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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

コスタリカ映画史という海へ~Interview with Alonso Aguilar

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さて、日本の映画批評において不満なことはそれこそ塵の数ほど存在しているが、大きな不満の1つは批評界がいかにフランスに偏っているかである。蓮實御大を筆頭として、映画批評はフランスにしかないのかというほどに日本はフランス中心主義的であり、フランス語から翻訳された批評本やフランスで勉強した批評家の本には簡単に出会えるが、その他の国の批評については全く窺い知ることができない。よくてアメリカは英語だから知ることはできるが、それもまた英語中心主義的な陥穽におちいってしまう訳である(そのせいもあるだろうが、いわゆる日本未公開映画も、何とか日本で上映されることになった幸運な作品の数々はほぼフランス語か英語作品である)

この現状に"本当つまんねえ奴らだな、お前ら"と思うのだ。そして私は常に欲している。フランスや英語圏だけではない、例えばインドネシアブルガリア、アルゼンチンやエジプト、そういった周縁の国々に根づいた批評を紹介できる日本人はいないのか?と。そう言うと、こう言ってくる人もいるだろう。"じゃあお前がやれ"と。ということで今回の記事はその1つの達成である。

今回インタビューしたのは中央アメリカはコスタリカ映画批評家Alonso Aguilar アロンソ・アギラルである。最近、私は中央アメリカの映画史探求に嵌まっており、前にホンジュラス映画作家Manuel Muños マヌエル・ムニョスへインタビューしたのもその関心が理由だった。私が考えるに今、中央アメリカで最も評価されているのがコスタリカ映画界である。規模はあまり大きいとは言えず、現在でも長編製作数は相当少ないが、三大映画祭やロッテルダムなど新人作家の登竜門となる映画祭に多くの作品が選出される快挙を現在進行形で成し遂げているのはもちろん、評価される作家にこれほど女性作家が多いというのは他にコソボくらいしか思いつかない。ということで今回はこの国の若手批評家にコスタリカ映画界躍進の理由や、コスタリカ映画史について直撃、10000字にも渡る熱い返答をもらった。それでは早速どうぞ!

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済藤鉄腸(TS):まずどうして映画批評家になりたいと思いましたか? どのようにそれを成し遂げましたか?

アロンソ・アギラル(AA):思うに私は映画における表現というものにいつだって敏感でした。物心ついた頃から、レンタルショップのホラー映画ブースで色々眺めるのが楽しみだったんです。学校が休みになるとワクワクしたのは、エイリアンシリーズを全部借りて一気見するなんてことができたからですね。そのうち、より知られていなかった作品、というかアートハウス的な要素も持ち合わせる1作(例えばトリアー、ハネケ、パゾリーニキューブリックなどの作品)を発見し、こうして私はより一般的な意味でのシネフィルになっていた訳です。

批評に関してですが、書くことに関わることを常にやりたいと思っていて、映画との関係性はまずこういった欲求からジャンプするように始まったんです。実際最初の頃に書いていたのは音楽についてで、高校生の時からですね。媒体は、今はまあ有難いことに機能していないTumblrのブログで、ビースティ・ボーイズテーム・インパラの曲について書くと同時に、例えばウェス・アンダーソンアスガー・ファルハディといった映画作家の作品についても書いてました。こういう過程で自分の音楽ブログがよく知られるようになって、こうして書く力を鍛えていった訳です。

ジャーナリズムや視聴覚コミュニケーションについて学ぼうと決めたのは、ある種映画に自分の人生を捧げようとしたからですね。文化ジャーナリストというのが私が最もなれそうな職業と思えたんです。しかし2015年に2つの映画批評ワークショップの告知を見つけました。1つはコスタリカのアリアンスフランセーズ、もう1つはコスタリカ国際映画祭のものでした。当時、映画に関する文章はまだどこかに掲載されたことはなかったんですが、ここで私はラブ・ディアス“Norte: The End of Historyを観て、これについて書こうと思ったんです。コスタリカの映画好きの多くは明らかにフィリピンのスローシネマのファンではなかったので、物珍しさで注目されましたね。そしてワークショップに参加できることとなり、この国のとても小さな文化産業で活動する人々と知り合うことになったんです。ここから全てが始まりました。

TS:映画に興味を持ち始めた頃、どういった映画を観ていましたか? 当時のコスタリカではどういった映画を観ることができましたか?

