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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ameen Nayfeh&"200 Meters"/パレスチナ、200mという大いなる隔たり

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パレスチナ映画作家たちは魅力的な娯楽性を通じて、パレスチナの現状を語るのに長けた者たちが多い印象を受ける。例えばエリア・スレイマン「D.I.」「天国にちがいない」などにおいて知性に裏打ちされたユーモアと共に、パレスチナの現在を見据え続けている。ハニ・アブ・アサドパラダイス・ナウ「オマールの壁」において切れ味鋭い語りを以て、スリラーの枠内でパレスチナ人の苦境を描きだしている。最近では「テルアビブ・オン・ファイア」が巧みなユーモアと皮肉を以て、パレスチナ人とイスラエル人の緊張関係を描きだしていた。今回紹介する作品は様々なジャンルを横断しながらパレスチナの今を描きだす作品、Ameen Nayfeh監督のデビュー長編"200 Meters"だ。

今作の主人公はパレスチナ人男性のムスタファ(Ali Suliman)だ。彼には愛する妻サルワ(Lana Zreik)と子供たちがいるのだが、仕事の事情とイスラエルによって建てられた壁のせいで離れて暮らしている。彼らの家と家の距離は実に200mしかないのだが、この国においてその距離は途方もない程の隔たりを示しているのである。

まずNayfeh監督はムスタファの毎日を丹念に描きだしていく。彼は妻の家でしばらく家族団欒の時間を過ごした後には、仕事に出かけて同僚たちと労働に明け暮れる。それから帰ってくると、彼は窓越しに妻の家を眺め、電話で彼らと会話をしながら、明かりの明滅によって愛を語りあうのだ。

だが壁を越える時に使う証明書の期限が切れたことから、ムスタファの人生に綻びが現れる。彼が証明書の更新を行っている間、電話がかかってきて息子が自動車事故に遭ったことを知る。彼は急いで壁を通ろうとするのだが、更新したはずの証明書を拒否されてしまい、途方に暮れることとなる。

ここから本作は不条理劇の様相を呈しはじめる。検問所の職員との問答は堂々巡りであり、カフカ的な官僚主義的展開が繰り広げられる。そして検問所の通過を諦めざるを得なくなり、選択肢は密入国を行うバスに乗ることだけだった。たった実際には200mの距離しか離れていないのに、ムスタファはパレスチナイスラエルを横断する旅に出る羽目になってしまう。

今作は不条理劇の雰囲気そのままに、更にロードムービーへの驚くべき変貌を遂げることになる。他のパレスチナ人と共有されるこの旅には様々な光景が現れる。パレスチナに広がる美しい自然、かと思えばパレスチナ人に罵詈雑言を向けるイスラエル人の群衆、それに我慢できなくなった1人のパレスチナ人は道に掲げてあるイスラエル国旗を強奪し、ビリビリに破り去ることとなる。その1つ1つがパレスチナの多様な側面を語るようだ。

そして乗客の中には1人興味深い人物がいる。アンネ(Anna Unterberger)というドイツ人女性はドキュメンタリー作家であり、同行者であるパレスチナ人青年キファ(Motaz Malhees)の旅路を撮影するため常にカメラを回している。この撮影に否応なく巻き込まれる故、他の乗客たちは不快感を露にし、彼女が分からないだろうアラビア語で罵倒の言葉を紡ぎ、ムスタファ自身も彼女に対する不信感を隠せないでいる。

が、アンネが実はパレスチナ人であることが発覚した時、状況は変わっていく。彼女の祖母はヨルダンのパレスチナ人で、父親はドイツへ移住したパレスチナ人だ。彼女はドイツ人とパレスチナ人のミックスであり、この映画撮影は言わば自身のルーツを探る旅のように思える。そこでパレスチナ人は態度を変えるかと思いきや、また別の不快感を抱く。まるで"白人の血が入った奴に、自分たちの境遇を理解されてたまるか"といった風な視線を彼女に向けるのだ。Nayfeh監督はここにおいてパレスチナ人の心に巣食う酷薄な差別の念をも抉りだすのだ。

だが更にここから事態は二転三転していき、観客はその躍動に驚かされることになるだろう。脚本はNayfeh監督自身が手掛けているが、観客の集中力を途切れさせない語りの緊張と濃密ぶりは頗る巧みなものであり、そこからは監督としてだけでなく脚本家としての才気すらも感じられる筈だ。

そして物語が進むにつれて、Nayfehは登場人物たちの背景をも丁寧に描きこんでいき、それが展開と有機的に絡みあうこととなる。ある者の過去が明かされ、ある者の秘密が明かされ、それによってある者は苦悩し、またある者は言葉を越えた感情に襲われることになる。この有機性によって今作の深みはどんどん増していくのである。

"200 Meters"において、私たちはNayfeh監督の巧みな語りに魅了されながら、パレスチナの今を目撃することになるだろう。時に娯楽性というものが"知る"という行為に多大なる影響を与えることがある。他の優れたパレスチナ人監督と同じように、Nayfeh監督もまたこの事実を熟知している。故に彼はパレスチナ映画界の正統なる新たな才能と言えるのだ。

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