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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Federico Atehortúa Arteaga&"Pirotecnia"/コロンビア、忌まわしき過去の傷

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さて、コロンビアである。この地では60年代からつい最近まで政府軍と反政府軍による内戦が続いていた。それはコロンビアの大地に、コロンビアに生きる人々の心に深い傷を刻みつけていった。ゆえにこの国の映画作家たちは様々な形でこのテーマについて扱ってきたが、今回紹介するのはそれらとは全く違う方法でこの傷との対面を図るドキュメンタリー、Federico Atehortúa Arteaga監督作である“Pirotecnia”だ。

まず今作にはある写真が浮かび上がる。野外に放置された、椅子にくくりつけられた4つの死体と、それを眺める群衆たちを捉えた写真である。その構図はどこか奇妙で、不気味な印象を見る者に与える。そしてナレーターは私たちに説明する。ここで写し出されている事件こそがコロンビアにおける映画史の始まりなのだと。

1904年、当時のコロンビア大統領であるラファエル・レジェス、彼を狙った暗殺事件が巻き起こった。それは未遂に終わり、容疑者である4人は即刻捕らえられて銃殺刑に処されることになった。冒頭の写真は正にそれを示している訳だ。この後、大統領たちは暗殺未遂事件を自分たちで再演することになる。そしてこれを映像として残し民衆に見せつけることで、権力の強化を図ったというのだ。つまりこれこそが映画史の始まりという訳である。

これが説明された後、監督はもっと個人的なことへ話題を転換する。監督の母親はある日を境に全く喋らなくなってしまったのである。医者や迷信に頼りながら原因を究明していくのだが、理由は不明のままである。唯一の手がかりは彼女が残した膨大なホームビデオにあるのかもしれない。そう思った監督は広大な映像の海へと飛び込んでいく。

今作は様々な観点からコロンビアの歴史を俯瞰していくドキュメンタリーだ。まず映るのは軍服姿でポーズを決める子供の頃の監督の姿だ。この軍服は当時コロンビアを騒がしていた反政府の左翼ゲリラFARCにインスパイアされたものらしいが、その繋がりを起点として、今度はそのFARCの実際のメンバーがジャングルを行く記録映像が映し出される。そして60年代の白黒映像、もっと後にカラーで紡がれる内戦の光景、それらが歴史において長く続いてきた暴力の凄まじさを語る。

その中で暴力はさらに苛烈なものとなっていく。皆さんは“Falsos positivos”という事件をご存じだろうか。これは政府軍たちが農村の若者や障害者を集め、組織的に殺害、そしてこの死体をゲリラ兵士と偽装することで、武勲を捏造したり作戦の成功を国民に喧伝するなどしていたのだ。実際、政府軍に死体を売り渡したという兵士たちもインタビューに答える。それほどコロンビア内戦は悍ましいものだったのだ。

本作の特徴は個人的な記憶と国としての歴史が同列のものとして扱われながら、この2つの間を行き交うという構成である。そこにおいては個人の小さな記憶が血腥い歴史の傷を雄弁に語ると共に、大いなる歴史のうねりから犠牲になった1人1人の悲鳴が聞こえてくる。例えば女性たちが、軍服を着た青年の写真を掲げる姿には個人の悲しみと歴史の残酷さが交わりある。このダイナミクスこそが本作の核にあるものなのである。

コロンビアの歴史を語る時にはまず戦争を語らなくてはならない。しかし戦争を語るには死と墓場について語る必要があるのだ……“Pirotecnia”を象徴するような言葉だ。私たちは本作を観ながら、こんなにも生々しい死を背負ってコロンビアの人々は生きていかなくてはならないのかと気が遠くなるだろう。霧深い雨の野原を歩く、物言わぬ監督の母の姿からはそんな悲しみが濃厚に滲んでくる。

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