AA:先にも言った通り、私のお気に入りはホラー映画でした。禁じられたものが宿す魅力というのに私はいつも惹かれていて、Googleで“最もイカれたホラー映画”だとか“最も奇妙なホラー映画”だとかで検索して、出てきた名前をメモしてから地元のレンタルショップへ探しにいったんです。

それから言及したいのは父はいつもハリウッド映画ではない作品を楽しんでいたので、その影響で私も黒澤やフェリーニタルコフスキーといった映画作家の作品を観ていたということです。私が映画に興味を持っているらしいと気づくと、彼はコスタリカにたった1つだけあるミニシアターに連れていってくれて、アートハウス映画の古典を観るようになったんです。映画への興味の過渡期において、本当に重要な経験でしたね。

そして最後に語りたいのは、この国では映画館で観られる作品が本当に限られていて、今でもその状況が続いているということです。コスタリカは基本的に文化という意味でアメリカに植民地化されており、それがもう数十年続いているんです。子供の頃はレンタルショップなども当然あったんですが、中央アメリカではどこでも観られない作品を違法ダウンロードする術も学ぶ必要があった訳です。ラテンアメリカのような場所では海賊行為とシネフィル文化が手に手を取り合っていたと言わざるを得ないでしょう。何が配給されるかを左右するヒエラルキーが厳然と存在していたからです。

TS:初めて観たコスタリカ映画は何でしたか? その感想もお聞きしたいです。

AA:振り返るに私が初めて観たコスタリカ映画はEsteban Ramirez エステバン・ラミレス“Gestación”(2009)ですね、おそらくですが。10代の妊娠にまつわる極めて教条的な映画で、これを観にいくために遠足といった感じで、クラス皆で映画館まで行きましたね。その時までに13歳にはなっていたと思いますが、それまでの10年、いかに自国の映画を観られる機会が少なかったかを示しているでしょうね。思い出すのは、自分の知っている場所がスクリーン上に現れるのが興味深く思ったことですね。でもその時はまだ映画の様式や語りにそれほど興味はなかったんです。

TS:もし1作好きなコスタリカ映画を選ぶなら、どの作品を選びますか? その理由もお聞きしたいです。何か個人的な思い出がありますか?

AA:思うにその作品はAlexandra Latishev アレクサンドラ・ラティシェフ“Medea” (2017)になるでしょう、今のところは。コスタリカ映画界はその時既に好調の兆しが見えていましたが、今作は観客が違和感を抱くような、形式的な選択をすることを怖れなかった最初の国産映画だと私は思いました。それでいて肉体性という主眼になるテーマの探求において、美学的な意味で顕著な一貫性を持ち続けることもできていたんです。

個人的な思い出で言うと、私は今作のレビューも執筆したんですが、映画について書いたもので初めて監督や他の読者から反応をシェアしてもらったものとなったんです。

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TS:まずお聞きしたいのは1930年に製作された“El retorno”についてです。今作はコスタリカで製作された初の長編映画と言われていますが、これは本当でしょうか? そして興味深いのは監督のAlbert-Francis Bertoni アルベルト=フランシス・ベルトーニはイタリア人であり、まずイタリア、そしてフランス、最後にコスタリカへ辿り着き、今作を作ったということです。何故彼はコスタリカへとやってきて、“El retorno”を製作することになったんでしょう? 最後の質問は、今作は今のコスタリカ、ひいてはコスタリカのシネフィルにどう評価されているかということです。

