鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Mani Haghighi&"Pig"/イラン、映画監督連続殺人事件!

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20190905131342j:plain

現代イラン映画と言えば、アスガー・ファルハディ作品に代表される重厚なドラマ作品だろう。イランの厳しい戒律に端を発する問題、更にそれらが呼び込む親族・友人間の軋轢、そういった要素が濃密な緊張感を以て描かれてきた。だが今回紹介する作品はそういった潮流から興味深いまでに遠く隔たっている。ということで今回はMani Haghighi監督作"Pig"を紹介していこう。

イランの首都テヘラン、ここで猟奇的な殺人事件が連続して起こる。更に奇妙なことに被害者は全員映画監督だった。街では様々な憶測が流れる。イラン当局に非難される映画を製作した故に報復で殺されたなどだ。しかし真相は一向に明らかになることがない。

今作の主人公は50歳になる中年男性ハサン(Hassan Majooni)である。彼もまた映画監督であり、更にはその前衛的な作風もあって評判は広く知れ渡っていた。当然、被害者となった映画監督も知人である。そして更に映画監督が殺されていく中で、彼は自分自身の身を案じることとなる。

現代イラン映画の演出の特徴と言えば、抑制ゆえの緊張感であるが、今作にそういったものは一切ない。どちらかといえば、アメリカのコメディ映画に顕著な軽快さとポップなな大胆さが存在している。更には色味すらも極彩色が炸裂する瞬間があり、ファルハディ作品のような抑制は全く存在し得ない。

例えばOPのエビダンスである。エビを思わせる真っ赤な衣装を着た女性たちが、ペルシア語カバーの「ハイウェイ・スター」に合わせて、踊りまくるのである。そして突然霧が噴き出してきたかと思うと、エビたちは倒れ、粘ったゲロをブチ撒けて死んでいくのである。これには唖然とさせられるが、ここに代表されるポップな感覚が今作の根底にはある。

ハサンは映画監督としては才能があるかもしれないが、ぶっちゃけ人間としてはダメ野郎だ。常に不機嫌な雰囲気を纏いながら、イラつくとその怒りを周りの人間にブチ当てる。正直、自分からはお近づきになりたくない類の人間だ。監督はそんな彼の心の動転を、黒い笑いと共に丹念に追っていくのだ。

そして今作は果敢な態度で以て、現在のイランを諷刺しようと試みている。イラン当局による映画人への弾圧は広く知られているところだろう。例えば金熊賞受賞作の「人生タクシー」ジャファール・パナヒや、フィルメックスで作品が上映されているモハマド・ラスロフらは映画製作を禁止され、イランに軟禁状態の憂き目に遭っている(そんな状況で彼らはあらゆる手を使って映画を製作している訳だが)

さらに今作には「別離」で有名なレイラ・ハタミも出演している。彼女は2014年のカンヌ国際映画祭で実行委員長の頬にキスをし、イランから名指しで非難された。彼女の"不適切な振る舞い"は"われわれの信仰と一致しない"との副文化相の発言も残されている。そういった過去を持つ俳優が今作に出演しているというのも意図的なものだろう。イラン当局の抑圧は、芸術的才能の抑圧であり、殺人にも等しい行為であると今作は主張するのである。

ハサンは事件のせいで友人たちを亡くすどころか、自身が犯人と疑われて軟禁されることともなってしまう。その姿はまるで実際にイランの映画人たちに降りかかる不条理を追体験しているようだ。ハサンは彼らの受難の象徴なのである。"Pig"は表面上ポップで不謹慎なコメディ作品だが、その奥には危険で反体制的な風刺精神が込められているのである。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20190905131703j:plain

私の好きな監督・俳優シリーズ
その341 Abbas Fahdel&"Yara"/レバノン、時は静かに過ぎていく
その342 Marie Kreutzer&"Der Boden unter den Füßen"/私の足元に広がる秘密
その343 Tonia Mishiali&"Pause"/キプロス、日常の中にある闘争
その344 María Alché&"Familia sumergida"/アルゼンチン、沈みゆく世界に漂う
その345 Marios Piperides&"Smuggling Hendrix"/北キプロスから愛犬を密輸せよ!
その346 César Díaz&"Nuestras madres"/グアテマラ、掘り起こされていく過去
その347 Beatriz Seigner&"Los silencios"/亡霊たちと、戦火を逃れて
その348 Hilal Baydarov&"Xurmalar Yetişən Vaxt"/アゼルバイジャン、永遠と一瞬
その349 Juris Kursietis&"Oļeg"/ラトビアから遠く、受難の地で
その350 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その351 Shahrbanoo Sadat&"The Orphanage"/アフガニスタン、ぼくらの青春
その352 Julio Hernández Cordón&"Cómprame un revolver"/メキシコ、この暴力を生き抜いていく
その353 Ivan Marinović&"Igla ispod plaga"/響くモンテネグロ奇想曲
その354 Ruth Schweikert&"Wir eltern"/スイス、親になるっていうのは大変だ
その355 Ivana Mladenović&"Ivana cea groaznică"/サイテー女イヴァナがゆく!
その356 Ines Tanović&"Sin"/ボスニア、家族っていったい何だろう?
その357 Radu Dragomir&"Mo"/父の幻想を追い求めて
その358 Szabó Réka&"A létezés eufóriája"/生きていることの、この幸福
その359 Hassen Ferhani&"143 rue du désert"/アルジェリア、砂漠の真中に独り
その360 Basil da Cunha&"O fim do mundo"/世界の片隅、苦難の道行き
その361 Mona Nicoară&"Distanța dintre mine și mine"/ルーマニア、孤高として生きる
その362 Siniša Gacić&"Hči Camorre"/クリスティーナ、カモッラの娘
その363 Vesela Kazakova&"Cat in the Wall"/ああ、ブレグジットに翻弄されて
その364 Saeed Roustaee&"Just 6.5"/正義の裏の悪、悪の裏の正義