
さて、マオリである。ニュージーランドなどに住むオセアニアの先住民であるが、マオリの映画監督で最も有名なのはタイカ・ワイティティだろう。ハリウッドに進出しMARVELにも参加したりしているが、定期的に自身のルーツに根差した作品も作り続けている。そんな彼の前にももちろん先人の映画監督たちがいるわけだが、今回はマオリ女性で初めて長編映画を監督した人物Merata Mita、彼女が1987年に作りあげたフィクション長編“Mauri”を紹介していこう。
今作はカラ(Eva Rickard)というマオリの老年女性の視点から、とある村で繰り広げられる三角関係を描きだしていく。中心となるのは彼女の甥であるレウィ(アンサック・ウォレス Anzac Wallace)だ。彼はとある事情から故郷であるこの村に戻ってきたのだが、ラマリ(Susan D. Ramari Paul)というマオリ女性と交流を深めることになる。両想いではありながら、しかしラフィは過去に罪を犯してしまったという意識から深い関係となることを拒んでいる。そんな彼女に対して想いを抱いているのがスティーブ(James Heyward)であり、その三角関係は複雑なものになっていく。
このようにして物語はマオリ文化を背景としたメロドラマとして展開していく。海辺に位置するこの村では白人たちとマオリたちが共生しているが、その日常の端々で文化や意識の差が露わになる。この三角関係もただの男女ではなく、マオリであるレウィと白人男性であるスティーブの間には微妙な人種的な緊張が確かに存在している。それが愛によって更なる複雑さを宿すことになるわけだ。
Graeme Cowleyによる撮影はロケ地であるニュージーランドの東海岸、そこに広がる美しい自然を壮大なスケールで映し出している。太陽に照らされて橙色に輝く草原、聳えたつ崖とその下で波打つ海……特にマオリの人々はこの果てしない自然にこそ育まれてきたのだという深い敬意を抱いている。それが反映されたかのような強度あるショットが、劇中の随所には現れるのだ。
そしてこういった環境で、先述したマオリと白人たち、マオリの言葉で呼ぶならばパーケハー pākehāの対立が描かれていくわけだ。表立って波風が立っているわけではないが、時に後者の抱く差別が激発を遂げることがある。それを象徴するのがスティーブの父親で大地主のシモンズ氏だ。彼はマオリを下等な存在と見なし、口汚い言葉の数々で人種差別をブチ撒けていく。彼ほどに露骨にマオリへの差別意識を見せることは少ないが、パーケハーの村民たちの間にも多かれ少なかれそれを保持しているのは、例えば登場する警察官の態度を見れば伺えるだろう。
興味深いのはそんなシモンズ氏を演じるのがニュージーランド映画界の立役者ジェフ・マーフィー Geoff Murphyであることだ。「明日なき疾走 Goodbye Pork Pie」がニュージーランドで大ヒットとなった彼はハリウッドにも招かれスティーブン・セガール主演の「暴走特急」などを監督しているが、だがやはりニュージーランド映画界での活動の方が興味深い。1985年に監督した「クワイエット・アース Quiet Earth」はSF好きなら一度は観てほしい異様な傑作だ。
そして彼はマオリの映画人がニュージーランド映画界で活動することもサポートしていた。1983年の監督作「UTU/復讐」は1870年代にマオリと植民者イギリス人たちの間で起こったマオリ戦争を描く作品だったが、ここに俳優として参加していたのが今作の監督であるMerata Mitaだった。彼女とは公私にわたるパートナーともなるわけだが、彼が制作と出演(しかも多数派は嫌がりそうな差別主義者役)を担ったのがこの“Mauri”だったのだ。