AA:“El retrono”はコスタリカ映画史において初めてのフィクション映画というのは本当です。しかし1910-1920年代にも幾つか作品が作られていました。その多くは政治的出来事や国家的な祝典を映し出したドキュメンタリーであり、その監督はAmando Céspedes アルマンド・セスペデスManuel Gómez Miralles マヌエル・ゴメス・ミラリェスWalter Bolandi ワルテル・ボランディといった写真家たちでした。彼らのアプローチは現在のニュース報道に近く、客観性としてのイメージを明確に強調するものでした。

当時のコスタリカにおいて、人口統計学的に重要な事実として、例えば先のBolandiという名字から分かるように、19世紀後半から第2次世界大戦までに行われたイタリア人の移住が挙げられます。彼はそのドキュメンタリー撮影の技術を買われ、“El retorno”の撮影監督として雇われます。そして監督のA.F. Bertoniが今作を製作するために、イタリアからコスタリカへとやってきた訳です。

興味深いのは今作がコスタリカ映画を学んだり、コスタリカ映画界で活動する人々以外からがほぼ忘れ去られていることです。そして今作は何よりも一種のアネクドート、逸話として捉えられています。今作は歴史の一部なんです。映画自体は1930年代の作品頗るに典型的なロマンスであり、現在の感性から見れば登場する女性たちの表象に問題があると思われるかもしれません。それでも今作はコスタリカ映画において関心を向けられるテーマの1つ、つまり都市での生活、田舎での生活という二分法を描くうえでの基盤を作りあげたんです。

TS:このインタビューを準備するにあたり、2000年代以前には作られたコスタリカ映画が相当少ないことに気づかされました。そしてWikipediaにはこんな記述があります。“歴史的に見て、コスタリカで映画を製作する機会というのは限られていた。撮影機器やフィルム撮影に必要な装置の数々が法外な値段であったり、個人と政府両方においてサポートが欠けているというのもあり、この国、もしくはこの地域で映画産業が実現すること自体が難しかったのだ。国立の映画センターであるCentro de Cineは1973年に設立されはしたが、数十年の間、ほとんど機能していなかった” この状況は実際のものだったのでしょうか? もしそうなら、そういった状況がコスタリカで起こった理由についてお聞きしたいです。

AA:これは実際にあったことです。“El retorno”の後、フィクション映画が作られるのは20年待つ必要があります。それは1955年製作の“Elvira”ですが、今作も製作はメキシコ人監督Alfonso Patiño Gómez アルフォンソ・パティニョ・ゴメスと外国人だったんです。この空白、そして全般的な一貫性のなさの理由は撮影コストです。当時、映画製作の全てが個人的な努力で賄われており、Centro de Cineが設立されるまで、映画製作を後押しするといった国が関わるプログラムが一切存在しなかったんです。

Centro de Cineもまた海外からの介入で実現することになりました。1970年に設立された訳ですが、当時は社会民主主義が政府のイデオロギー的な基礎でした。アメリカはCentro de Cineへの投資をサポートしてくれた訳ですが、その条件としてプロパガンダ映画の製作は避けるというものがありました。中央アメリカでは冷戦の影響が顕著で、武装集団や革命思想を持った団体が地域に溢れていた時代ですからね。

Centro de Cineの製作作品のほとんどは16mmで撮影されたドキュメンタリー短編で、コスタリカにおける社会的、政治的問題、それに環境問題を描いたものでした。この時代の重要人物としてはIngo Niehaus インゴ・ニエアウスCarlos Saénz カルロス・サエンスCarlos Freer カルロス・フリアーAntonio Yglesias アントニオ・イグレシアスという名前が挙げられます。経済不振で製作が滞り始めたのは1980年代で、いったん停滞するとコスタリカ社会民主主義福祉国家というモデルから、よりリベラルで私有化を推し進める国家へと移行していきました。その世代の映画作家、例えばHilda Hidalgo イルダ・イダルゴJurgen Ureña フルヘン・ウレニャEsteban Ramirez エステバン・ラミレスといった重要人物は海外で映画製作を学び、1990年代末から2000年代初期に戻ってきて、コスタリカ映画の新時代を築いていくこととなります。

