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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Joshua Magar&"Siyabonga"/南アフリカ、ああ俳優になりたいなぁ

さて、南アフリカ共和国である。本邦で公開される南アフリカ映画は、アカデミー賞を受賞した作品ツォツィや、オーランド・ブルームフォレスト・ウィテカーが主演した一作ケープタウンに、日本でも大きな話題となったニール・プロムガンプ監督によるSF映画第9地区など、この国に蔓延る人種差別や貧困、苛烈な暴力を描き出した作品が多い。だが勿論のこと、この国にもまた別の側面が存在している。ということで今回は南アフリカの新鋭監督Joshua Magarによる初長編“Siyabonga”を紹介していこう。

Joshua Magorは1991年、南アフリカのピーターマリッツバーグに生まれた。高校でビデオ・アートを製作し始め映画に興味を持つこととなる。エディンバラ大学では英国文学と経済について学ぶが、その後ロンドン映画学校で映画製作について学んでいた。2017年には短編"People at Night"を監督、世界に絶望した1人の男がロンドンの夜を彷徨うという作品だ。そして2018年に初の長編監督作である"Siyabonga"を完成させる。

今作の主役はシヤボンガ(Siyabonga Majola)というアフリカ系の若者だ。彼は演劇に凝っていて、仲間たちと共にいつも演劇の練習に明け暮れている。そんなある日彼らと適当にお喋りしている時、シヤボンガは近くで映画撮影が行われるという情報を知る。どうしても出たい!と一念発起した彼は早速行動を始める。

まず印象的なのは南アフリカの田舎町に広がる風景の数々だ。道では当然のようにヤギや牛の群れが歩いていたり、その傍らでは子供たちが水溜まりに浸かって水遊びを楽しんでいる。そして緑の大地に疎らに家の建つ住宅街では、何故だか住民たちが口笛を吹いて会話をしている。それらは日本人からすると頗る不思議なものに見えるに違いない。

それ以上に私たちの目を惹くだろう事象は若者たちの日常だ。携帯の電波を捉えるために野原に建つ廃墟によじ登る若者がいたり、シヤボンガはWiFiを得るために白人(この地ではumlungusと呼ばれている)の富豪の邸宅へと赴いて、メイドに金を払い、1時間門の前で監督へのメールを送ろうと苦労する。そういったカルチャーギャップ的描写の数々は観る者の笑いを誘うはずだ。

ということで監督へ売り込みのメールを送ったシヤボンガは、正装をして彼らが撮影を行っているというホーウィックという町へと向かおうと決める。だが早速問題が1つ。町まで行くタクシーの料金が払えない!そういう訳で、彼は友人を頼って町をフラフラ彷徨うこととなるのだった。

そして物語はロードムービー的様相を呈するのだが、彼には車も自転車もないので正装で延々と歩き続け、様々な場所を巡っていく。友人の母親にすげなく頼みを断られたり、サッカー談義に花を咲かす悪友2人に“映画に出るんだ!”と話をすると“お前、ディカプリオにでもなんのか!”と笑われたり、白人と関わると呪いに罹るぞと脅されたりと、何だかどこかズレている旅路はとても魅力的だ。

さてこの“Siyabonga”だが、少々変わった成立過程を経ている。役名を観ての通りシヤボンガは本人が演じているのだが、実際彼はMagor監督が載せた広告を読んで、監督に出演を直談判したのである。そんな中でシヤボンガの話を聞くうち彼の人生に魅了された監督は予定を変更、一連の旅路をそのまま映画として再現することを思いついたのだ。そうして出来たのがこの作品な訳である。故に現実と虚構はこの中で複雑に混じりあい、 作品に幾重もの層を作り出しているのだ。

そしてシヤボンガは映画監督と会うことになるのだが、その出会いから物語のトーンは変わり始める。自分の人生について英語で語り続けるシヤボンガ、彼の表情の移り変わりを長回しで克明に捉えていくカメラ。語りが終わる頃、シヤボンガの顔は前とは変わってしまっている。それは何故か、それは彼が人生を語りながら人生について新たに思いを巡らさざるを得なくなったからだ。自分の今までの人生とは一体何だったのか。こうして物語はシヤボンガを予期せぬ場所へと導く。南アフリカの豊穣な自然へと、言葉では形容できない精神的な彷徨へと。

社会問題を鮮烈に描き出した南アフリカ映画の慣れた人にとって、この“Siyabonga”は新鮮で心地よい涼風のように感じられるだろう。雰囲気はゆるふわで、道中には何気ない笑いが満ち溢れている。だがそれだけではない。観る者の心を暖め、笑顔をもたらしながらも、人生の意味を問う旅路の後には確かに甘く苦い切なさが込み上げてくる。

さて"Siyabonga"ロカルノ国際映画祭でプレミア上映された訳だが、今年はもう1本の短編作品"It's Only True Love"が控えている。南アフリカの都市ポポメニを舞台として、過去のトラウマや過酷な現実に直面する若い女性の姿を描いた作品であるそうだ。ということでMagor監督の今後に期待。

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その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
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その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
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