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ケリー・ライヒャルト&"Meek's Cutoff"/果てなき荒野に彼女の声が響く
ケリー・ライヒャルトの前作についてはこちらの記事を参照
ライヒャルト作品において自然は重要な意味を持っている。"Old Joy"は久し振りに再会した親友2人の旅を描く作品だが、彼らの旅路にはオレゴンの鬱蒼たる森が広がり、そこでこそ2人の道は決定的に分かたれているという真実に辿り着く。"Meek's Cutoff"ではオレゴンの余りにも果てしない岩と砂に支配された荒野が映し出され、その風景には主人公たちが抱える先の見えない旅への倦怠感・絶望感が厭になるほど滲んでいた。そしてこの自然と人間の関係性というモチーフが前景として現れてながら、これを通じ人間心理への洞察を深める作品こそがライヒャルトの第5長編「ナイト・スリーパーズ ダム爆破計画」だ。
この物語の主人公はジョシュとディーナ(「ピザ・ボーイ 史上最凶のご注文」ジェシー・アイゼンバーグ&「トムキャッツ 恋のハメハメ猛レース」ダコタ・ファニング)という若い男女だ。ジョシュは環境保全を謳う共同体で志を同じくする者たちと生活している、そしてディーナは富裕層の出身ながら環境保護の思想に共鳴し、ストイックで謎めいた魅力を持つジョシュと行動を共にしている。
そんな2人は現状にある不満を抱えていた。保護を啓蒙する映像作品の上映会でディーナはその監督にこう質問する、破滅的な状況を避けるための"大きな"計画を何かお考えでしょうか?しかし監督の答えはこうだ、"大きな"計画ではまた別の問題が生じることは明白です、私たちは小さなことから取り組んでいかなければなりません。そんな監督にディーナは納得行かないような表情を浮かべ、ジョシュは苦々しい視線を向ける。この歯痒い状況の中で、2人はある"大きな"計画を立てていた。彼らの居住区近くに位置するダムを爆破し、人々に環境破壊の是非を問い掛けようとしていたのだ。そしてジョシュの友人で元海兵隊のハーモン(「赤い部屋の恋人」ピーター・サースガード)を加え、彼らの計画は静かに進行していく。
同時期、米インディー界の異彩ブリット・マーリングが盟友ザル・バトマングリと共に「ザ・イースト」という映画を製作した。マーリング演じる捜査官が、エコ・テロリスト団体に潜入し彼らの計画を未然に阻止しようとしながら、そのリーダーに心惹かれていく……という物語であり、潜入捜査もののフォーマットを借りながら観る者にエコを取り巻く問題への思索を促す力強い一作だった。こちらがテロリストを捕らえる側の視点で描かれたとするなら「ナイト・スリーパーズ ダム爆破計画」はテロリストの視点から描かれた作品であり、その演出方法も全くの極を指向している。
ライヒャルト監督の観察的なスタイルは今作においても顕在だ。彼女は3人が計画のために船を売買する、薬品を用意する、爆薬を製造するなどの作業工程を覚めた明晰さで以て見据え、計画が進行していくことの興奮などは微塵も感じられないような作風を徹底する。だがサスペンスがないかと言えばむしろ逆だ、ここには他と一線を画す静かだが濃密な緊迫感が存在する。ある場面で、ディーナが爆薬の元となる硝酸アンモニウムを買いに行くこととなる。その過程には思わぬ出来事が連なるが、スリルを高めるために音楽をがなりたてるなどの無粋な演出はない、ディーナがハプニングに対処する姿がある程度の距離感と共に淡々と映されるのみだ。だがこの通常サスペンスに向かない筈でありだからこそ選び取られることの少ない淡々さ、彼女はこれを堂々と――そもそもこれが彼女の"Old Joy"から一貫するスタイルだが――駆使することで他のどれとも違う異様な緊張感が宿っていく。
