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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ulla Heikkilä&"Eden"/フィンランドとキリスト教の現在

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皆さんはキリスト教におけるConfirmation Campというものを知っているだろうか。このキャンプは思春期のキリスト教徒たちが集まり、信徒である大人たちの導きに従いながら信仰について考えるイベントである。彼らは数日間共同生活を行いながら聖書を読解したり、劇を上演したりするのである。今回紹介するフィンランドの新鋭Ulla Heikkiläによるデビュー長編"Eden"は、このConfirmation Campを通じてフィンランドに生きる若者たちの現在を描きだす試みに満ちた1作である。

アリーサ(Aamu Milonoff)は真面目一辺倒であり、キリスト教に対しても皮肉な視線を向け、信仰を持てないでいる。イェンナ(Linnea Skog)は流行の最先端に敏感な少女で信仰などどうでもいいと思っており、ここに来た目的も祖母からお金がもらえるからという浅いものだ。パヌ(Bruno Baer)は臆病な少年であり、このキャンプで自分を変えようと決意している。そんな少年少女たちが"Eden"の主人公である。

今作は彼ら高校生たちのキャンプにおける生活を群像劇的に描きだしていく。監督の演出はともすれば軽薄と取られかねない軽やかさを伴っている。冒頭、煌めくようなドリームポップを背景として、キャンプの準備を行う少年少女の姿が綴られる。この光景はアメリカのインディーバンドによる新曲のMVと言われても違和感が殆どない訳である。

そして先述通り、キャンプではキリスト教にまつわる授業や催しが行われる。教師たちによる聖書の読解、聖書に書いてある言葉にまつわる議論、聖書で起こった出来事を体験するイベントなどなど。正直この描写の数々はあまりにもキリスト教的というか宗教的なので、私含めて無宗教者の人々は何か違和感を覚えるかもしれない。私の場合は宗教という概念が全く理解できないし、根本のところで毛嫌いしているので、拒否感すらも感じられた。

この一方で監督は個々の少年少女たちの性格を掘りさげていく。アリーサはキャンプでの活動を通じて、むしろ信仰への懐疑が深まっていくのを感じている。そしてパヌは偶然出会った1人の少年に曖昧な感情を抱くことになる。更に教師陣にも焦点が当てられ、特に印象的なのはティーナ(Satu Tuuli Karhu)という若い女性だ。彼女は特に信仰に厚い司祭で熱心に授業を行うのだが、そう簡単に信じようとしない彼らに不満と焦燥を抱くことになる。

最初、私はこの映画が一時期アメリカで流行を遂げたキリスト教啓蒙映画の流れに属する作品ではないかと思った。これは困難に直面した主人公が、キリスト教に心を救われ、信仰を獲得する様を娯楽映画の体裁で描きだす作品群のことで、キリスト教徒から金を巻き上げられるゆえに一時期量産された映画ジャンルだった。ゆえに胡散臭いことこの上なく、今作にもその匂いをわずかに感じたのだが、物語が展開するにつれこの考えは誤りだったと気づくことになる。

監督の眼差しはキリスト教の信仰を観客に押しつけるものではない。しかし信仰について思索を重ねる登場人物たちを揶揄するものでもない。誰の考えをも等しく描きだし、誰の考えにも等しく寄り添いながら、彼らの思考や感情の流れを虚飾を交えることなく観客に提示する。そんな優しさと大らかさにも似たバランス感覚が今作には広がっているのである。

"Eden"を観ながら思い出していた作品がStephen Cohn監督作"Henry Gamble's Birthday Party"(レビュー記事)だ。この作品はアメリカで精力を拡大するキリスト教福音派の1つであるメガチャーチを信仰する共同体を舞台に、ヘンリー・ギャンブルという青年の誕生日を祝うため集まった人々の姿を描いた群像劇である。今作もまたメガチャーチを批判するものではなく、彼らをニュースなどにおけるスティグマ化から解き放ち、彼ら1人1人の考え方の流れやその違いを描きだした、とても優しい1作で深い感動を抱いたことを覚えている。

この"Eden"もまたそんな感動を宿した1作だ。少年少女たちが抱く信仰への様々な思い、それは深い懐疑であったり無条件の信頼であったりするが、監督はこの全てを抱き、肯定していく。そして彼女のヒューマニズムが今作を巧みな形で群像の青春映画へと昇華していくのである。これこそが芸術に求められる多様性であるのではないか、私にはそう思われる。"Eden"フィンランドにおける旧来の伝統的信仰と現代のフィンランドに生きる若者たちの人生が交わりあう様を繊細に描きだす作品だ。私はHeikkilä監督の大いなるヒューマニズムをぜひとも寿ぎたい。

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