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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都

ベネズエラ映画と聞いて、今まず思い出されるのはLorenzo Vigas監督の"Desde Alla"だろう。中年男性とギャングのリーダーである青年の愛の行方を描き出したこの作品は、Vigas監督にとって長編デビュー作ながら2015年のヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を獲得、話題となった。今後ラテンアメリカ映画界の隆盛と共に、ベネズエラ映画界にも注目が集まることになることは必至だが、さあ私の好きな映画監督・俳優シリーズ70も半ばを迎え、初めての旧作を取り上げようと思う。ということで今回はベネズエラ映画史における知られざる一作"Araya"とその監督Margot Benacerrafについて紹介していこう。

Margot Benacerrafは1926年8月14日ベネズエラ・カルカスのモロッコユダヤ人家庭に生まれた。小さな頃から小説家になることを志していた彼女は、ベネズエラ・セントラル大学で哲学と文学を学ぶ。いくつもの評論や戯曲を執筆し賞を獲得した後、ニューヨークへと留学、そこでは舞台について学んでいたのだが、ある時学生映画に出演する機会を得て彼女の興味はそのまま映画へと向けられることとなる。1950年Benacerrafはフランスに移住することを決め、パリの高等映画学院(IDHEC)で勉学に励む。

1951年、彼女は初の監督作"Reveron"を手掛ける。ベネズエラの国民的画家であるアルマンド・レベロンの生涯を描いたこの短編作品はベルリン国際映画祭で上映され話題を呼ぶ。そして1959年、彼女は初であり且つ唯一の長編作品"Araya"を監督する。

まずあなたは空に浮かぶ雲のその姿に圧倒されるだろう。たゆたうというより、厳然とそこに存在する雲の数々。白と黒、そして灰の硬質な色彩を浮かべ雲たちはそこに在る。かと思えば見えるのは海の光景、どこまでも広がる果てしない海原、寄せては返す泡沫混じりの波、しかし次の瞬間カメラが捉えるのは寒々しい荒れ野だ、サボテンが繁茂し、無数のトゲは痛々しく観る者の瞳を刺す。この光景を目の当たりにする最中、私たちの耳に届くのは雄大剛壮たるオーケストラの響きと詩的で謎めいた言葉の連なりだ。ややもすれば"大仰な"だとか"勿体ぶった"という表現の槍玉に挙がりそうな演出は、しかし広がるあの大いなる自然にこれ程相応しいものはないとすら思える。こうしていつしか紡がれるのは斯くの如き言葉だ、海と太陽の交わいはこの世界に"塩"を産み出した。

私たちは見る、奇跡によって生まれた塩がうず高く積み上がりピラミッドを形成している光景を。塩山は今まで観たこともない圧倒的な白の彩りを湛えて、観客を魅了する。自分が生きている同じ地球にこの山が存在しているのか、この山が数十の連なりを成している場所が存在しているのか、私たちは1秒1秒息を呑みながらそう思うこととなる。

ベネズエラ南東の半島、塩の山が位置しているのはこの地だ。1500年代、塩が黄金よりも高価であった時代にスペイン人はこの場所に辿り着き、共同体を作り上げたのだ。それから400年もの時が経ち、ここには"サリネロス"という人々が今ーーつまりは映画が作られた1959年ーーも伝統を受け継ぎながら暮らしている。そして題名となっている"アラジャ"とは彼らが住んでいる共同体の名称なのであり、"Araya"は地に息づく独特の文化を描き出したドキュメンタリーなのだ。

塩を詰め込んだバスケットを頭に載せ、歩き続ける男たち、カメラは彼らの姿を追いかける。重みに対して些かの揺れも見せず、人々は目的地を目指し歩みを進める。ナレーターは先程のような詩的な言葉を交えながらも、ここからは彼らの名前と仕事内容を淡々と説明していき、私たちの道標となってくれる。それでいてカメラはまた別の集団を撮すことともなる。細長い船の上に立ち櫂をその手に海を漕ぎだす者たち、海辺で塩を馴らす者たち、一糸乱れぬリズムで以て塩を棒で叩きつけ粒を砕く者たち、塩の海に網を投げそれを引き続ける者たち……次々と新しい人物が出てくる流れは少し性急かもしれないが、この作品において性急さは1つの大胆さだ、"サリネロス"の営み全てを捉えようとするとそんな大胆さが映画を支えてもいる。

そして"サリネロス"たちの日常も描かれることとなるが、塩の貯蔵庫がどの家にも存在したり、塩を売ったお金で日々の食糧を調達するなどやはり塩は必要不可欠な存在だ。子供たちは塩の山で遊ぶのだが、2人の子供が山を駆け登っていく中で、ふと手前に少女が現れる、そんな完璧な構図を持ったシーンも浮かび上がるなど、"サリネロス"の営み一瞬一瞬にすら崇高さは宿っているのだ。

だが、あなたはこれを観ながら、作品の裏で何か不穏なことが起こっているという感覚を覚えなかっただろうか。その不安感は突然爆音と共に姿を現す、つまりは機械という存在が。塩をバスケットに詰め運ぶ人々の横では、機械が数倍の塩を軽々と運んでいるシーンが映り、ドキュメンタリーは1つの文化の終焉を予感させるようなトーンを帯びていく。Benacerraf監督はそれを止める術が自分にはないと悟っている、だが彼女は代わりに1つの達成を成し遂げた。いつか忘れ去られるはずだった塩の都、それを2015年に生きる私たちが"Araya"の中に覚えていることが出来るという大いなる達成を。[A]

"Araya"は1959年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、アラン・レネの「二十四時間の情事」と共にFipresci賞を獲得、ベネズエラひいてはラテンアメリカ映画が主要な賞を獲得したというのはこの作品が初めてだったという。

しかしBenacerraf監督はこの後から映画監督としては活躍していない。まずベネズエラ文化芸術国立研究所の所長を3年間勤めたのち、1966年にはFundacion Cinemateca Nacionalを設立、更にカラカス芸術振興会に主要メンバーとして入会、1991年、小説家ガブリエル・ガルシア・マルケスのサポートにより、ラテンアメリカの視覚芸術をプロモートしていく団体Latin Fundavisualを設立するなどベネズエラひいてはラテンアメリカの芸術全般を広めるための活動に尽力する。その影で彼女自身の監督作品は顧みられることがなかったが、2009年"Araya"がリバイバル上映されたのをきっかけとして、Benacerraf監督の再評価の機運が高まることとなった。現在89歳の彼女は、現在もカラカスやパリで精力的に活動しているそう。そして2015年には彼女の生涯を描いたドキュメンタリー"Madame Cinéma"が作られ、彼女の評価は更なる高まりを見せている。ということで、Benacerraf監督の名前をあなたも忘れないでいて欲しいのだ。

参考文献
http://www.arayafilm.com/index.html("Araya"公式サイト)

私の好きな監督・俳優シリーズ
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その2 アンドレア・シュタカ&“Das Fräulein”/ユーゴスラビアの血と共に生きる
その3 ソスカ姉妹&「復讐」/女性監督とジャンル映画
その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
その8 Anne Zohra Berracherd & "Zwei Mütter"/同性カップルが子供を作るということ
その9 Talya Lavie & "Zero Motivation"/兵役をやりすごすカギは“やる気ゼロ”
その10 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その11 リンゼイ・バージ&"The Midnight Swim"/湖を行く石膏の鮫
その12 モハマド・ラスロフ&"Jazireh Ahani"/国とは船だ、沈み行く船だ
その13 ヴェロニカ・フランツ&"Ich Ser Ich Ser"/オーストリアの新たなる戦慄
その14 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
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その16 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
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