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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Mariana Rondón & "Pelo Malo"/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ

自分の髪について、あなたは何か悩みを抱いたことはあるだろうか。私は髪が黒々しく剛毛すぎて、美容院の人に冗談めかしてだが、固い固すぎると嫌みを言われた覚えがある。他の人も髪が薄いだとかクセっ毛すぎるとか、とにかく様々な悩みを抱えている人もきっといるだろう。ということで今回は一人の少年が抱く髪の悩みがベネズエラに内在する、とある問題へと至る優れたドラマ作品"Pelo Malo"とその監督であるMariana Rondonを紹介していこう。

Mariana Rondonは1966年ベネズエラのバルキシメトに生まれた。パリでアニメーションについて学んだ後、キューバの国際映画テレビ学校(EICTV)で映画を学ぶ。1990年には多国籍の制作会社"Sudaca Films"を設立し、ラテンアメリカ映画作家たちをサポートすることを目的として日々製作に勤しんでいる。映像作家としてはエレクトロニック・アートを製作、展示会"You Came with the Breeze"はフランスや中国、スペイン、メキシコなどで開催され話題になる。

在学中の1987年に短編"Zanja y Cuchillo"でデビュー、2本の短編"Cascaras"(1991)、"Calle 22"(1994)を経て1999年にベネズエラとペルーの共同出資・Marite Ugasとの共同監督で初長編"A la Media Noche y Media"を監督する。巨大津波に襲われた後、荒廃してしまったベネズエラの小さな村を舞台に、それでも村に残った3人の男女の人生が絡み合う姿を描き出した作品で、ブエノスアイレス国際インディー映画祭で上映されるなどした。

この後には活動の拠点をTV界へと移し、ミステリー"Postdata: Cronica Roja"(2003)、"Bodas de Oro"(2005)、そしてMarite Ugasと再びのタッグを組んだTV映画"Lo Que se Hereda no se Hurta"(2007)の後、2007年に単独初長編"Postales de Leningrado"を監督する。1960年代、反共を掲げるベタンクール政権で左翼ゲリラが抵抗を続ける時代を生きた両親とその2人の息子を描き出す作品で、ビアリツ・ラテンアメリカ国際映画祭で最高賞、ケララ国際映画祭ではFipresci賞と監督賞、サンパウロ国際映画祭では国際Jury Awardと新人賞を獲得するなど高く評価されることとなった。そして2013年には新作長編"Pelo Malo"を手掛ける。

豪邸のお風呂場にクセ毛のチャーミングな少年が1人、彼は家政婦の母親を手伝うため今からここを掃除しようとしているらしい。だけども約束事が1つだけ、服を絶対に濡らしちゃいけないということ、少年はそれを10秒で破ってしまった。そんな彼が何をするかと思えば、風呂にお湯を貯めて、服も全部脱いで飛び込んでしまう。クセっ毛をお湯に浸して彼は幸せそうにプカプカと浮かぶ、そのうち聞こえてくるのは母親の怒りに満ちた叫び声だ。

この物語の主人公はジュニオ(Samuel Lange Zambrano)という9歳の少年、母のマルタ(Samantha Catillo)や生まれたばかりの弟と一緒に暮らしている。いま学校は夏休み、なので日がな親友の少女(Maria Emilia Sulbaran)と軽口を叩いてスラム街を遊び回っている。だけどジュニオには1つだけ大きな悩みがある。休み明け、学校に自分の写真を提出しなければならないのだが、頭にモジャモジャしているクセっ毛が彼は大嫌い、この髪をストレートヘアーにして、テレビのカッコいい歌手みたいに写真を撮りたかったのだ。でもパーマをかけるためのお金なんか家にはない、どうにかして髪を真っ直ぐにするためジュニオは悪戦苦闘するのだったが……

前半はジュニオの姿を暖かな眼差しで描き出していく。鏡の前でクセ毛に一生懸命クシを通そうとするジュニオ、時にはマヨネーズなんか塗り込んだりして、それが見つかりマルタにキツく叱られてしまう。ある時はお祖母ちゃんのカルメン(Nelly Ramos)のおかげで鏡に半分チリチリ半分ストレートな自分が映り嬉しくなるが、一時的な処理なのですぐ戻ってしまいガッカリ。お祖母ちゃんは歌手みたいになりたいなら髪だけじゃなくて歌と踊りも練習しなきゃなんて言うので、バスの中で歌を練習したりとストレートヘアーのために頑張ったりする。