TS:そしてこの時期に作られたコスタリカ映画の数少ない1本がMiguel Salguero ミゲル・サルゲロ監督が1968年に製作した“La apuesta”ですね。今作の興味深い点として、過渡期にあるコスタリカの風景を描くにあたって、コメディ調の独特なモキュメンタリー様式を取っていることです。そして監督も興味深い人物で、映画監督だけでなく、政治家や写真家、ジャーナリストとしても活動していたそうですね。ここで聞きたいのは“La apuesta”と監督のSalgueroがコスタリカ映画史においてどういう立ち位置にあるかということです。

思うにSalgueroのドキュメンタリー作品、そして特にIngo Niehausといった同世代の作家たちの作品は当たり前にあるものといった風で、顧みられることは時々でしかないです。彼らはドキュメンタリーを作り有益な情報を広めるだけでなく、それを想像力豊かかつ軽妙洒脱なやり方で成し遂げていたんです。あなたの言う通り、Salgueroは映画作家であっただけでなく、全てに手を出しながら多方面に渡って活躍した有名人だったんです。Centro de Cineのもたらした黄金時代、そこで作られたドキュメンタリーの多くは今や忘れられています。フィクション長編の歴史にばかりより大きな焦点が当てられてしまうからです。しかしSalgueroはコスタリカの地理、その自然に広がる風景の数々に着目した人物であり続けることで、映画を越えていったんでした。

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TS:おそらく現代のコスタリカ映画作家のなかで最も有名な人物の1人がPaz Fábrega パス・ファブレガでしょう。2010年製作のデビュー長編“Agua fría de mar”ロッテルダム映画祭で大賞を獲得した後、第2長編“Viaje”はトライベッカやカルロヴィ・ヴァリで、第3長編“Aurora”サン・セバスチャンや再びのロッテルダムで上映など、その存在感は現代のコスタリカ映画界にとってとても重要なものに思えます。しかし実際コスタリカにおいて彼女やその作品はどのように評価されているのでしょう? そしてあなたの正直な意見もお伺いしたいです。

AA:Paz Fábregaはより芸術的なコスタリカ映画に起こってしまう現象の顕著な例となってしまっています。彼女は世界的によく知られた映画作家ですが、ここコスタリカではほぼ海外映画として見なされているんです。彼女はよくある“ヨーロッパの映画祭”的ともいうべき、形式的な文脈とはまた別の場所にいる作家としてとても興味深い人物と、私は思っています。例えばマンブルコアや現代のアルゼンチン映画からの影響がより特徴的なんです。ゆえに彼女はコスタリカでこそ異国的と扱われていますが、彼女がコスタリカ映画に果たしていることには感謝しています。

私の個人的な意見ですが“Agua Fría de Mar”はとても楽しみました。彼女の肉体性に対する形式的関心を最良の形で反映した1作でしょう。他の作品に関してですが、正直に言うと“Viaje”“Aurora”は観る価値のある作品と思いながら、それほど評価していないといった風です。その感性が不自然すぎるというのを何度も感じてしまい、デビュー作のミニマルさに比べると、語りといった意味でフラフラしてしまっていると思えるんです。

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TS:Paz Fábregaが世界的に評価された後、コスタリカの女性作家たちが次々と劇的な形で現れているように感じられます。例えばベルリンのLaura Astorga Carrera ラウラ・アストルガ・カレラAntonella Sudasassi Furniss アントネッラ・スダサッシ・フルニス、カンヌのSofía Quirós Ubeda ソフィア・キロス・ウベダValentina Maurel バレンティナ・マウレルNathalie Álvarez Mesén ナタリエ・アルバレス・メセンらです。2010年代以降の、この女性作家の台頭をどう見ているでしょう? これは突然始まったのか、それとも既に起こっていたのに無知ゆえに今まで私たちが気づいていなかったのか。そしてこの現象は女性作家たちが素晴らしい映画を作っているからというのは当然として、コスタリカには彼女たちをサポートする補助金制度や組織も存在しているのでしょうか?

