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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Daniel Wolfe&"Catch Me Daddy"/パパが私を殺しにくる

名誉殺人という言葉を聞いたことがあるだろうか。親が決めた結婚相手ではない男性と交際したり、結婚したりした、もしくは結婚後においても夫に反抗する女性を“一族の名誉を汚した”という理由で、家族から殺害されること、それを名誉殺人という。こうした因習の背景には女性差別や男性優位思想、そして教育が行き届いていないゆえの人権や男女平等という概念の欠落がある。様々な地域にこの慣習は根付いてしまっているが、特にパキスタンではこの名誉殺人が多く2008年以降3000人以上の女性が犠牲となっている。ブリテン諸島映画作家第4弾は、イングランドに生きるパキスタン移民による名誉殺人を描き出した"Catch Me Daddy"とその監督Daniel Wolfeを紹介していこうと思う。

Daniel Wolfeは1980年、マンチェスターに生まれた。"Catch Me Daddy"の脚本・製作を共にしている兄弟のMatthew Danielはミュージシャンでもある。小さな頃は映画よりも小説が好きで、トールキングレアム・グリーンヘミングウェイ、成長してからはソール・ベローフィリップ・ロスに親しむ(ちなみにMatthewは音楽と映画に凝っていたらしく、マーティン・スコセッシグッドフェローズ北野武ソナチネに衝撃を受けたらしい)10代からは映画も観始め、ストーク・ニューイートンビデオ屋でバイトをしながら、アメリカ、フランス、日本、国籍は問わずとにかく映画を貪り尽くしたという。このビデオ屋で出会ったのがSue Claytonトニー・グリソニ。Claytonは教師で、イングランドの大学ロイヤル・ホロウェイでは彼女から脚本の書き方を学ぶ。そしてグリソニは「ラスベガスをぶっつぶせ!」"Southcliffe"で有名な脚本家、"Catch Me Daddy"の脚本執筆時には多大なるサポートを受けたという。しかし彼はまずレストランに料理人として就職、そこでしばらく働いていた。

転機が訪れたのは2001年、ベトナムで休暇を過ごしていたWolfeは街に貼ってあったポスターを見て、フィリップ・ノイスが新作「愛の落日」をこの場所で撮影していることを知る。現場に赴いた彼はある男の姿を見つける、それがクリストファー・ドイルだった。Matthewがウォン・カーウァイかぶれだった流れで、彼もカーウァイのパートナー的存在だったその撮影監督がいかに凄い人物か知っていた訳だ。そしてWolfeは飛び込みでプロダクション・スタッフとして参加することとなり、ここから本格的に映像作家としてのキャリアを歩み始める。2002年に短編"93 til Infinity"で監督デビュー、90年代前半、マンチェスター郊外を舞台に機能不全家族やら悪友やら人間関係の苦悩する青年の姿を描いた作品だという。これ1本を残したきり、しばらくWolfeは映像作家としてのキャリアを歩み、ラッパーであるPlan Bやミクスチャー・デュオChase & StatusMs.DynamiteなどのMVを手掛ける、ということで作品を幾つか観ていこう。(Wolfe監督の公式Vimeoから全作観られます)


Plan B"Recluse"
1人の男の人生が崩壊していく様を描いた作品。刑務所描写に気合い入ってます。


Chase & Status"Blind Faith"
ビデオ画質で撮影された若者たちの狂騒を描くMV。これなんかテンションは真逆だが、溢れる極彩色に社会的リアリズム描写など"Catch Me Daddy"に繋がる要素がチラホラ。


The Shoes"Time to Dance"
Wolfe監督の最も有名なMVといったらこれだろう。フェンシングを持った切り裂き魔、彼の凄惨極まりない凶行と体鍛えたり床屋でヒゲ剃ってもらったりな日常を追う作品。観れば分かるが殺人鬼役はジェイク・ジレンホー!Plan BのMVがお気に入りだというジレンホールに、じゃあこの曲で一緒に仕事しないか?とWolfe監督が"Time to Dance"を送りコラボが決まったらしい。丁度「ミッション:8ミニッツ」エンド・オブ・ウォッチの間の作品で、これもまたジレンホネッサンスの1つでもあったり。

こうして着実にキャリアを重ねていったのち、Wolfeは長編デビューの準備を始める。ある日彼が見つけたのは“名誉殺人”についての新聞記事だった、これに興味を引かれたWolfeは独自に調査を進めていく。

““名誉殺人”について言及している記事をいくつも読みました。特に私の目を引いた事件は白人のチンピラ――新聞には“賞金稼ぎ”と――を雇ったという物です。(それを元に)極めてマチズモ的な世界についての脚本を私は書いていましたが、ある夜ふと浮かんだんです、主人公を女性にすればこの話はもっと魅力的になりそうだと”

紆余曲折ありながらも、Wolfe監督は2014年に長編デビュー作"Catch Me Daddy"を完成させる。

煙だ、煙が見える、群青色の空を背にして地表から湧き上がる煙。とある家の中、燃え盛る炎に男が薪を放り込み、現れる煙。緑の平野、朝焼けに満ちる霧の煙、その中で笑いながら戯れる少年と少女。煙の幻想的なイメージの連なりの後に映し出されるのは、トレーラーハウス、ドアの前に座る少女、タバコを吸う小さな影、そしてふっと浮かぶ"Catch Me Daddy"というタイトル――私を捕まえてみて、パパ。

