鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Joel Potrykus&"The Alchemist Cookbook"/山奥に潜む錬金術師の孤独

Joel Potrykus&"Coyote"/ゾンビは雪の街へと、コヨーテは月の夜へと
Joel Potrykus&"Ape"/社会に一発、中指ブチ立てろ!
Joshua Burge&"Buzzard"/資本主義にもう一発、中指ブチ立てろ!
Joel Potrykusの経歴及び短編"Gordon"&"Ape"のレビューはこちら参照。

Coyote” “Ape” “Buzzard”……米インディー界のパンク野郎Joel Potrykusが監督した、怒れる若者たちを描いた“獣三部作(Animal Trilogy)”は彼の名を一躍世界へと轟かせることとなった。だからこそだろう、彼は新しい一歩を踏み出すことを決意した。三部作で主演を担っていたJoshua Burgeと別れ、住み慣れた町を離れ、大いなる自然の中へと飛び込み、今までとは作風を一変させた作品を作り上げた。それこそがPotrykusの第3長編である“The Alchemist Cookbook”だ。

ミシガン州アレガン、その山奥のトレイラーに住むアフリカ系の青年が、今作の主人公であるショーン(Ti Hickson)その人だ。彼は溶接用のマスクを被り、爆音でヒップホップを響かせながら、何かの科学実験に精を出す。汚れた実験器具、奇妙な色をした液体……そして実験が一段落したらしい彼はマスクを外し、机の中から紋様の描かれた古書を取り出す。そこに書かれているのは錬金術についての文章、これを使いショーンは禍々しい何かに手を染めようとしていたのだ。

前半において“The Alchemist Cookbook”はショーンの密やかな企みを淡々と追っていく。緑の葉が1枚とて見当たらない寒々しき山中を彼は彷徨い歩き、斧で木を切ったり枝を見繕ったりと儀式の準備を着々と進めていく。その合間には川で食料となる魚を釣ったり、彼にとって唯一の友人である猫のキャスと戯れるなどするが、夜は奇妙な実験に耽るのだ。そんな日々は酷く不気味であり、彼が何のために、一体何を行おうとしているのかは全く伺い知ることが出来ない。この謎が観る者の心をゆっくりと鷲掴みにしていく。

撮影は前作“Buzzard”から続投のAdam J. Minnickだ。生々しい感触を以て主人公の一挙手一投足に迫っていく手法は濃密を増し、Potrykus作品の特徴である、例えば“Buzzard”におけるミートソース貪り喰いのような奇妙で滑稽な長回しも顕在だ。ある時ショーンの元に友人であるコルテズ(Amari Cheatom)が訪ねてくるのだが、キャスのために買ってきたというキャットフードを突っ返し、お前が喰え!とショーンがコルテズに要求するという場面がある。キャットフードに向かい合うコルテズ、それを奥で監視するショーン、臭えなそれくっせえ……うるせえそれが良いんだろ、ツナは好きなんだ、俺は中でもツナがとびきり好きなんだ……そう言って口にした時のコルテズの顔、ショーンの笑い。不気味な緊張感が画面を支配する中で、こういった長回しは親しみ深さを伴う清涼剤としても機能していく。

だが○の撮影に全く別の魅力が表れているのにも注目すべきだろう。物語全体を支配するのは山に広がる褪せた茶の色彩だ。生命の全てが枯れ果ててしまったかのような荒涼たる風景の数々は、Potrykus作品においてはかなり異質だ。そしてこの空虚な光景の節々には不穏な気配が満ち渡り、今にもショーンやスクリーンの向こうにいる私たちに牙を剥くのではという不安を掻き立てられる程だ。だがそれを越えて、この荒涼たる自然の中には詩情すらも宿っている。畏怖と魅了の間にある類いの詩情が。

この撮影手法に顕著だが、今作はPotrykus作品において馴染み深い要素と全く新しい要素とが混ざりあう彼にとっての新境地的な作品となっているのだ。Joshua Burgeが体現していた“獣三部作”の主人公たちは日常や社会に鬱憤を抱え、それをチンケな形で爆発させていたが、今作の主人公は彼らの成れの果てのように見える。いくら資本主義に反旗を翻そうとも個は全くの無力であり、抵抗には意味がない、ならせめて資本主義に与せず生きていこうと隠遁者として山へ逃げ込んだ結果がショーンという訳だ。Potrykus自身は今作の製作動機としてこんなことを語っている。

