かいパーカッションはさながら小刻みに聞こえる心臓の鼓動でありながら、彼はその一音一音をバイオリンや木琴など様々な楽器によって紡いでいく。それは不協和音の強迫的な連なりとなり、聞く者の心を不安感で責め苛み、それでいてドラッグをキメさせられたような高揚感をも抱かせる。二律背反の感情のうねりは、つまり混沌の真っ只中にいるクリシャの心に広がるものと同じなのだ。

もう1つ、独特のリズムを支える演出がある。劇中撮影監督Drew Danielsのカメラは躍動を以て眼前の光景を映し出すことが多いが、その中で際立つのは全く正反対の感覚を伴ったズーミングだ。ある時カメラはクリシャたちの母()が家族と触れあうシークエンスを撮す。90代の彼女は認知症で言葉も覚束ない状態だが、ロビンや孫のトレイたちには親しく接する。だが最後クリシャの番になると、実の娘であるクリシャを彼女は拒絶するような態度を見せるのだ。そんな光景を地べたを息絶え絶えに這いずるようなズーミングで描き出すのだが、それは観客に対し瞑想的に作用しながら、打ちひしがれるクリシャの胸臆に巣食う哀しみと彼女が晒される悪意の禍々しさをも如実に語る。つまり監督が提示する緩急自在なリズムの全ては徹底してクリシャという人物に奉仕することで、他とは一線を画する感触を宿すに至っているのだ。

そして物語はクリシャの内奥へと更に深く潜行していく。彼女は失踪の理由を"より良い人間になるため"と語りながら、実際には波打つ感情をアルコールと薬で抑えるしかない状態は今でも続き、何かが改善されたとそんな態度は見られない。ロビンの夫であるドイルはクリシャにこんな言葉を叩きつける、アンタのやってることは大学生が自分探しにアルプスへと旅に出るのと大差ない、だが2つの違いが分かるか、アンタはもう60をとっくに過ぎてるってことだ……

上っ面の歓待の後には軽蔑だけが場を支配する中、それを前もって確信しながらもクリシャがやってきたのは他ならぬ息子トレイのためだ。現在は堅実な将来を見据えビジネススクールに通っているという彼に対し、あなたには才能があるのだから映画監督としての夢を追いかけなさいと勇気づけようとしながら、自分を捨てた母に対してトレイは嫌悪感を隠さない。何もかもが上手く行かない、むしろ関係性は見る間に悪化していく中でクリシャの心はヒビ割れていく。

内容にも関わっていく故に、ここで少し監督のプロフィールを紹介していこう。Trey Edward Shultsは1988年テキサス・ヒューストンに生まれた。子供の頃から映画製作を始め、ビジネス・スクールに在籍後映画界に飛びこむ。関わった作品は何とテレンス・マリックツリー・オブ・ライフや今年公開予定の"Weightless""Voyage of Time"、その撮影アシスタントとしてアイスランドやチリなど世界各国を飛び回る生活を送っていた。映画監督としては2010年に悲劇から立ち直ろうとする母親の姿を描いた"Mother and Son"、2011年に最愛の人の死と対峙する女性の哀しみを綴る"Two to One"を製作する。そして2014年には短編版"Krisha"を監督、SXSW映画祭で審査員宅別賞を獲得し翌年には本作を長編として完成させる。

既にお気づきの方もいるだろうが、監督の名前はクリシャの息子の名前と同じである。それが意味するのは今作が監督自身の人生と密接に関係した作品であることだ。クリシャには2人のモデルがいる。1人は監督の叔母であるニカ、薬物中毒だったクリシャと同じく家族と疎遠となっていたが、感謝祭のパーティーに乱入し監督曰く"トルネード"のようにその場を掻きまわし、数か月後にオーバードーズで亡くなったのだという。そしてもう1人のモデルは監督の父、彼もまた薬物・アルコール中毒と障害に苦しんだ人物だった。監督は10歳の頃から父親と離ればなれの状態が続き、再会したのは彼が死の床についている時だったという。そして2人をモデルとしてShultsは脚本を執筆したのだ。

この頗る"パーソナルな"作品において、彼が主演を任せたのがもう1人のおばであるKrisha Fairchildだった。出演者は殆どが監督の親類である素人(例えばロビン役は監督の母Robyn Fairchild、本業は精神科医)でありながら、彼女は元々俳優をしており、しかし役に恵まれることもなく不遇の時を過ごしていた。そんな状況を近くで見ていたからこそ監督は彼女を主演に据えたのである。その期待に応えるかのように、Fairchildは凄まじい熱演で私たちを圧倒する。無責任で且つ激情的、その性格で周囲の人間の心をズタズタに引き裂く竜巻のような存在でありながら、本当にズタズタな心を抱えているのはクリシャ自身なのだ。救われたい、そうでないならいっそ砕け散りたい、そんな願いを以て絶叫を響かせる彼女の姿は深い憐憫と優れた悲劇が宿すカタルシスによって、"Krisha"という作品を忘れ得ぬ物としてくれる。

さて今作で破格の評価を受けることになったシュルツ監督だが、次回作は2017年製作のホラー映画"It Comes at Night"である。大いなる何かの手によって禍々しく染め上げられた世界、その脅威から逃れ山奥の小屋に身を潜める4人の男女、しかし闇の向こうから恐怖は彼らの元へとやってくる……という謎めいた一作で、監督作ザ・ギフトが最高に胸糞悪いジョエル・エドガートン、ソダーバ製作のガールフレンド・エクスペリエンスが最高にクールなライリー・キーオ、去年日本でも「ブルーに生まれついて」が話題になったカルメン・イジョゴ、この中で最も知名度は低いが私が最も才能を買っている不穏俳優クリストファー・アボットなど俳優陣も豪華だ。"Krisha"自体がもはやホラーの領域にあるくらい神経をズタズタにしてくる作品だったので、今作もさぞやヤバい出来になってるだろうと今から楽しみである。ということでシュルツ監督の今後に期待。

参考文献
https://pro.festivalscope.com/director/shults-trey-edward(監督プロフィール)
http://www.npr.org/2016/03/16/470668069/we-couldnt-save-them-lessons-from-a-film-about-family-and-addiction(監督インタビューその1)
http://www.nytimes.com/2016/03/13/movies/with-krisha-a-director-finds-a-cast-he-can-relate-to.html(監督インタビューその2)

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
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その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
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その17 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
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その20 Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
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その25 レスリー・ヘッドランド&"Sleeping with Other People"/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
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