鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Joshua Burge&"Buzzard"/資本主義にもう一発、中指ブチ立てろ!

Joel Potrykus&"Coyote"/ゾンビは雪の街へと、コヨーテは月の夜へと
Joel Potrykus&"Ape"/社会に一発、中指ブチ立てろ!
Joel Potrykusの経歴及び短編"Gordon"&"Ape"のレビューはこちら参照。

Potrykusの前作“Ape”は売れないコメディアンのチンケな抵抗を通じて、この社会に対するはぐれ者の怒りと突き立てられる中指の格好良さを独特な形で語ってみせた。先の記事にも記したがこの“Ape”は短編作品Coyoteに続く“獣三部作(Animal Trilogy)”の二作目に数えられている。この三部作ははぐれ者の孤独と怒りを描き出す作品群だが、その通底するテーマ以上に重要な存在が三部作全てで主役を演じているJoshua Burgeその人に他ならない。ということで今回はPotrykusの“獣三部作”掉尾を飾る一作“Buzzard”と異貌の俳優Joshua Burgeについて紹介していこう。

Joshua Burgeミシガン州を拠点とする俳優だ。小さな頃はミュージシャンと俳優どちらも目指していたが、グランド・バレー州立大学で映画製作について学んでいた。しかしある時を境に音楽にのめり込み始め、ミシガン州のグランド・ラピッドでバンドChance Jonesを結成し音楽活動を開始、この地を代表するバンドにまで成長する。そんな中で彼の運命を変えたのがJoel Potrykusとの出会いだった。

"彼とは北ミシガンでビデオゲームで遊んでいる時に出会いました。私たちは同じ大学で同じく映画について学んでいて――彼の方が私よりも長く勉強していましたが――映画の話をするとウマが合ったんです。その流れで彼が監督した"Gordon"について聞いて、実際観てみてかなり気に入りました。それから彼はChance Jonesのショーを撮影したり、それを作品にしてくれるようになりました。彼は私の観客と関係を築く能力に興味を持ち、自分は彼の映画製作に魅了された訳です。そして互いを芸術家として尊重しあうことで、友人となったんです"

こうしてChance JonesのファンだったPotrykusは自分の映画に出てくれないかとBurgeに依頼し、映画好きだったBurgeはそれを快諾、2010年に最初のコラボ作品"Coyote"が完成する。今作で絆を深めた2人は2012年に"Ape"を手掛け、更に2014年には"獣三部作"の完結作である"Buzzard"を作り上げた訳である。

マーティ・ジャカタンスキー(Joshua Burge)は銀行のローン部門で派遣社員として働く日々を送っていた。だが勤勉だとかそういう言葉くらい彼に当て嵌まらない言葉はない。遅刻常習犯で、仕事中も友人のデレク(Potrykusが兼任)とダラダラ喋りまくり上司に叱られ、それでも反省することは全くない。全部がクソだ、仕事内容も給料も何もかも全てがクソ。だがこのクソ仕事を辞める訳にも行かず、マーティの中には日夜不満が溜まっていく。

マーティという人物は典型的な怠け者(Slacker)だ。仕事に就いているだけでも幾分マシだが、彼の心はそこにない。マーティの部屋にはウィッカーマンバタリアンのフランス版ポスターがベッタベタと張られ、部屋着は「デモンズ」のロゴが入ったTシャツだったりと、映画秘宝言う所の“ボンクラ”そのまんまな生活ぶりだ(ほぼ監督の私物らしい)そんな彼の不満は限界にまで近づいてきている。冒頭、彼は任天堂のパワーグローヴを装着しながらゲームを楽しんでいるのだが、ゲームオーバーになると途端にブチ切れ、罵詈雑言を吐き散らかしながらグローヴをガンガン叩きつけ、暴力を撒き散らしていく……

そんな彼が何とか日常を送れるのはあるガス抜きをしているからだ。彼は会社に送られてきた文具用品を上司にリサイクル品と偽り強奪、懇意にしている質屋に売り払い現金にしている。更には仕事で手にした未払いの小切手を着服し、換金して自分のポケットに入れる詐欺行為を繰り返している。この行為の数々はガス抜きであると同時に、資本主義という非人間的なシステムに対する彼なりの抵抗なのである。“Ape”に続いてまたチンケな抵抗だが、リーマンショックなどを経たアメリカでは――そして世界では――チンケさこそがリアルだ。

