鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ruxandra Ghitescu&"Otto barbarul"/ルーマニア、青春のこの悲壮と絶望

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どこの国にも、どの時代にもパンク野郎というものはいて、若く苦悶に満ちた音を響かせているものだ。だがルーマニアのパンク野郎についての芸術作品を、あなたは観たことがあるだろうか?無いのならばあなたはRuxandra Ghitescu監督による驚くべきデビュー長編"Otto barbarul"を観るべきだ。ここにはパンク野郎の悲壮なる魂が刻みつけられているのだから。

今作の主人公は17歳の青年オットー("Alice T" Marc Titieni)だ。ギターを掻き鳴らし、髪を天を衝くようなモヒカンに仕立てる彼は典型的なパンク野郎に見える。だが先日恋人であるラウラ("Mia își ratează razbunarea" Ioana Bugarin)が自分で命を絶ち、彼は深い絶望の中にいた。何をしても淀んだ闇から逃れられない彼の行動は日に日に激しさを増していく。

まず今作はオットーが過ごす反抗の日常を描きだしていく。自分を気遣おうとする両親(Adrian Titieni&Mihaera Sîrbu)たちを無下に扱い、ラウラの自殺原因を調査しにきた人々に対しては露骨なまでに敵意を剥き出しにする。時々はバンドメンバーの元へ行き、ギターの音を響かせながらもそれでは深すぎる鬱憤を晴らすことなど全く叶わないのだ。

彼の日常に広がるのは圧倒的な孤独だ。部屋で独りでいる時、彼はラウラが遺した数々のビデオを観ながら、過去を想う。彼女が"おはよう"と語りかけてくるビデオ、彼女が危険なマジックを披露するビデオ、そして彼女が水風呂の中に沈みこみ自殺を遂げようとするビデオ。そしてオットーはラウラの思い出の中に閉じこもる。

Ghitescu監督の演出は凍えたリアリズムを主体としている。撮影監督のAna Draghiciとともに、Ghitescuは常にオットーの傍らに立ち続け、彼の行動を追跡し続ける。虚飾を一切排する画面に浮かびあがるのはオットーの無表情さに錯綜する言葉を越えた感情の数々だ。私たちは彼の怒りを、彼の哀しみを、彼の絶望を言葉ではなく心で理解するだろう。

この中でより際立つ2つの場面がある。まず1つがオットーがラウラの母であるミレーラ("Marfă și bani" Ioana Flora)に合う場面だ。彼はミレーラを元気づけるためか何度も部屋を訪問するのだが、彼らの交流はとてもぎこちないもので、頗る悲痛だ。ルーマニア映画界の豊穣を代表する俳優Floraの悲壮な演技も相まって、何かその光景から目を背けたくなる思いにすら駆られるのだ。

そしてもう1つがオットーと、ラウラの自殺を調査するコスティン("Etaj mai jos" Iulian Postelnicu)との対話だ。彼は腹いせからオットーに車を破壊されようと、大人として真摯な態度で彼に接し、時には彼の苦境を救うことともなる。だがその度にオットーは彼の優しさと共感を拒絶するのだ。それでもコスティンはそれが自身の責務であるかのようにオットーをケアしようと試みる。この誠実さが作品世界をより深めていくのだ。

しかし劇中において最も痛烈に響き渡るのはオットーの感情が死に絶えていく時の荒涼たる音である。彼が無表情のままにラウラが自殺を行う動画を観ている時、私はそのブカレストを覆う冬の吹雪のように悲しい音を聞くことになるだろう。そしてその凍えるような風は私たちの心で吹き荒ぶのだ。

その意味でオットー役のMarc Titieniは今作の核となる重要な存在だ。パンクな風貌からは想像もできないほど、彼の身体は果てしない虚無を湛えている。そしてやり場のない怒りと絶望が彼を死へと駆り立てていく。この激烈な若さの発露をTitieniは全力で体現しているのだ。

"Otto barbarul"はパンク青年の姿を通じて、ルーマニアに広がる壮絶なまでにドン詰まりの青春を描きだす作品だ。オットーの中で全てが死へと収斂していく中、彼は一体何を選び取るのか。そこに光はあるのか。その道行きから私たちは目を離すことができなくなるだろう。

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