ということでここからはMerata Mita監督について紹介していこう。Mitaは1942年ニュージーランドのマケトゥに生まれた。両親はマオリの中でもPikiao ピキアオとTe Rangi テ・ランギと呼ばれるトライブ出身だそうだ。当初は教師として活動していたが、マオリや太平洋諸島出身の生徒たちとの授業で映画を使ううちに映画の力を知り、映画制作を学び始めた。そして自身も属するマオリ文化を描く作品を作っていく中、彼女を一躍有名にしたのは1983年に作った長編ドキュメンタリー“Patu!”だ。1981年日本でも有名な“オールブラックス”と呼ばれるラグビーニュージーランド代表は、アパルトヘイト下の南アフリカで試合を行うことが決まるが、人種差別を公然と行う国で試合をするのか?と国民を二分する議論が巻き起こってしまう。この光景を描きだした作品でMitaは映画監督として名を馳せることとなる。そして次に乗り出したのがフィクション映画制作だった。ここからは批評家Simon Sigleyが執筆したSence of Cinemaの“Mauri”紹介記事から引用していこう。
““Mauri”が製作された時代、ニュージーランドの国内映画産業は大きな拡大期にあった。1940年から1970年までの間に制作された長編はわずか5本だった。しかし1977年にオーストラリア出身のロジャー・ドナルドソンが監督した「テロリストたちの夜/自由への挽歌」(原題:“Sleeping Dogs”)の公開以降、1980年代末までにニュージーランドでは70本の長編フィクション映画が製作されることとなる。Mitaの幸運は二重のものだった。というのも彼女は映画産業のブームの真っ只中にいて、かつ1978年に設立されたニュージーランド映画委員会(NZFC)がニュージーランド文化を反映した地元映画の製作を支援するため、公的資金を提供していたのである。彼女のこの繁栄への貢献は、若い世代が映画を個人的な表現方法、生計(不安定ではあるが)を立てる手段、そして無意識のうちに国家的映画の自己定義の道具として取り入れた大きな変革の一部と見なされるべきだろう。このようにしてMitaは約200万ドルの予算を獲得したが、そのおよそ半分は、マオリ女性が監督する初の長編映画を支援しようと意欲的だったNZFCから提供された”
こうして作られたニュージーランド映画界において画期的な本作は、しかしなかなかの暴れ馬でもある。物語は10年スパンで語られるのだが、Nicholas Beaumanの手掛ける編集はなかなかに錯綜している。どこの時間に軸足が置かれているのかよく分からずに、異なる時間で起こった出来事がランダムにシャッフルされて提示されているような感覚があり、観客は少し当惑するかもしれない。
だがこの錯綜ぶりに太い芯を通すのがカラの存在である。彼女は人を癒やす能力を持ち村中から一目置かれている人物であるのだが、そんな彼女に惹きつけられるかのごとく村では超常的な出来事が起こっていく。しかし少しずつ死に向かっていってる人物でもあり、ある種それゆえの記憶の混濁が編集にも反映されているのではないか?とも思わされるのだ。彼女を演じるEva Rickardは先祖の地をマオリに返還することを求める活動家、そしてフェミニスト活動家として有名であり、俳優としてはこれ以外にドイツとニュージーランドの共同制作映画“Der Flug des Albatros”にしか出演していない(ちなみに今作はドイツ人の主人公が、首都オークランド近くに位置するグレートバリア島で研究をする科学者の母を尋ね、マオリ文化に触れる……という作品らしい)
マオリの人権を守るため生涯に渡って活動してきた人物なわけであるが、そんな生涯を体現するような包容力を持つRickardの存在感が劇中においては遺憾なく発揮されている。彼女こそがマオリとパーケハーの愛憎を見守りながら、対立と無理解を越えた先に何かが生まれるのを目撃するに相応しい人物なのだ。彼女の眼差しこそが、今作を力強く纏めあげているのである。
“Mauri”はこのようにしてニュージーランドに広がる風景を描きだし、本国ではもちろん世界中にいる先住民の映画作家たちに広く受容された。とはいえそういった少数派による/を描いた作品は無理解に晒され、大々的に評価されることなく埋もれることが多く、今作やMerata Mita監督も世界的に知られているとは言い難かった。しかし近年各地の先住民たちによる映画が評価される中で、今作にもスポットライトが当たり始め、レストアを期に再評価が成されることになる。そして2018年には彼女の息子であるHepi Mitaが母の生涯を追ったドキュメンタリー“Merata: How Mum Decolonised the Screen”を制作、このようにして彼女もまた世界的な注目を浴び始めている。
