さて、日本の映画批評において不満なことはそれこそ塵の数ほど存在しているが、大きな不満の1つは批評界がいかにフランスに偏っているかである。蓮實御大を筆頭として、映画批評はフランスにしかないのかというほどに日本はフランス中心主義的であり、フランス語から翻訳された批評本やフランスで勉強した批評家の本には簡単に出会えるが、その他の国の批評については全く窺い知ることができない。よくてアメリカは英語だから知ることはできるが、それもまた英語中心主義的な陥穽におちいってしまう訳である(そのせいもあるだろうが、いわゆる日本未公開映画も、何とか日本で上映されることになった幸運な作品の数々はほぼフランス語か英語作品である)
この現状に"本当つまんねえ奴らだな、お前ら"と思うのだ。そして私は常に欲している。フランスや英語圏だけではない、例えばインドネシアやブルガリア、アルゼンチンやエジプト、そういった周縁の国々に根づいた批評を紹介できる日本人はいないのか?と。そう言うと、こう言ってくる人もいるだろう。"じゃあお前がやれ"と。ということで今回の記事はその1つの達成である。
ということで今回インタビューしたのはアルメニアの映画批評家Sona Karapoghosyan ソナ・カラポギョシャンである。彼女はアルメニアの映画雑誌KinoashkharhとKinoversusに寄稿を続ける傍ら、この国で最も規模の大きい映画祭であるエレバン国際映画祭でプログラマーとプロジェクト・マネージャーを兼任している。様々な立場からアルメニア映画界を支える人物だが、今回はそんな彼女にアルメニア映画界の過去、現在、そして未来について尋ねてみた。アルメニア映画といえばセルゲイ・パラジャーノフしか知らない方、ここにはあなたにとって未知の情報がたくさんあるはずだ。それではアルメニア映画界への旅を楽しんでほしい。
////////////////////////////////////////////////////
済藤鉄腸(TS):まずどうして映画批評家になろうと思ったのですか? どのようにしてそれを成し遂げましたか?
ソナ・カラポギョシャン(SK):ああ、それはとてもシンプルな理由です。私は映画の大ファン、映画中毒で、ある時自分が観た素晴らしい映画について誰かに教えてあげたいと思ったんです。そこでブログを作り、執筆を始めました。
TS:映画に興味を持った頃、どんな映画を観ていましたか? 当時のアルメニアではどんな映画を観ることができましたか?
SK:人生を通じて映画を観てきました。最初の頃、インターネットがなかった時代は、TVやDVDで映画を観てきました。ソ連やイタリアのコメディ、ホラー、ドラマ、ファンタジー、アニメーションなどなど。インターネットがやってきてからは、インディーズ映画を観始め、魅了されました。アルメニアでは映画配給が大きいものとは言えませんが、大作は首都のエレバンにもやってきます。例えば「スパイダーマン」が映画館で上映していたのを覚えていますね。
TS:初めて観たアルメニア映画は何ですか? その感想もお聞きしたいです。
SK:ふむ、思い浮かぶ最初に観た作品は"Tteni"(1979)でしょうか。2人の隣人と彼らの家族に関する面白いコメディ作品です。私の家の庭にも桑の木(tteni)があって、何か共感したんです。映画のシチュエーションは私の人生には何の関係もなかったですけどね。
TS:アルメニア映画の最も際立った特徴は何でしょう? 例えばフランス映画は愛の哲学、ルーマニア映画は徹底したリアリズムとドス黒いユーモアがあります。では、アルメニア映画はどうでしょう?
SK:あまり深いことは言えませんし、これがアルメニア映画の特徴と言えるかは定かではありませんが、その核にはアルメニアの歴史があります。ほとんど全ての映画が歴史との繋がり、歴史の繁栄、もしくは歴史への理解であり、アルメニア映画を知るための助けとなってくれるでしょう。
TS:アルメニア映画史において最も重要な作品は何でしょう? それは何故ですか?
SK:思うにArtavazd Pelechian アルタヴァスト・ペレシャンの作品がこのカテゴリーに入ると思います。彼の作品はアルメニア人たちと彼らの業績、人生をめぐる苦闘を描いています。彼の映画こそアルメニア人の映画なんです。
TS:もし1本だけ好きなアルメニア映画を選ぶなら、それは何でしょう? 理由もぜひ伺いたいです。個人的な思い出があるのでしょうか?
