鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ディアステム&「フレンチ・ブラッド」/フランスは我らがフランス人のもの

さてマイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル2016の開催である。1月18日から2月18日までの間、日本未公開のフランス映画が配信上映される訳で、配信大好きな私としては勿論観ない訳がないのである。ということで今日からmyFFF特別編としてフランス語圏期待の新鋭たちについて紹介していきたいと思う。第1回は極右思想のスキンヘッド青年を描いた「フレンチ・ブラッド」とその監督ディアステムをご紹介、というか最初から凄いの来ちゃったよ!

ディアステム Diastèmeはフランスを拠点とする映画監督、小説家、作曲家だ。本名はパトリック・アステ Patrick Aste。学生時代から音楽業界で活躍していたが、20歳の頃にジャーナリストとなり、L'Autre journalやPremiereなどで映画評を執筆するなどしていた。1997年に"Les Papas et les Mamans"で小説家デビューしてからは多分野で創作を行い、劇作家・舞台演出家としても2001年の"La Nuit du thermomètre"に始まり、2003年には自身の小説を脚色した"107 Ans"を上演するなど、精力的に活動していた。

映画界デビューは2001年の短編"Même pas mal"で、舞台で何度もタッグを組んでいるフレデリック・ランドロ(「フレンチ・ブラッド」でも友情出演)を主演に迎えた作品だった。2002年にはジョルジョ・バタイユ ママン」クリストフ・オノレが自身の書いた児童文学を映画化した"Tout contre Léo"の脚本を執筆する。そして2008年には初の長編映画"Le Bruit des gens autour"を監督、俳優カップルが実生活でも演技を続け愛の危機を乗り越えようとする様を描き出した作品で、テッサロニキ映画祭で観客賞と特別賞を獲得する。そして2008年には80年代に活躍したコメディアンを描いた伝記映画"Coluche: l'histoire d'un mec"、2015年には同じくmyFFFで上映中の砂の城の脚本を執筆した後、第2長編「フレンチ・ブラッド」を監督する。

物語は1985年のある瞬間から幕を開ける。疾走するスキンヘッドの男たち、彼らは逃げまどう若者たちを捕らえたかと思うと声を上げる、このフランスにアラブ人の居場所はない!そして凄惨な暴力を加えた後、スキンヘッドたち――マルコ(Alban Lenoir)、ブラゴッド(Samuel Jouy)、ギュイ(Paul Hamy)、マルヴィン(Olivier Chenille)の4人は意気揚々とその場を去る。だが道を行く途中、カフェに"フランス人"ではない人間がいるのを見つけると、彼らは乗り込んでいく。老人すら構わず暴力で以て組伏せて叫ぶのだ、ここはフランスだ、フランス語を喋りやがれ、国家を歌ってみろよ、祖国のために!祖国のために!祖国のために!……

「フレンチ・ブラッド」には冒頭から目を覆いたくなるほど凄惨な暴力と差別の光景が広がっている。時代が何の脈絡もなく1988年に飛んでもそれは変わらない。マルコたちが町中に極右思想を喧伝するチラシを張り付けていると、敵対するレッドスキンのメンバーが現れ、血まみれになるまで闘いが繰り広げれることとなる。それが終わるとも、マルコたちが憎しみを向けるパンク集団の出現が彼らをすぐさま暴力の巷へと引き戻し、悲劇は起こる。

今作は、激烈な差別思想を抱えた1人の青年の30年を描き出す作品であり、ブリテン諸島に生きる労働者階級の人々を冷ややかなリアリズムで描き出したアラン・クラークが、もしミア=ハンセン・ラブ「EDEN」を監督したなら、という筆致となっている。テーマの他にも、例えばマルコが自分の部屋から同じアパートに住むマルヴィンの元へ向かう様子を、ひたすら彼の背中を追跡するトラッキング・ショットによって描くシークエンスは"Made in Britain"においてスキンヘッドのティム・ロスの背中を追うクラークの眼差しに重なる。

だが「EDEN」を彷彿させるとはどういうことか。1988年の悲劇とマルコの苦悩の後、舞台は1992年に飛ぶ。そこでいつの間にかマルコはボディガードとして生計を立てるようになっており、彼が護衛するのはある事情から下半身不随になりながらも、極右活動家として名を上げ始めたブラゴッドだ。そんな中、パーティ会場でマルコは極右思想に傾倒するコリンヌ(Lucie Debay)と出会い、恋に落ちる。そして舞台は1995年に飛び、ブラゴッドとパトロンたちの懇親会でコモロ連合からの移民を殺害した"英雄"に称賛の声が上がる、そして舞台は1998年に飛び、そして舞台は、そして……

つまり「EDEN」「フレンチ・ブラッド」の共通項は1つの映画で数十年を描き出すクロニクル的構成でありながら、同時に個々の時代の繋がり・過程が意図的にぶつ切りとされている反クロニクル的演出が施されている点だ。しかし前者が131分で20年を描く一方で、後者は96分で30年を描き出し、且つ時代から時代への飛び石となり存在は暴力と差別ゆえに、時が過ぎ行く感覚は苛烈で濃厚だ。

そんな中で数々の悪意を目撃してきたマルコは、いつしかその愚かさを悟り、疲弊していく。だが今作は彼が差別思想から抜け出すまでを描く作品ではない、監督はその過程すら排除し、いつの間にか彼は完全に真人間となっている姿を撮す、それがむしろ物語の悲劇性を高めるのだ。マルコはコリンヌと結婚し、グウェンドリンという娘を授かるが、未だ極右思想に傾倒する彼女との仲違いは後戻りできない所にまで来ている。そしてかつての友人たちとの関係性はひどく変容し、マルコは真人間になろうと差別者としての過去は変えられないと知る。その間にも時は過ぎる、凄まじい勢いで時は過ぎる、そして何もかも全てがマルコを通り過ぎていく。

2015年のフランスにおいて、シャルリー・エブド襲撃事件やパリ同時多発テロなどが起こり、国民に不安が広がる中、ル・ペン率いる極右勢力の国民戦線がそれを利用、難民やマイノリティへの恐怖を煽り、支持を獲得する状況が続いている。「フレンチ・ブラッド」はそんな状況に対する強い憤りをみなぎらせた作品であり、ラストにテレビに映るニュース映像にも正に今のフランスを痛烈に批判する監督の思いを感じ取れる。だがそれ以上に感じるのは深い無力感だ。例え差別心を恥じ入り改心を遂げたとしても、個人の変化だけではこの大きな流れを留めることは出来ない。時は過ぎ、若さは浪費され、最後には過去への後悔と果てしない無力感のみが残る。そして最後に現れる今作の原題"Un Français"とは仏語で"フランス"を意味する形容詞である。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
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その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
その87 マヤ・ミロス&「思春期」/Girl in The Hell
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その91 Amelia Umuhire & "Polyglot"/ベルリン、それぞれの声が響く場所
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