そしてやはり“Ape”もそうだったが、今作もまた監督の経験を元にして脚本が執筆されており、その時のことについてPotrykusはこう語っている。"自分もマーティのように銀行の住宅ローン部門で派遣社員をしてました。そこでの状況は、3時間休憩して、車の中で昼寝していて、誰も自分のやってることなんて分からないようなものだったので、ずっとサボってましたね。大分前のことなので、物語の構想源になっているかは定かではないですが、少なくとも(マーティと同じような)仕事をしていたことは確かです"

だがアンチヒーローに危機が訪れる。マーティの爪の甘さが災いして、小切手を着服していた事実がバレそうになったのだ。少しの間影を潜めるためデレクの地下室、通称“パーティーゾーン”に逃げ込み、ほとぼりが覚めるのを待とうとする。ここでの生活にはある意味でガキの頃の夢が叶ったかのような陽気さに満ちている。「デモンズ」のTシャツを着ながらテレビゲームに勤しみ、会社から帰ってきたデレクとスナック菓子を使って遊んで、スターウォーズごっこなんか繰り広げて、ボンクラドリームがこれでもかと炸裂しているのだ。勿論この幸せが長く続く筈もないのだが。

ある時、地下室で過ごすマーティの耳にサイレンの音が聞こえてくる。唸りは段々とこちらへと肉薄し、彼の心はゆっくりと握り潰されていく。それが杞憂に過ぎないと分かり安堵するマーティだったが、今度は上から何かの音が聞こえてくる。下に居る人間が何者か探るような不気味な響きにマーティは体を縮こませる。そして生まれるのは“会社か警察が俺を狙っている”という妄想だ。それは薄暗い地下室の中で膨張していき、不気味な響きとして、見えない監視の視線として彼の神経を徐々に磨り減らしていく。

そしてここから物語はアナーキストの妄執に満ちた抵抗と逃亡の記録へと姿を変貌させていく。彼が向かう先はデトロイト、以前は自動車産業で繁栄を謳歌しながら、経済停滞によって現在進行形で廃墟の連なりと化していく“アメリカン・ドリーム”の残骸たる地。資本主義に反旗を翻す者が身を隠すにはうってつけの場所だろう。彼は未払い小切手を換金してホテルへ潜り込むことに成功するのだが、彼の闘争姿勢が端的に現れたシークエンスがここには存在している。ルームサービスでナポリタンだかミートソースだかを注文したマーティは、バスローブに身を包み、ベッドに寝転んだままそれをガツガツと貪り始める。ゾボッゾボボッと麺を啜り行くマーティだが、ソースはバスローブへとボトボト落ちていき、清潔な白は橙色に染まっていく。だがマーティもは気にすることがない、そのまま貪って貪って、バスローブも顔面もベッチョベッチョになるまで貪り続ける。ここにマーティひいてはPotrykusの闘いのスタイルが見えてくる。資本主義が俺を搾取してくるというなら、こっちもお前のシステムを利用して奪えるだけ奪ってやる覚悟しろ!というふてぶてしい態度が。

Potrykus自身もお気に入りのようで、このシーンを通じて自分自身の映画についてこう評している。"カットが好きじゃない、必要のないカットはしたくないんです。("Buzzard"の中で)一番印象的なシーンはマーティがスパゲッティを食べている場面だと自分では思ってます。脚本の中には"マーティがルームサービスからとても素晴らしいスパゲッティを受け取り、食べる"としか書かれてません。(撮影の前)夜に皆で夕食を取っていて、それから撮影しようとしていたんですが、プロデューサーの1人がスパゲッティとミートボールを作ってくれて、それは"よしジョシュ、アンタは歩いてきて、座って、スパゲッティを喰ってくれ。そしたら俺がカットって叫ぶから"とでも言うようでした……まあ実際は叫ばなかったですが、でも何が起こるか観たかったし、そのシーンは実際気に入りましたね。

私は自分のために、自分の趣味嗜好を満たす映画を作ってるだけです。他の誰かが気に入ってくれないのは残念ですが、それでこそ自分にとっては完璧で、そういう意味ではクズ野郎がスパゲッティを喰ってるシーンは完璧なんです。こんな映画を誰も作ったことなんて無かったから、カットする必要はなかったですね。そのせいでジョシュは夕食を食べてからスパゲッティを全部たいらげて、その後なんかベッドでジャンプする羽目になりましたけど。

私は呼吸をしている映画が好きなんです、そこには忍耐が宿っているから。MTVみたいなことはしませんよ、ああいう熱狂的なカット、いわゆるMTVスタイルの編集はもう時代遅れでしょう、少なくとも私のやることじゃない。忍耐が好きなんです、それは退屈とは違いますよ。忍耐強い映画製作と退屈な映画製作、ここに長回しの違いが存在する訳です。もし誰かが自分の映画で退屈したなら悩まざるを得ませんが、それでも私はジョシュの食事シーンは最高に映画的だと思ってます"*1