SK:とても難しい質問ですね。何故ならアルメニア映画にしろ世界の映画にしろ、好きな映画を1つか2つかだけなんて選べないからです。それでも選ぶならFrunze Dovlatyan フルンゼ・ドヴラチャン監督の"Karot"(1990)になるでしょうか。今作はアルメニアに住む老人が主人公で、彼はトルコ(西アルメニア)にある自分の故郷へ帰りたいと願います。トルコとソ連に属していたアルメニアの国境は封鎖されており、帰るのは不可能に思えます。今作が特別なのは観た時の状況が理由です。エレバン国際映画祭で上映された際、私の隣にはある老人が座っており彼は映画中ずっと泣いていました。彼の心は登場人物に共感しており、おそらく似たような経験をしていたんでしょう。胸を打つ経験でした。特にこの痛みが全ての世代のものだと理解している時には。
"Karot"
TS:世界のシネフィルに最も有名なアルメニア人映画作家の1人はArtavazd Peleshianでしょう。"Mer dare"などの彼の作品は日本でも人気で、称賛を以て迎えられています。しかし現在のアルメニアではどのように評価されているんでしょう?
SK:彼は国際的な伝説であり、アルメニアでも海外でも称賛されています。
TS:私の好きなアルメニア人作家はHenrik Malyan ヘンリク・マリャンです。彼の"Yerankyuni"や"Nahapet"といった作品はアルメニアの歴史がいかに複雑化を描いており、とても好きです。実際アルメニアでは彼と彼の作品はどのように受容されているんでしょう?
SK:Malyanはアルメニアでの方がより人気でしょう。彼の作品は皆に知られ愛され、TVや映画祭でも何度も上映されています。例えばエレバン国際映画祭では彼の作品の記念の年を逃しませんし、必ずラインナップに組みいれます。
TS:2010年代も数か月前に終わりました。そこで聞きたいのは、2010年代最も重要なアルメニア映画は何かということです。
SK:不幸なことにここ10年で傑出したアルメニア映画を私は挙げることができません。それでもMaria Saakyanが2000年代2010年代に作った作品は観るべきだと思います。
TS:アルメニアにおける映画批評の現状はどういったものでしょう? 海外からだとその映画批評に触れる機会がありません。しかしあなたは現状をどのように見ているでしょう?
SK:映画界には数多くの問題があり、アルメニア映画が世界に輸出されることを邪魔しています。不幸なことに、アルメニアが今制作している作品のクオリティはあまり良くなく、海外で配給されるようなものではありません。同時に配給の技術もアルメニアで広く駆使されている訳ではなく、そういう意味で映画は海外へ輸出されないんです。映画批評の現状はこの状況の直接的な繁栄です。映画ジャーナリストや映画批評家は少なく、何か書かれたとしてもそれはアルメニア語なので、世界の読者には届かないんです。
TS;あなたはエレバン国際映画祭のプロジェクト・マネージャーですね。そこで聞きたいのはこの映画祭がアルメニア映画界でどのような機能を果たしているかです。
SK:この映画祭で、私は2つの役割を務めています。プログラマーと業界プラットフォームのプロジェクト・マネージャーです。これは小コーカサス地域の才能ある映画作家のためにデザインされており、共同制作ミーティングやワークショップ、トレーニング、トークセッション、パネル・ディスカッションなどを行っています。この観点において、映画祭はアルメニア映画が世界の観客にお披露目されるためのプラットフォームとして機能しており、映画作家たちが自身の計画を発展させ、予算や共同制作の権利、プロとしてのネットワークを獲得できる共同体を作っています。
TS:あなたはアルメニアの映画雑誌Kinoashkharhの執筆者と聞きました。日本の読者にこの雑誌について説明してくれませんか? アルメニアの映画批評においてどのような機能を果たしているんでしょう?
SK:私はオンライン映画雑誌であるKinoashkharhとKinoversus両方に寄稿をしています。両方ともアルメニアと世界双方における映画イベントについて特集し、インタビューやレビュー、エッセーを掲載するなどしています。アルメニア映画界における批評の役割とは簡単に言うとアルメニア映画界の状況を改善し、世界的な舞台へ送ることだと思います。不幸なことに、それはまだ成し遂げられていませんが。
TS;アルメニア映画界の未来についてどのようにお考えでしょう? 海外からだとアルメニア映画界は良いスタートを切ったように思われます。何故なら新たな才能であるNora Martirosyan ノラ・マルティロシャンの監督作"Si le vent tombe"がカンヌ映画祭に公式選出されたからです。しかし内側からは今の状況についてどう思われますか?
SK:彼女の作品がカンヌに選出されたのは国レベルの達成です。何故なら今作はカンヌに選出された初めてのアルメニア映画だからです。私は常に、アルメニア映画の未来は明るいと言っています。エレバン国際映画祭のプロジェクト・マネージャーとして、私は才能ある作家たちと仕事をともにしており、彼らの計画が発展していく光景、彼らの作品への献身のを目撃しています。私たちとしてもベストを尽くしており、エレバン国際映画祭ではワークショップやトレーニングを映画祭の期間だけでなく通年で行っており、皆に参加してほしいと思っています。そして最も重要なこととして、これらのイベントは全て無料で行われているんです。
"Si le vent tombe"