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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Meryem Benm'Barek&"Sofia"/命は生まれ、人生は壊れゆく

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さて、モロッコである。映画史に残る傑作カサブランカの舞台として有名なこの国であるが、モロッコ自体の映画は少なくとも日本では余り知られていないというのが現状だろう。しかしコンスタントに映画が製作され、何本もの作品がカンヌ映画祭で上映されるなど映画産業に活力はあるのだ。という訳で今回はそんな北アフリカはモロッコの新鋭映画作家Meryem Benm'Barekによるデビュー長編“Sofia”を紹介していこう。

今作の主人公ソフィア(Maha Alemi)は20歳の女性であり、首都カサブランカに家族と共に暮らしている。ある日彼女は腹痛に苦しんだ後、唐突に破水してしまう。従姉のレナ(Sarah Perles)に付き添われ、ソフィアは事態もよく呑み込めないままに出産する。レナから誰が父親かと詰問されるが、ソフィアは沈黙を貫く。

ここでモロッコの文化事情が彼女に影を投げ掛ける。モロッコでは婚外子は認められず、父親が誰かを示す書類が無ければ母親は刑務所へ送られてしまう。それがありながら沈黙するソフィアを説き伏せて、レナはオマールという名前と彼の居場所を何とか聞き出し、家を訪れる。しかし彼やその家族は事実を否定、事態は更に混迷を極め始める。

監督の演出は徹底してリアリズム志向であり、まず彼女はモロッコの日常や空気感を丹念に映し出していく。アラブ文化にフランス語がが混ざりあうような中流階級のモロッコ人の日常風景と、労働者階級のモロッコ人たちが享受する劣悪な生活風景を彼女は対比する。そしてそれらが交わりあうカサブランカの、猥雑な活気が満ちる雑踏の様子をも切り取っていく。そういった要素の数々が今作では鮮やかに捉えられていくのだ。

同時に撮影監督の○は手振れを伴う撮影で以て、逼迫した状況にあるソフィアたちの姿を追う。息苦しく生々しい空気感が画面に満ちわたる様は、それを目撃する者たちの心を瘴気で満たしていくだろう。そして展開が進むにつれて、閉所恐怖症的な感触は、窒息を喚起するほどに増していくのである。

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ロッコにおいて結婚もしていない女性が赤ちゃんを生むことは、母親父親双方の家族にとって頗る不名誉なことだと見なされる。ゆえに家族はソフィアを糾弾し、自身の家族が危機に晒されていることに絶望感を隠さない。ここにこの国の女性差別の実態が見て取れるだろう。ただ必死に生きているだけで、全てにおいて罵られてしまうという地獄がここには広がっているのである。

それでもそんな女性たち同士が連帯する場面もここには存在する。従姉のレナは医学生であり、その知識を生かして危機的状況にあるソフィアを甲斐甲斐しく世話していく。出産が終わった後批判に晒されるソフィアに対しても、レナは献身的な態度で味方で居続けるのだ。しかしその連帯ををも越えるほどに、この国を覆う絶望は底知れないものであるということが徐々に明らかになっていく。

生命の誕生というのは、どんな時でも喜ばしきものであるべきなのだろう。しかし“Sofia”においては周囲の人々の人生を破壊していく悪夢に他ならない。それはモロッコの腐敗した社会システム、家父長制に端を発するものに他ならないだろう。監督はこの悪夢の道行きに国家への批判を託していく。それほどにモロッコという国家の闇は深いということなのだろう。

Meryem Benm'Barek1984年にモロッコの首都ラバトに生まれた。フランス国立東洋言語文化研究所(INALCO)でアラビア語学と人文科学について学んだ後、ベルギーのブリュッセル国立高等芸術研究所(INSAS)で監督業について学ぶ。映画製作と並行して音響芸術も製作しており、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で個展も開いている。

映画監督として有名となるきっかけになった作品は2014年製作の"Jennah"だ。10代の少女が母親との関係性に悩みながら成長していく姿を描いた作品で、アトランタ映画祭とロード・アイランド国際映画祭で作品賞を獲得するなど話題になる。そして2018年には彼女にとって初の長編作品となった"Sofia"を完成させた。ということで今後の活躍に期待。

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