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Katharina Mückstein&"L'animale"/オーストリア、恋が花を咲かせる頃

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恋はいついかなる時間場所でも花を咲かせる。その恋の風景の数々は共通するところがあれば、異なる部分もある。それらについて映画などを通じて知っていくことは、芸術に触れる楽しみの1つでもあるだろう。今回紹介するKatharina Mückstein監督作“L’animale”はヨーロッパの小さな一国であるオーストリアに広がるそんな風景を描き出した作品だ。

今作の主人公であるマティ(Sophie Stockinger)は思春期真っ盛りである高校生の少女だ。男勝りな性格であり、モトクロスバイクを趣味とする彼女は女子ではなく同年代の少年たちとつるんで、楽しい時を過ごしている。両親であるガビとパウル(Kathrin Resetarits&Dominik Warta)との仲も良好であり、悩みは何もないように思える。しかし彼女は将来自分がどうなっていくか想像できない、不安な時期を過ごしていた。

まずこの作品を牽引する要素は、マティが経験する青春の風景だ。彼女は郊外の採石場で仲間たちとバイクで爆走し、スリルを楽しんでいる。その合間には少年たちと粗野なお喋りを繰り広げる。時には仲間の1人が立ちションしたりなんかして、みんなを馬鹿笑いさせ、マティもその輪に混じるのだ。

その青春は微笑ましいものと思いきや、合間合間に監督は不穏な予感をも挿入していく。ある時、マティは少年たちと共にクラブへと赴く。1人の少年がふざけて少女に痴漢をするのだが、当然その行為は喧嘩に発展、2つのグループの間で火花が散る最中、マティは痴漢された少女の元に近寄ると、その顔に勢いよく唾をブチ撒ける。この光景はかなり厭な緊張感に満ち溢れている。

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監督のMüchsteinは映画学校在籍時、あの現代オーストリア映画界の第一人者であるミヒャエル・ハネケに師事していたという。ゆえに今作の演出は最近の彼の作品群に似たリアリズム重視なものであり、映画的な興奮は消し去られていると言ってもいいここにも青春の瑞々しさよりも、どこか居心地悪さや不穏さが充満しているのだ。

しかしその作風は少しずつ変わっていくのにも気づくだろう。ある日、マティはカルラ(Julia Franz Richter)という少女と出会う。彼女はガビの経営する動物病院に来院したかと思えば、偶然仲間たちと寄った食料雑貨店に店員として働いていたりと、何かと目につくようになる。そうやって出会いを繰り返すうち、マティの心の中にある感情が芽生え始める。

監督はそんなマティの心の移ろいを繊細な筆致で描き出していく。病院の用件と偽り、カルラの家へと押し掛けた後、一緒にタバコを吸ったりと交流を深める。そうすると逆に少年たちとつるまなくなっていくのだが、それに気づいた仲間の1人セバスティアン(Jack Hofer)が“恋人になって欲しい”と告白してくる。こうして板挟みになったマティは深い悩みに苛まれていく。

今作は揺れる少女の心を克明に描き出した作品だ。以前いた馴染み深い世界に留まり続けるか、それとも殻を破って新しい世界へと飛び込んでいくのか。マティを演じる○、彼女はそんな大いなる変化の兆しに直面し戸惑いながらも、何とか前へと進もうとする少女の姿を鮮やかに捉えており、印象的だ。

しかしもう1つ今作には重要なテーマがある。前半の居心地悪さの根源はいったいどこにあるのか。それはいわゆるホモソーシャルという概念の排他性に寄るものだろうと考えられる。男性同士の馴れ合いが他者、特に女性たちを不用意にかつ悪意漲る形で傷つける姿が今作では何度も描かれていく。そして女性であるマティもそこに属するゆえに、名誉男性的なメンタリティを保持していることは唾を吐き捨てる場面からも明らかだろう。しかしその凝り固まった感性が同性への淡い恋心によってほどけて、彼女は害のある価値観から抜け出していく。そういう意味で恋(加えて同性に対する)が、ポジティブに描かれていることが今作の要とも言えるだろう。

“L’animale”は恋のその時に広がる情景を他のロマンス作品とはまた違う角度から描き出した青春映画だ。きっと恋をしたマティがめぐる変化のその先には輝ける未来が待っているだろう。そしてそれは監督の映画界における将来についても同じことが言えるだろう。

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