鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する

映画はテキサスをどう描いてきたのか?悪魔のいけにえは原題Texas Chainsaw Massacreと正にその名が冠された映画だが、この地に住む食人一家の存在はテキサスひいては南部に対する恐怖を凄まじい形で象徴するものだった。タイトルにその名が付いてると言えばヴィム・ヴェンダースパリ、テキサスもそうだ、この映画が映す荒野に満ちる孤独は他に類を見ない。ジェームズ・ディーンの遺作ジャイアンツ」はテキサスを舞台とした一大叙事詩としてアメリカそれ自体を担い、最近では「6才のボクが、大人になるまで」が12年もの月日をリアルタイムで描き出したが、アメリカのゼロ年代からテン年代初頭の文化史としても機能するだろう今作の舞台はリチャード・リンクレイター監督の故郷でもあるテキサスだった。このように映画においてテキサスは様々な表象を経てきたが、そのどれとも異なるテキサスを描き出す新世代の作家こそがイタリア出身の映画作家ロベルト・ミネルヴィーニ Roberto Minerviniであり、彼の"テキサス三部作"の幕開けとなる作品こそ今回紹介する彼のデビュー長編"The Passage"である。

60代のヒスパニック女性アナ(Soledad St. Hilaire)は人生の黄昏を迎えようとしていた。医師に下された診断は末期ガン、余命は数週間。それを聞いた彼女は呆然と町を彷徨うが身寄りもおらず友人も殆どいない、死を目前としてアナは果てしない孤独の内にあった。同じ頃、ジャック(Mean Gene Kelton)という名の中年男性は長い牢獄生活からとうとう解放される。しかし実家に帰っても母親からは邪険に扱われ仕事もなければ金もない、無意味に時間は過ぎるがそれを止める術が彼には見つからない。

"The Passage"の前半はそんな孤独な2人の日常をゆったりとしたテンポで綴っていく。アナは町を彷徨い、時には独りバーで酒を呑み、最後には疲れきった体を自宅の椅子に横たえ父なる神へと救いの祈りを捧げる。ジャックの日々もまた倦怠の雰囲気に満ち、帽子を被りクチャクチャのタンクトップを着た同世代の中年男たちと昼間からビールを飲み続ける。このウンザリとした日常の風景には筆舌に尽くしがたいほどの閉塞感が滲み渡り、ともすれば此処で今作を観るのすら止めたくなる人もいるかもしれない。だがそれは彼らも同じだ、こんなクソみたいな日常捨て去って何処か別の場所に行きたい、でもそのやり方が分からないんだよ、いつしかそんな声なき叫びが私たちの耳に届く筈だ。

最初に動くのはジャックだ、彼はボロボロの車で自宅へと帰ろうとするが、ふと方向を変えて別の道を走り出す。目的地も決めずあちこちを駆け回り、そんな中ふと立ち寄ったスーパーマーケットで彼は床にうずくまり啜り泣く女性を助ける、それがアナだった。そして建物の外でタバコを並び立って吸ううち、彼女にある提案をされる、金でも何でもあげるから、自分をテキサス西部の町マーファに連れていって欲しいと。一旦は渋るジャックだが、彼女が末期ガンだと聞いた彼はアナを乗せて一路マーファへと向かう。

此処から物語はロードムービーの様相を呈し始めるが、この旅路は社会によって弱い立場に追いやられた人々の心を映す旅ともなる。ミネルヴィーニ監督はニューヨークのニュースクール大学マドリード自治大学を経て数本の短編を製作した後、この"The Passage"をデビュー長編として完成させており、作品の登場人物は彼よりもずっと年上ながら、監督は脚本の共同執筆者であり公私に渡るパートナーのDenise Ping Leeと共にアナたちの心理を繊細に掬いとっていく。特に印象的なのは言い知れぬ孤独と不安にいてもたってもいられず、真夜中に車を走らせるジャックを描いたシークエンスだ。カメラはビールを口に注ぎ込みながら運転を止めないジャックの横顔を映す、その汚い肌に16mmの粒子が浮き立つ中で彼は叫ぶ、俺はブタ箱から舞い戻ってきた、帰ってきたんだよ!と自分はここにいると誰かに知って欲しいとでもいうように。

そして旅を続けるうちに、映画は不思議な感触をまた新しく宿していく。彼らは寝泊まりできる場所を探してとある牧場へと足を踏み入れるのだが、物語はそこで脇道に逸れ牧場の生活風景を映し出すようになるのだ。そこに住むのは10人近い大家族で、牛の乳を搾ったり鶏を育てるなどして生計を立てている。家の中では歓声が絶えず、兄弟姉妹がドタバタと部屋を行ったり来たりする。本筋とはほとんど関係ないのだが、このドキュメンタリー的な描写は主人公たちが生きている、そしてミネルヴィーニ監督が住むアメリカ南部の風景を生き生きと立ち上らせる(そしてこの牧場の家族たちは彼の第3長編"Stop the Pounding Heart"にも出演することとなるがそれはまた別の話だ)