そんなジュニオの生活は裕福なものとは言えない。家族には父親がいないので、マルタが働かなければやっていけないが、いくら探しても雇ってくれる場所が見つからない。日に日に疲れ果てていく彼女を、ジュニオはただ見ているしか出来ない。そして彼と少女はベランダから向かいのマンションを眺め、そこに住む様々な人の生活を見つめる。十数階ほどの高さの建物に何十もの小さな四角が密集する様は、彼らだけでなくスラム全体に広がる貧困の根深さを雄弁に語る。それでもジュリオは自分らしく明るく生きようとする。

だが彼の光を呑み込もうとする何かが表れ始めるのに、あなたは気付くだろう。マルタは仕事探しの間、何度も何度も前の職場へと足を運ぶ。何かの事件がきっかけで退職せざるを得なくなったようだが、清掃人としてならまた雇っていいとの言葉に、彼女は元と同じく警備員でなくては駄目だとの要求を許さず、事態は平行線を辿る。ここで不気味に表れるのが銃の存在だ。マルタが不可解なほど銃への執着を見せる最中、ふとこんなシーンが挿入される。床に寝転がるジュニオの横顔にカメラが少しずつズームしていく、その途中でサイレンのような音が聞こえてくる、そして銃声、同じ部屋にいるマルタが見ているテレビの音かと思うも、サイレンと銃声の音はどんどん近付いてくる。つまりはベネズエラの貧困はまた銃という名の暴力に繋がっており、マルタたちはある時その暴力によって大切な何かが奪われたことが示唆されていく。

こうしてRondon監督は中盤からマルタの姿にも焦点を当て始め、ある重要なテーマへと私たちを導く。マルタの道筋には貧困と暴力、そして性差別という大きな壁がある。経験はありながら清掃人としてしか雇おうとしないというのも差別表象の1つだろう、警備員などの暴力に直接関わる仕事に女性は雇わない、例え一度は雇ったとしても一回でもドロップアウトしたならもうチャンスはない、こうした男性中心社会の犠牲になったマルタは見る間に疲弊していき、いつしか自分の枷となるジュニオに対し、特に髪をストレートにしようと努力する彼に対して異様なほどの嫌悪感を向けるようになる。

ここで鍵となるのはだ、先にも書いたがかつてはマルタが警備員としての職務を立派に果たしていたことだ。これが何を意味しているかと言えば、今は女性であることで男性中心の社会から爪弾きにされながら、かつてそこにいた経験があるゆえにその社会の価値観をマルタに内面化しているという複雑な状況だ。そして彼女はジュニオの掛かり付けの医師に対してこんな言葉を投げ掛ける。髪をストレートにしようとしたり、バスで歌を唄ったり、この頃何か変なんです、もしかしたら息子がホモかもしれないんです。

"Pelo Malo"で以て、Rondon監督はジェンダー規範がいかにベネズエラの人々を抑圧するかを鋭く描き出していく。マルタの嘆きを知ってか知らずか、彼は祖母が用意した歌手の衣装を見て、こんな女の子みたいな格好は嫌だ、ぼくは男なんだ!と強く拒否する。このマルタの思いとジュニオの思いは同じ場所を指向しながら、その根底にある物が誤って(もしくは社会が人々を操作しやすいように意図的に)仕立て上げられた差別的なジェンダー規範・社会通念である故に、この思いの激突はおぞましい結果を生み出す。だからこそ監督のこれを物語として伝えなければならないという強いメッセージは観る者の心を抉る。"Pelo Malo"ベネズエラに蔓延る貧困・暴力・ジェンダー規範が社会に産み落とした母と息子の致命的な相互不理解を描き出す。観るのが辛くなる瞬間もあるだろうが、しかし重要な作品だ。

"Pelo Malo"トロント国際映画祭でプレミア上映後、スペイン、ブラジル、ギリシャ、アルゼンチン、ルクセンブルクなど欧州やラテンアメリカの映画祭をめぐり話題になる。ハバナ映画祭では作品賞、マル・デル・プラタ映画祭では監督・脚本賞、そして私の好きなサン・セバスティアン国際映画祭では特別賞と作品賞を獲得するなどキャリア史上で最も評価されることとなった。2016年には新作長編"Contactado"を製作予定だそう。ということでRondon監督の今後に期待。

参考文献
http://marianarondon.com/index.html(監督公式サイト)
http://blogs.indiewire.com/shadowandact/interview-mariana-rondon-talks-meaning-in-bad-hair-limited-nyc-run-may-8-10-20150501(監督インタビューその1)
http://www.slantmagazine.com/features/article/interview-mariana-rondon(監督インタビューその2)
http://www.nbcnews.com/news/latino/pelo-malo-director-mariana-rondon-why-her-movie-hits-nerve-n251621(監督インタビューその3)

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