しかしテロ計画のサスペンス性をを描きながらも、根本の所で彼女が見据えているのはそれに関わる人々の精神の微妙な揺らぎだ。ジョシュがストイックに私情を一切果たすことなく計画を遂行しようとする一方で、ディーナはある種の高揚感と好奇心を抱きながら計画に携わる。そして飄々たる態度を崩さないハーモンの行動は少し杜撰な所があり、ふとした一瞬に3人が不測の事態に見舞われることも少なくない。そんな彼とディーナの心は微かに近づいていくような流れを見せるが、それはジョシュにとって喜ばしいことではない。計画に支障を来すことはあってはならないのに自らその危険を呼び込む彼らをジョシュは不完全な人間として軽蔑する素振りを見せ、険しげな視線を隠さない。
そう、サスペンス性と心理洞察を繋げる鍵となる要素が登場人物たちの視線の数々だ。例えばジョシュたち3人が改造した船に乗り目的地へと向かう真夜中のシークエンス、ディーナとハーマンが場違いな形で釣りについて喋っている時カメラはそれを聞くジョシュの顔を撮す、彼の視線は硬質な動きで以て2人の間を行き交う、彼はほぼ無言を貫くがそれはむしろ2人に対する不信を饒舌に語り、静寂の中で不穏さは高まりを見せる、こういった瞬間を監督は逃さずに捉えていく。監督にとって、この物語にとって重要なのは浮かんでは消える言葉ではなく視線や表情であり、この何気ない一瞬一瞬の堆積が映画を豊潤なものとする。
だが徐々に物語はジョシュ個人へとフォーカスしていくことになる。完璧な人間かと思われていたジョシュもいつしか世界が以前とは違うものに変わっていくのに気付いてしまう。共同体で仲間と農作業を行っている時、彼の耳に聞こえてくるのは車の不気味なエンジン音。真夜中に車を運転している時、自分の背後を照らすのはギラつくヘッドライト。自分が逮捕されるのではないかという猜疑心に苛まれ、彼の精神世界は歪んでいく。
ライヒャルト監督は作品においては一貫して、社会の周縁に追いやられた存在を描いてきた。「ナイト・スリーパーズ」においても現代の資本主義・消費主義に抗するテロリストたちを描く意味ではこの姿勢が貫かれている。それでいて他作と異なるのは周縁の存在に対する暖かな眼差し/共感が欠けているということだ。今までの作品は観察的な中でも何処かで観客が登場人物と心を通わすことのできるふとした瞬間が幾つも存在した。だが今回、監督は3人のテロリストの行動を否定することもないが肯定することも勿論ない、厳然たる一本の線を彼方と此方の間に刻んでいる。
この映画におけるMVPはジェシー・アイゼンバーグを置いて他にはいない。普段は言葉の弾丸をマシンガンさながらに連射するあの演技で以て等身大のヘタレ野郎と不敵な天才とを行き交うが、今作では言葉ではなく視線で心を語る謎めいたカリスマを演じている。だがその化けの皮が剥がれ彼の弱さが分かる時物語は彼に突きつける、本当に不完全な人間というのは、自分の不完全さを認めることが出来ない存在という1つの真実を。
さて、ケリー・ライヒャルト総力特集もこれが最後故に、彼女の今後を紹介していきたいと思う。彼女は「ナイト・スリーパーズ」から3年ぶりに新作"Certain Women"を手掛けている。"Old Joy"以来脚本のジョナサン・レイモンドとのタッグを解消、且つオレゴン州を離れモンタナ州を舞台とした本作はマイリー・メロイ Maile Meloy の短編小説群を元にした作品で、モンタナの田舎町に住む3人の女性の人生を淡々と描き出した作品だそう。出演は再びのミシェル・ウィリアムズに加え、クリステン・スチュアート、ローラ・ダーン、ジャレッド・ハリスなど中々の豪華メンバー。ということでライヒャルト監督の今後に期待。
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