鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Joanna Coates &"Hide and Seek"/どこかに広がるユートピアについて

ユートピアという言葉の響きには、なにか胡散臭い響きがつきまとうようになってしまった。トマス・モアの提唱するユートピアという概念自体が非人間的なものだったが、理想郷としてのユートピアも空中の楼閣として断じられ、そもそもユートピアという言葉すら消えゆく時代にあるだろう。だがそんな時代の中で、本物のユートピアを模索する映画作家がいる。ということで久し振りの"ブリテン諸島映画作家たち"では、イングランドの新鋭Joanna Coatesと彼女の長編デビュー作"Hide and Seek"を紹介していこう。

Joanna Coatesイングランドを拠点とする映画作家だ。映像作家としてチャンネル4、ロイヤル・ナショナル・シアター、ロイヤル・オペラ・ハウスなどで美術ドキュメンタリーを手掛けするなどして活躍していた。例えば2011年の"Akram Khan: Homeland"はインド舞踊カタックとコンテンポラリー・ダンスを融合させた独自の創作表現を行うアクラム・カーンを追った作品だ。

劇映画としては2011年の"Where Are They Now?"、ある朝目覚めると全く知らない他人がそこにはいた……という状況に置かれた男女の姿を描き出した作品でザ・コミットメンツブロナー・ギャラガが出演している。2013年の短編"Little Ones"は劇映画とドキュメンタリーを合わせた意欲作で、2人の母親がイングランドの田舎へと赴き、芸術家になるという夢を叶えようとするが現実の圧力がそれを邪魔するという作品で、アンダーワイア映画祭で上映され話題を博す。そして2014年、彼女は初の劇長編"Hide and Seek"を手掛ける。

子供の頃、周りの全てが、景色も母さんの姿も何もかもが、僕から離れていくって感覚を味わったことがあるんだ。その時だよ、僕が1番天国に近づいた瞬間は……青年が、電話の向こうにいる女性について幼い頃の経験を語る。その言葉の数々は夜の闇に燃え立つ橙色の炎、車のフロントガラスから見える群青色の田園、緑が風にさざめく美しい風景が重なる。"Hide and Seek"はそんな映像詩を以て幕を開ける。

物語の主人公は4人の男女、マックス(Josh O'Connor)、シャーロット(ハンナ・アータートン、ジェマの妹)、リア(Rea Mole)、ジャック(Daniel Metz)だ。彼らはロンドンを離れて、リアの家族が持つ山奥の別荘へとやってくる。住み慣れた町に戻る気などない、4人は"ここではないどこか"へと行く夢を叶えるため、この別荘に自分たちだけのユートピアを作ろうとしていたのだ。自然の中で自由奔放に過ごす4人、その顔には微かな笑みとその裏に満ち渡る不安の影、ユートピアというよりむしろ秘密基地と言うべきかもしれない世界が広がり始める。彼らの存在はどこか希薄で、青い理想は詩的だが危ういバランスで成立しているように思われる。だがこういった感覚はユートピアを語る多くの映画に共有されるものであり、既視感を抱く者も少なくはないはずだ。

彼らがユートピアを作り上げるその途中、サイモンという名の男が現れる。彼はシャーロットの元恋人で、彼女を連れ戻しにこの別荘にやってきたのだ。シャーロットたちはぎこちない笑顔を浮かべながらも、食卓にサイモンを招待する。自己紹介の言葉を口にすると共に、彼はどうしてこんな所に4人で住んでるんだ?と詰問し、食卓の緊張感は高まる。つまり彼の存在はユートピアにとって最も危険な感情"嫉妬"の象徴なのだ、世界を内部から腐らせるもの。しかしだ、この物語はそういった定石の対立を描くことはない。サイモンの存在は4人の抱くユートピア思想がいかに青く、いかに脆いかを浮き立たせるのではなく、むしろその"嫉妬"こそが彼らの理想の前ではちっぽけかを浮き彫りにする道具だ。

"嫉妬"をいともあっけなく排除してみせた4人は、秘密基地の域を飛び越え、見せかけではない本物のユートピアを構築していく。その上でCoates監督が中心に据える要素がセックスだ。最初の1日目、彼女は唐突かつ些か滑稽な形でジャックがぺニスをしごく姿をカメラに映し出し、ここに監督はユートピアの非存在を語る。そして時間の経過に従って4人が関係性を構築しセックスにまで至るが、このセックスの光景は異性愛・モノガミーという強固な性愛の規範を軽々と踏み越えてみせる。4人は気の向くまま愛を交わしあい、そこにはいかなる規範も、もちろん"嫉妬"も存在することがない。性の自由な繋がり、監督はこのポリアモリー的な繋がりをユートピアとして提示する。これは本当に成立するものなのか?と観客は思うだろうが、今作はその問いの存在をそもそも否定している。4人も、そして監督自身もこのユートピアを無条件に信じているのだ。それがこの作品の強度でもあり、底知れなさでもある。だがそのユートピアが永遠に続かないことを、彼女たちは知っている。だがそれでいい、別にそれでいいのだと物語の最後に紡がれる言葉は私たちにそう告げる。

"Hide and Seek"エディンバラ国際映画祭でプレミア上映、作品賞を獲得する。その後はチリ・バルディビア国際映画祭、ヘント国際映画祭、ブエノスアイレス・インディー国際映画祭など世界中を回り評価を獲得する。次回作の構想はもう練っているそうでTVドラマと映画の両方を手掛けていきたいという。

ブリテン諸島の流行に迎合しない映画作りに興味があるんです。砂まみれのリアリズムや歴史劇ではなく、例えばジョセフ・ロージーの作品のような、楽しくセクシーで且つ奇妙な形でイングランドの風景を映し出すとそんな作品に対する理解や余裕があって欲しいと思っています。観客もそういった映画に応えてくれることも”*1

ということで、監督の今後に期待。

参考文献
http://hideandseekthefilm.com/(公式サイト)
http://www.eyeforfilm.co.uk/feature/2014-06-21-interview-with-joanna-coates-abut-hide-and-seek-feature-story-by-jennie-kermode(監督インタビュー)

ブリテン諸島映画作家たち
その1 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その2 Sally El Hosaini&"My Brother the Devil"/俺の兄貴は、俺の弟は
その3 Carol Morley&"Dreams of a Life"/この温もりの中で安らかに眠れますように
その4 アンドリュー・ヒューム&"Snow in Paradise"/イスラーム、ロンドンに息づく1つの救い
その5 Daniel Wolfe&"Catch Me Daddy"/パパが私を殺しにくる
その6 私が"The Duke of Burgundy"をどれだけ愛しているかについての5000字+α
その7 Harry Macqueen&"Hinterland"/ローラとハーヴェイ、友達以上恋人以上
その8 Clio Barnard&"The Arbor"/私を産めと、頼んだ憶えなんかない