この描写に関連していえば"The Passage"は劇映画とドキュメンタリーのあわいを絶えず行き交う作風が特徴とも言えるだろう。トレーラーハウスやタンクトップの中年男性のような映画に頻出するが故にもはや南部の象徴と化している物や人はもちろんのこと、撮影監督Diego Romeroによる粒子の荒い16mm撮影は鬱蒼たる森や濁り切った湖など南部に広がる自然の数々をも魅力的に切り取っていく。そして時おり牧場の家族たちのような本人が登場するドキュメンタリー的展開がふと挿入されるのだが、この感触は映画作家Matthew Porterfieldとも共鳴する。1人の少年の死を中心として町の住民たちの姿を描く群像劇"Putty Hill"など彼もまたアメリカ南部を拠点に作品を撮り続けている。この両名に"Thou Wast Mild and Lovely"Josephine Deckerを加えた3人は今後注目の南部インディー作家と言えるだろう。

そしてアナとジャックの旅は、途中英国人の芸術家ハロルド(Pericles Mejía)を加え目的地へと近づいていくが、それは同時にアナの命の灯火が小さくなっていくことも意味している。彼女の苦しみが3人の絆をより深めていきながら画面には別れの予感が濃厚に滲み渡る。それでも監督はこの旅路に解放感をも宿す、いつかアナたちが響かせる子供のような笑い声が"The Passage"の余韻を優しいものとしてくれる。

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &"I Believe in Unicorns"/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その19 Anja Marquardt& "She's Lost Control"/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
その21 Whitney Horn&"L for Leisure"/あの圧倒的にノーテンキだった時代
その22 Meera Menon &"Farah Goes Bang"/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & "The Girl in The Book"/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & "The Mend"/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&"Sleeping with Other People"/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&"Bone Tomahawk"/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&"I Remember Nothing"/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その29 Perry Blackshear&"They Look Like People"/お前のことだけは、信じていたいんだ
その30 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その31 ジョシュ・モンド&"James White"/母さん、俺を産んでくれてありがとう
その32 Charles Poekel&"Christmas, Again"/クリスマスがやってくる、クリスマスがまた……

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
その87 マヤ・ミロス&「思春期」/Girl in The Hell
その88 Kivu Ruhorahoza & "Matière Grise"/ルワンダ、ゴキブリたちと虐殺の記憶
その89 ソフィー・ショウケンス&「Unbalance-アンバランス-」/ベルギー、心の奥に眠る父
その90 Pia Marais & "Die Unerzogenen"/パパもクソ、ママもクソ、マジで人生全部クソ
その91 Amelia Umuhire & "Polyglot"/ベルリン、それぞれの声が響く場所
その92 Zeresenay Mehari & "Difret"/エチオピア、私は自分の足で歩いていきたい
その93 Mariana Rondón & "Pelo Malo"/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ
その94 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その95 ジョエル・エドガートン&"The Gift"/お前が過去を忘れても、過去はお前を忘れはしない
その96 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その97 アンジェリーナ・マッカローネ&"The Look"/ランプリング on ランプリング
その98 Anna Melikyan & "Rusalka"/人生、おとぎ話みたいには行かない
その99 Ignas Jonynas & "Lošėjas"/リトアニア、金は命よりも重い
その100 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その101 パヴレ・ブコビッチ&「インモラル・ガール 秘密と嘘」/SNSの時代に憑りつく幽霊について
その102 Eva Neymann & "Pesn Pesney"/初恋は夢想の緑に取り残されて
その103 Mira Fornay & "Môj pes Killer"/スロバキア、スキンヘッドに差別の刻印
その104 クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……
その105 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その106 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その107 ディアステム&「フレンチ・ブラッド」/フランスは我らがフランス人のもの
その108 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その109 Sydney Freeland&"Her Story"/女性であること、トランスジェンダーであること
その110 Birgitte Stærmose&"Værelse 304"/交錯する人生、凍てついた孤独
その111 アンネ・セウィツキー&「妹の体温」/私を受け入れて、私を愛して
その112 Mads Matthiesen&"The Model"/モデル残酷物語 in パリ
その113 Leyla Bouzid&"À peine j'ouvre les yeux"/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
その114 ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい
その115 Aik Karapetian&"The Man in the Orange Jacket"/ラトビア、オレンジ色の階級闘争
その116 Antoine Cuypers&"Préjudice"/そして最後には生の苦しみだけが残る
その117 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その118 アランテ・カヴァイテ&"The Summer of Sangaile"/もっと高く、そこに本当の私がいるから
その119 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その120 サシャ・ポラック&"Zurich"/人生は虚しく、虚しく、虚しく
その121 Benjamín Naishtat&"Historia del Miedo"/アルゼンチン、世界に連なる恐怖の系譜
その122 Léa Forest&"Pour faire la guerre"/いつか幼かった時代に別れを告げて
その123 Mélanie Delloye&"L'Homme de ma vie"/Alice Prefers to Run
その124 アマ・エスカランテ&「よそ者」/アメリカの周縁に生きる者たちについて
その125 Juliana Rojas&"Trabalhar Cansa"/ブラジル、経済発展は何を踏みにじっていったのか?
その126 Zuzanna Solakiewicz&"15 stron świata"/音は質量を持つ、あの聳え立つビルのように
その127 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その128 Kerékgyártó Yvonne&"Free Entry"/ハンガリー、彼女たちの友情は永遠!
その129 张撼依&"繁枝叶茂"/中国、命はめぐり魂はさまよう
その130 パスカル・ブルトン&"Suite Armoricaine"/失われ忘れ去られ、そして思い出される物たち
その131 リュウ・ジャイン&「オクスハイドⅡ」/家族みんなで餃子を作ろう(あるいはジャンヌ・ディエルマンの正統後継)
その132 Salomé Lamas&"Eldorado XXI"/ペルー、黄金郷の光と闇