だが資本主義は自分に仇なす者を、えげつない方法をで以て追い詰めようとする。マーティが手にしている物はポケットに突っ込んだ未払い小切手とゲームグローヴを魔改造して作り上げたフレディ・クルーガーの腕だけ、彼の姿は余りにもちっぽけだ。Joshua Burgeはそれでもなけなしの意地で抵抗と逃亡を続けるマーティに哀感を宿す。妄執に支配され目玉はギョロつき、疲労の色を惨めなまでに露にしながら、彼は中指を突き立て抵抗を続ける。“Buzzard”は大いなる資本主義の不気味な様相を描き出すと共に、そこには生存を賭けて足掻く、チンケで孤高な最後のアンチヒーローの勇姿が浮かび上がる。

"Buzzards"はSXSW映画祭でプレミア上映後、ソロベニア・リュブリャナ国際映画祭で国際批評家連盟賞を獲得するなど話題になり、本国アメリカでも批評家陣に絶賛を以て迎えられる。そしてBurgeに2度目の転機が訪れる。彼にはエージェントがおらず、オーディションに参加する気もあまりなく、IMDbに電話番号を掲載しておいて仕事が来たら儲けものというスタンスでいたのだが、何とあの「レヴェナント」キャスティング・ディレクターからオーディションの誘いが到来したのである。更にBurgeはそのチャンスを活かし、端役ではあるが「レヴェナント」の役を掴み取る。カナダでの撮影は過酷なものだったそうだが、良い経験にもなったという。

そしてこの撮影経験を期に彼は専業俳優となることを決意し、2015年の6月にロサンゼルスへと移住を果たす。先日ニューヨーク映画祭でプレミア上映されたマイク・ミルズの新作"20th Century Women"に出演するなど幸先は良いようである。最後はBurgeが自分の"顔"について語る言葉で記事を締めたいと思う。

"自分の顔は"主演"という柄じゃないのは分かっています。ですが、いつか主演俳優が自分のような顔――キートンチャップリン、スタン・ローレル……――をしている時代もあった、、想像して下さい、そうであった理由は彼らの顔が興味深いものだったからでしょう。興味を持とうとしなくては誰も見ないような顔(中略)何かが異なっている顔です。私の好きな俳優の何人かは良くある美しい顔という訳ではないですが、彼らをスクリーンで観るのがとても好きです。もちろん自分自身の顔の長さだとか幅だとかをコントロールできる訳はないですが、でも私の顔を魅力的と思ってくれたなら、それは立派に仕事を果たしたということでしょう"

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &"I Believe in Unicorns"/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その19 Anja Marquardt& "She's Lost Control"/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
その21 Whitney Horn&"L for Leisure"/あの圧倒的にノーテンキだった時代
その22 Meera Menon &"Farah Goes Bang"/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & "The Girl in The Book"/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & "The Mend"/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&"Sleeping with Other People"/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&"Bone Tomahawk"/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&"I Remember Nothing"/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その29 Perry Blackshear&"They Look Like People"/お前のことだけは、信じていたいんだ
その30 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その31 ジョシュ・モンド&"James White"/母さん、俺を産んでくれてありがとう
その32 Charles Poekel&"Christmas, Again"/クリスマスがやってくる、クリスマスがまた……
その33 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その34 ロベルト・ミネルヴィーニ&"Low Tide"/テキサス、子供は生まれてくる場所を選べない
その35 Stephen Cone&"Henry Gamble's Birthday Party"/午前10時02分、ヘンリーは17歳になる
その36 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その37 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その38 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その39 Felix Thompson&"King Jack"/少年たちと"男らしさ"という名の呪い
その40 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その41 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その42 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その43 Cameron Warden&"The Idiot Faces Tomorrow"/働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない
その44 Khalik Allah&"Field Niggas"/"Black Lives Matter"という叫び
その45 Kris Avedisian&"Donald Cried"/お前めちゃ怒ってない?人1人ブチ殺しそうな顔してない?
その46 Trey Edwards Shults&"Krisha"/アンタは私の腹から生まれて来たのに!
その47 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
その48 Zachary Treitz&"Men Go to Battle"/虚無はどこへも行き着くことはない
その50 Joel Potrykus&"Coyote"/ゾンビは雪の街へと、コヨーテは月の夜へと
その51 Joel Potrykus&"Ape"/社会に一発、中指ブチ立てろ!