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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く

12月末日、米インディー界の鬼才サフディ兄弟の最新作「神様なんてクソくらえ」が公開される。今作はドラッグ中毒に陥った少女の絶望的な愛を描き出した作品なのだが、ドラッグ中毒を描いた作品にはこれに限らずアグレッシブな作品が多い。まあ、そりゃドラッグ吸ったらハイになるんだからアグレッシブにならない映画の方が変だろう。が、今回紹介するのはそんな変なドラッグ映画である。ということで早速行ってみよう!

Yulene Olaizoraは1983年メキシコシティに生まれた。2002年にメキシコ映画技能センターに入学し、美術監督としてRuben Imaz監督の"Familia Torutuga"などに参加しながら、何本もの短編を手掛ける。

デビュー長編は卒業製作であるドキュメンタリー"Intimidades de Shakespeare y Victor Hugo"だ。物語は監督の祖母が愛したJorge Riosseという青年だ。監督は祖母から彼がいかに魅力的だったか、芸術の才能があったかを聞くのだが、彼女は1つのある疑念を抱いていた、彼は殺人者であったのではという疑念だ。この一捻り加えたメキシコ版「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」といった趣のドキュメンタリーは本国メキシコで上映された後、トランシルヴァニアトロント、チリ・バルディビア、ベオグラードなど世界各地で上映され、このブログではお馴染みブエノスアイレス国際インディー映画祭で作品賞を獲得した。そして2011年、彼女は劇長編デビュー作"Paraísos Artificiales"を監督する。

寒々しさの満ちる海岸、メガネをかけた1人の若い女性が灰色の海を見つめる。静かに、タバコを吸いながら。寄せては帰す泡混じりの波、その残滓が微かに届くあたりを行くのは群れを成す牛たちだ、尾を振り子のように揺らしながらノソノソと、彼女を残して歩いていく。しかし一番後ろにいる茶色い牛が少女の方を向いて、鳴き声をあげる。何してるんだいってそんな響きだ、彼女は無視してタバコを吸い続ける。牛は歩いてゆくが、やっぱり振り向いて、名残惜しそうな声を上げる、彼女は無視して灰色の海を眺め続ける。

冒頭数分、物語はただただメキシコに広がる自然の営みを言葉もなく映し出す。空を覆うほどに密集した数千数万の緑の葉たち、それを仰ぎ見る年老いた男の姿、聳え立つ山々にかかりたゆたう濃厚な霧、山の斜面で一心不乱に草を食む牛の群れ。大いなる自然、悠久の時、その滋味が観る者の肌にゆっくりと染み渡る頃、神への祈りの言葉を以て物語はゆっくりと動き出す。

"Paraísos Artificiales "、つまりは人工の楽園、25歳のルイサ(Luisa Pardo)がいるのはそんな場所だ。だが実情は楽園からは程遠い。かつてはリゾート地として栄えながらも今は繁栄の残骸と化してしまっていたのだ。そこに建てられた狭苦しい小屋でルイサは住んでいる。彼女は辺りをフラフラ散歩した後、この小屋に戻ってきて何をするかと思えばヘロインを吸い続ける。ベッドの隅に縮こまり、アルミホイルをライターで炙りながらガラス管で薬を吸う、その繰り返しを延々とカメラは撮す。この地の荒れ果て様はルイサの人生の荒廃と重なるものだと分かるはずだ。

そんなルイサはいつもの海岸で帽子を被った初老の男サロモン(Salomón Hernández)と出会う。それがもたらす変化を、監督は丹念に描き出していくのだが、ここで印象的なのは他の映画とは一線を画する"遅さ"だ。撮影監督のLisa Tillinger長回しで掬いとるのは時だ。切り返しショットなど時間を分断するものは最小限に抑え、あの世界に流れる時間をありのまま捉えていく。これによってルイサやサロモン、風に揺れる木々が肌に感じ取っているだろう時を私たちもその肌に感じ取ることとなる。

だがOlaizola監督は双方の感覚が完全に重なりあわせようとはしない。何か時間が拡張するとでも言うのだろうか、1分は2分に、2分は4分になっていくのを私たちは感じるだろう。この時から映画は崇高な永遠へと近づいていく。観客の中には引き伸ばされた時間の中で微睡みを迎える者もいるかもしれない。

それでいて"Paraísos Artificiales "が目指すのは永遠を精神的な高みに押し上げるのではなく、人間の即物的な愚かしさへと引き摺り下ろしていく所であることに独特さがある。ルイサのヘロイン中毒はサロモンたちとの出会いによって癒されることはなく、むしろ悪化し、彼女の苦しみは増していく。微睡みは段々と悪夢と化し、観客が肌に感じ取る物も痛みへと姿を変える。ここにおいて永遠とは罰だ。レクイエム・フォー・ドリーム「クリスティアーネF」のように中毒描写自体は過激ではないが、引き伸ばされた時間は底無し沼の如く、彼女を苦しみで蝕んでいく。そうして"Paraísos Artificiales "は永遠という概念の二面性を私たちに語るのだ。

今作に続く第3長編が"Fogo"だ。舞台はカナダのフォーゴ島、永久凍土ツンドラが広がるこの島で生きることを選んだ人々の日常と自然との苦闘を詩情豊かに描いた作品だそうだ。そして最新長編は美術監督として作品に参加したRuben Imazとの共同監督作"Epitafio"だ。1519年、アステカ帝国を支配したエルナン・コルテスの部下であるディエゴ・デ・オルダスら3人がメキシコの活火山ポポカテペトル山を行く姿を描き出した作品で、エストニアはタリン・ブラック・ナイツ映画祭で上映されたばかりだそう。ということでOlaizola監督の今後に期待。

参考文献
https://www.festivalscope.com/director/olaizola-yulene(監督プロフィール)
http://theartsofslowcinema.com/2014/07/07/interview-with-yulene-olaizola-fogo/(監督インタビューその1)

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その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
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