AA:実際この現象は有機的な形で起こっている、とても興味深い流行です。数年前、コスタリカは女性監督による作品の割合が最高になったのですが、それは監督という領域だけに留まりません。撮影監督、編集技師にプロデューサーも(中央アメリカとしては)非常に高い割合を誇っています。思うにこの現状はコスタリカ映画界の異端性によって可能となっているのでしょう。私たちには成熟した映画産業というべきものを持たず、これゆえのヒエラルキーの欠如が女性作家を歓迎するような環境を作りあげており、そうして彼女たちがアート映画や国際的な映画界で活躍するようになっているんです。しかしもし商業的、もしくは地産地消の娯楽映画に目を向けるなら、男性監督による作品が1つの規範さながらたくさん見られることでしょう。そういった訳で、この成熟した体系の欠如というものが、ジェンダーという面でより多様な環境を作りあげている、そんな皮肉な状況が現れていると私は思うんです。

それからこのトレンドは2010年代以前から始まっていると思います。例えば2008年のベルリンで上映されたIshtar Yasin イシュタル・ヤシンEl caminoや、2010年製作のイルダ・イダルゴ監督作「愛、その他の悪霊について」などからですね。しかしそれ以前にもKitico Moreno キティコ・モレノPatricia Howell パトリシア・オウェルといったパイオニアがいます。コスタリカ映画史は常に才能ある女性作家とともに築かれてきたのであり、最新のトレンドはその1つの極です。女性作家に対する目立った補助金制度などがある訳ではなく、当然の成り行きとして起こった現象なんです。

TS:ここでお聞きしたいのは2010年代において最も重要なコスタリカ映画は何かということです。例えば先述したPaz Fábrega“Agua fría de mar”や、私にとって初めて観たコスタリカ映画の1本であるNeto Villalobos ネト・ヴィリャロボス“Por las plumas”、ベルリンで上映され後にはMUBIを通じて世界に配信されたAntonella Sudasassi Furniss“El despertar de las hormigas”などがありますが、あなたのご意見を聞きたいです。

AA:私としてはAlexandra Latishev“Medea”に立ち返りたいと思います。女性性をめぐる肖像画表現主義的、かつ鮮烈に描きだすことで、同時にコスタリカ社会そのものを描きだした、重要な1作です。

TS:2010年代が終わった後、コロナウイルスの影響によって、予測不能なまでに過酷な形で2020年代が幕を開けましたが、私たちは映画について話していきましょう。真の意味でコスタリカ映画界の2020年代を始めたと思える1作は何だと思いますか? 例えばNathalie Álvarez Mesén“Clara sora”はこのインタビューを思いついたきっかけともなった作品ですし、IDFAに選出されたCarolina Arias Ortiz カロリナ・アリアス・オルティス“Objetos rebeldes”も面白い1本でした。しかしあなたの意見はどういったものでしょう?