ティム・バックリーが奏でる"Phantasmagoria in Two"の悲壮な響きで幕を開けるこの物語の主人公はパキスタン系の少女レイラ(Sameena Jabeen Ahmed)と白人の少年アーロン(Connor McCarron)だ。イングランド・ヨークシャー、トレーラーハウスの中、何かから隠れるようにひっそりと暮らす2人だがささやかな幸せを噛み締めてもいる、レイラは昼間美容院で働き、時にはアーロンにミルクセーキを買って帰り、彼と夜を過ごす時、彼女の顔には笑顔が浮かぶ。しかし何かが迫ってきている、レイラが愛用しているペディキュアの容器が倒れ、ネオン・ブルーの液体がテーブルへ不気味にこぼれていく。その頃、バリー(Barry Nunney)は男たちを引き連れ、着々と準備を進めていた。その集団の中にはバリーに雇われた"賞金稼ぎ"トニー(リトル・チルドレン」ゲイリー・ルイス)やレイラの兄であるザヒーン(Ali Ahmad)の姿もある。そして車を走らせる彼らの目的はただ1つ、どんな手段を使ってでもレイラを父親の元へと連れて帰ることだ。

前半はレイラたちの生きる日常の風景と迫りくるバリーたちの姿を、ゆったりとしたテンポで丁寧に描き出す。ささやかな幸せと不穏さの対比は否応なく緊張感を高めていく。パティ・スミス"Horses"が流れるダンスシーンはその高まりを象徴する名シーンだ。しかし緊張感だけでなく、Wolfe監督はそこに奇妙なユーモアをも宿らせる。トニーたちは暴力に関してはプロだが、人探しに関しては不得手らしい、色々ともたつくのだ。取り敢えず何処かに着くたびトイレに籠ってコカインを吸うトニー、途中立ち寄った家でナマズを見ながらダンベル踊りをする、英語とパンジャブ語が混ざりあう罵倒合戦、憎悪が今にも皮膚を突き破るともしれない男たちの奇態は妙に間抜けながら、だからこそ背後にある邪悪さを際立たせ、映画を禍々しく深めていく。

そしてバリーたちがレイラたちの住む町へと辿り着いたその運命の夜、逃走劇が始まる。一旦口火を切るとなると序盤のゆったりとしたテンポは跡形もなく消え失せ、全身の筋肉が強ばるほどのスリルが溢れだす。兄であるザヒーンの言葉に背を向け逃げるレイラ、そしてアーロン、だが男たちは2人を執拗に追いかけてくる。撮影監督ロビー・ライアン(今後取り上げたいと思っている"Slow West"「フィッシュ・タンク」など)のレンズは彼らの姿よりも、敢えて彼らを取り巻く風景を鮮烈に映し出す。レイラが逃げ込むのは極彩色のナイトクラブ、色彩がレイラを追いたて、私たちを恐怖に窒息させようとする。しかし彼の披露する色彩で最も鮮やかなのは黒だ、レイラたちの絶望が滲む美しくもおぞましい端正な暗黒、2人はそのどこまでも広がる闇に追い詰められていく。

ここから物語は観る者の予想を越えて二転三転するが、Wolfe監督はレイラの道筋にほのかに宿る希望を1つ1つ、徹底的に潰す、潰す、潰し続ける。そして行き着く先は“名誉殺人”という恐ろしい因習であり、今までとは比べものにならない程にシンプルで、かつ救いようのないほど残酷な"父と娘"の愛と憎しみの物語だ。"Catch Me Daddy"は倫理の核を抉るゆえに、凄まじいまでに美しく、凄まじいまでに切実な痛みを伴う。幕が引かれた後に広がる闇は、観る者の心をやるせなさで満たしていくだろう。[A]

この"Catch Me Daddy"は前回取り上げた"Snow in Paradise"と共にカンヌ国際映画祭のある視点部門に出品され、高評を博したという。ではここからは少し、Wolfe監督がこの作品を作るにあたって影響をうけた存在を紹介していこう。道に歩いている素人を俳優として起用、などの製作スタイルはユマニテ"Lil'Quinquin"ブリュノ・デュモンを参考にしたという。そしてブラックバーンを拠点とする写真家Paul Graham、作品がテッド・ヒューズの詩の朗読で始まるのはピエル・パオロ・パゾリーニを参考に。"Catch Me Daddy"の序盤がスローペースなのは、2人の子供と一緒に観たとなりのトトロが参照項(もちろんジョークだろうが)。リン・ラムジー「ボクと空と麦畑」は“本物の映画”だと激賞、彼女への尊敬の念を隠さない。ということで、Wolfe監督の今後に超、超期待。

参考文献
https://vimeo.com/danielwolfe(Wolfe監督の公式vimeo)
http://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/archive/2014/08/0821.html(パキスタンの名誉殺人について)
http://www.paulgrahamarchive.com/(Paul Grahamの公式サイト)
http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/films/features/daniel-wolfe-from-directing-music-promos-to-feature-films-10065868.html(監督インタビュー)
http://www.film4.com/special-features/interviews/wolfe-brothers-creative-influences-catch-me-daddy(創作インスピレーション)
http://www.hungertv.com/feature/interview-daniel-matthew-wolfe/(兄弟インタビュー)

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