鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

André Novais Oliveira&"Temporada"/止まることない時の流れはただ

さて、ここで現代ブラジル映画界の趨勢を振り返っていこう。ゼロ年代においてブラジルには暴力映画の嵐が吹き荒れた。フェルナンド・メイレレスシティ・オブ・ゴッドや、ジョゼ・パヂーリャによる「エリート・スクワッド」二部作はその過激さや容赦のなさを以て、世界の映画界に衝撃を与えることとなる。そして嵐が終息したテン年代前半には、ブラジルの不安定な経済状況を反映したドラマ作品が多く話題に上り始める。中産階級の危機を描き出したクレベール・メンドンサ・フィーリョ監督作「ネイバリング・サウンズ」や、やはり中産階級の危機をホラー形式で描き出したJuliana Rojas監督作“Trabahar cansa”などが代表例と言えるだろう。

ではテン年代後半はどうか。私の見る限りで目立つのは、ブラジルの片隅に生きる庶民の生活を素朴に描き出すリアリズム作品の台頭だ。例えばブラジルの消え行く文化の担い手である若者の毎日を淡々と描くGabriel Mascaro監督作“Boi neon”(ちなみにテン年代前半、Mascaro監督は中産階級にまつわるドキュメンタリーを多く作っていた)や、リオデジャネイロのスラム街ファヴェーラで生き抜く女性の姿を、先述のシティ・オブ・ゴッドなどのセンセーショナルな演出でなく、やはり淡々と描くJuliana Antunes監督によるドキュメンタリー“Baronesa”などがその良い例だ。そして今回紹介したいAndré Novais Oliveira監督作“Temporada”は正にその潮流に属する作品だ。

André Novais Oliveira1984年生まれの34歳だ。歴史学と映画学を学んだ後、映画製作を始める。初長編は2014年製作のドキュフィクション"Ela Volta na Quinta"だった。35年連れ添ったとある夫婦をめぐるこの作品は、リスボン国際インディペンデント映画祭で上映後、ブエノスアイレス国際映画祭で審査員特別賞を獲得するなど話題になる。そして2015年に製作した短編"Quintal""Backyard"を経て、2018年に第2長編"Temporada"を完成させる。

主人公は中年女性ジュリアナ(Grace Passô)、彼女は新たな生活を始めるため故郷であるイタウナを離れ、ブラジルの都市部にある街モンタジェンへと引っ越してきたばかりだ。見つけた仕事は、デング熱などの病気撲滅のため家々をめぐり庭や屋外の衛生を管理するというものだ。慣れない仕事に苦労しながら、ジュリアナは新しい生活に少しずつでも順応していこうとするのだが……

今作の第1印象は、正に“素朴”の一言である。余計な装飾や映画的な演出は一切なしに、撮影監督Wilssa Esserは目の前の風景を淡々と映し出していく。カメラは余り動くこともないし、音楽が流れることも殆どない。ただただジュリアナが道を歩き、料理を食べ、部屋を片付け、仕事をこなし、布団で眠るとそんな日常の数々を静かに眺めていくのだ。

それ故か本作にはとてものどかな雰囲気が流れている。ジュリアナたちの時間は本当にゆったりと流れていく。同僚たちはみな気の良い人物ばかりで関係は上々、時には一番の仲良しであるラモンの家へと仕事中に赴き、ストリートファイターをして遊ぶなんてサボりもやらかす。ここで描かれる世界は何だかほんわかしていて、とても優しいものだ。

だが物語の節々に、ただ優しいとは行かないジュリアナの過去が浮かび上がることになる。故郷には夫がいて彼もいずれ合流する手筈なのだが、不慮の事故でお腹にいた赤ちゃんを失ってからというもの2人の関係性は変化してしまった。そんな中で再スタートを切るためにジュリアナは新天地へやってきたものの、夫がやってくるのかどうか確信が持てないでいる。そんな苦い不安が時おり物語に影を投げ掛けていくのだ。

とはいえそんなジュリアナを見つめる監督の眼差しは頗る暖かい。その温もりの中で日常は静かに平和に過ぎていき、時間は確かに何かを変えていく。浮かび上がる日常は傍目から見れば同じようなものにしか見えないかもしれないが、監督はその日常が繰り返されるごとに微妙に違っていることを、その感受性の豊かさによって熟知しているのだ。それ故に日常はどれも繊細に、それぞれ別の形で共感深く描かれていく。

“Temporada”は観ていると、とても心地よい気分に包まれる作品だ。それはまるで太陽の日差しに撫でられながら、ゆっくりと揺れるハンモックに寝そべりながら、昔の日々についてのお婆ちゃんの囁きを聞いているような気持ちの良さだ。何気ない日常、同僚との何気ないお喋り、ちょっとした人生の変化、心に深く刻まれて癒えない傷、郷愁混じる風景、ゆっくりとも止まることない時の流れ……

私の好きな監督・俳優シリーズ
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&"Hooligan Sparrow"/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&"Yek khanévadéh-e mohtaram"/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&"Pharmakon"/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&"Centaur"/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
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その259