AA:“Clara Solaはこの国で最も評価されたコスタリカ映画の1本だと思っています。コロナ禍の長い間、今作は劇場で公開され続け、映画祭でも長きに渡って上映されています。“Objetos Rebeldes”コスタリカ映画において、国というアイデンティティを豊かな表現によって描きだす創造的なドキュメンタリーとして重要でしょう。今作やÁlvaro Torres アルバロ・トレス“Nosotros Las Piedras”のような作風の作品は、私としてももっと観たいと思っています。それから製作自体は2019年ですが、同じくIDFAでプレミア上映されたNatalia Solorzano ナタリア・ソロルサノ“Avanzaré Tan Despacio”も挙げたいと思います。これは自然な成り行きで現れたと思うのですが、コスタリカにおいては創造的なノンフィクション作品が徐々に流行の兆しを見せ始めていて、歓迎したいところです。おそらくCentro de cineが1970年代に製作していた作品のDNAが今の創造性豊かな産業にも残っているのでしょうし、これをポジティブに捉えたいところです。何故ならコスタリカという国はこの地域において最も人種差別的、外国人嫌悪的、そして階級主義的な国であり、冷戦期にアメリカの影響下に自身を置くことで、何不自由ない時を過ごしてきたからです。歴史において最も問題含みな側面を探求していき、新しい対話を生み、“公式の歴史”というものに疑義を向けるというのは良いことだと思います。

TS:コスタリカの映画批評の現状はどういったものでしょう? 外からだとその批評がどういうものか殆ど見えてきません。ゆえに内側からはどう現状を見ているでしょう?

AA:とても悲惨なものですね。歴史を通じて、主流メディアに映画批評の居場所があったことがないんです。少なくとも私が生まれてから、そういった存在は2人だけです。巨大な国営テレビ局に勤める人物、巨大な国営新聞社に勤める人物、この2人しかプロの映画批評家はいないんです。残りの私たちにとって映画批評は趣味か副業であらざるをえないんです、残念ですが。私の場合は国際的な雑誌に英語で執筆する幸運に預かることができましたが、それも主にコスタリカに批評の場(特に支払いのある)がないゆえです。そこで私は同僚たちとKrinegrafoという、中央アメリカの映画批評家を集めた独立系のウェブサイトを立ち上げましたが、編集や執筆はとても散発的なものです。この国には批評のための場がないので、自分自身でそれを作っている人々が殆どです。コスタリカ国際映画祭が統合されることで、大局的に新しい世代の批評家たちが育っていくことを願っていますが、プロによって運営されるメディアが存在しないのを鑑みると、期待するのは難しいですね。

TS:おそらくこれは曖昧で焦点の合っていない質問ですが、あえてさせてください。まずコスタリカ映画史において最も重要な映画とは何だと思いますか、その理由もぜひお伺いしたいです。そして、あなたにとってコスタリカ映画の最も際立った特徴とは何でしょう? 例えばフランス映画は愛の哲学、ルーマニア映画は徹底したリアリズムとドス暗いユーモアなどなど。ではコスタリカ映画はどうでしょう?

AA:最初の質問は当然とても主観的なものになりますが、Paz Fábrega“Agua Fría de Mar”になるのではないでしょうか。ロッテルダムで最高賞のタイガーアワードを獲得した初めてのコスタリカ映画であると同時に、今作はここ10年におけるコスタリカ映画のテーマ的、美学的柱の数々を固めたからです。それは親密さ、カメラと主人公の肉体的な関係性、演出と語り双方における女性的な視点、そしてもう1つ“El retorno”から直線的に続くコスタリカ映画のテーマ、つまり先述した都市と田舎という二分法の更なる進展です。

そしてこれらの要素はコスタリカ映画の最も際立った特徴といえるでしょう。Centro de cine製作のドキュメンタリーや先ほども言及したテーマ的な偶然の一致の他、コスタリカ映画の独自性というものは2010年代になってやっと形になったと思えます。それがラテンアメリカの伝統としての寓話性と戯れる寡黙で瞑想的なトーンで、これは“Clara Sola“Medea”, “Violeta al fin”“El despertar de las hormigas”、それに先述したドキュメンタリー作品にも見られますね。私たちの歴史、そして社会的環境の間に横たわる不確かな関係性が、魔術的リアリズムというフィルターを経て、コスタリカ映画と周辺国の映画とを分けているように私には思えるんです。

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