"私の前作"Ape""Buzzard"アメリカ中西部を舞台にした怒れる白人青年についての映画でしたが、それから離れたかったんです。他にも自分が影響を受けた作品は沢山ありますしね。何か違うことをしたかったんです、白人青年も消して、町も消し去って、やりたいことをやろう!と。

錬金術やそれに関する奇妙なことに興味がありました。錬金術師について考える時、魔法使いのような白く長いアゴヒゲを持った白人の老人を思い浮かべるものでしょう。だからそれとは全く逆のことをしよう、錬金術師が森の中で暮らしている映画と聞いて期待するものを全て裏切るような映画を作ってやろうと思ったんです。例えば面白くするためにヒップホップやパンクロックを取り入れるような。私が思うに、映画監督は誰でもまるでパズルか詩のように難解な映画を作って、自分のルーティンから抜けだそうとする。私にとって今作はそんな映画です、観客を試すようなささやかな詩、ジャンル映画的な詩。自分のルーティンから抜け出すために作らなくてはならなかった一作なんです"*1

そして物語は更に奇妙な方向へと舵を切っていく。ショーンが錬金術の書に記されている術式を着実に準備していく中で明らかになるのは、彼が悪魔べリアルを召喚しようとしている事実である。意図的にしろ偶然にしろ悪魔を呼び出した暁にはグロテスクな惨劇が繰り広げられると相場が決まっているが、つまり本作は死霊のはらわたのような傑作からリネア・クイグリーが出演する類いのC級Z級まで、そういった悪魔降臨映画にオマージュを捧げた作品だということがハッキリし始める。だが“The Alchemist Cookbook”に特徴的なのはそういった作品に顕著なオフザケが存在しない、徹頭徹尾マジなトーンで作られている一点に尽きる。

序盤から丁寧に雰囲気を作り上げるにあたって、詩情すら湛える撮影の他にも、木々のざわめき、水の囁き、そして獣の異常な嘶きなど音響が作り込まれ、その効果は絶大だ。そして儀式が進むにつれコルテズらを巻き込んで、歩くような速さで禍々しい何かの跫音が大きさを増していく展開も計算され尽くしている。オマージュを捧げるならここまでやらないと失礼にあたると言った風に全編が細密なまでに構成されているのだ。それでいてこの完成度は、解き明かされることのない謎へと収斂していく様はさながら悪夢のようだ。そしてラストシーンによってその悪夢は完璧なる美として完成を遂げるのである。

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &"I Believe in Unicorns"/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その19 Anja Marquardt& "She's Lost Control"/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
その21 Whitney Horn&"L for Leisure"/あの圧倒的にノーテンキだった時代
その22 Meera Menon &"Farah Goes Bang"/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & "The Girl in The Book"/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & "The Mend"/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&"Sleeping with Other People"/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&"Bone Tomahawk"/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&"I Remember Nothing"/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その29 Perry Blackshear&"They Look Like People"/お前のことだけは、信じていたいんだ
その30 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その31 ジョシュ・モンド&"James White"/母さん、俺を産んでくれてありがとう
その32 Charles Poekel&"Christmas, Again"/クリスマスがやってくる、クリスマスがまた……
その33 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その34 ロベルト・ミネルヴィーニ&"Low Tide"/テキサス、子供は生まれてくる場所を選べない
その35 Stephen Cone&"Henry Gamble's Birthday Party"/午前10時02分、ヘンリーは17歳になる
その36 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その37 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その38 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その39 Felix Thompson&"King Jack"/少年たちと"男らしさ"という名の呪い
その40 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その41 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その42 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その43 Cameron Warden&"The Idiot Faces Tomorrow"/働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない
その44 Khalik Allah&"Field Niggas"/"Black Lives Matter"という叫び
その45 Kris Avedisian&"Donald Cried"/お前めちゃ怒ってない?人1人ブチ殺しそうな顔してない?
その46 Trey Edwards Shults&"Krisha"/アンタは私の腹から生まれて来たのに!
その47 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
その48 Zachary Treitz&"Men Go to Battle"/虚無はどこへも行き着くことはない
その50 Joel Potrykus&"Coyote"/ゾンビは雪の街へと、コヨーテは月の夜へと
その51 Joel Potrykus&"Ape"/社会に一発、中指ブチ立てろ!
その52 Joshua Burge&"Buzzard"/資本主義にもう一発、中指ブチ立てろ!