鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Dan Pița&"Duhul aurului"/ルーマニア、生は葬られ死は結ばれる

(注:これ結構前に書いた記事の練り直しなので、冒頭の文は結構の前の出来事です)ブログでも映画配信サイトMUBIの名は何度も出してきたが、このサイトは映画のデータベースという側面も持っており、それぞれのページにはユーザーの感想が記載されるなどしている。自分も英語で感想を書いているのだが、他のユーザーがそれにコメントしてくる時がある。例えばタイの天才作家アノーチャ・スイッチャーゴーンポンについて感想を書いた後、英国人ユーザーからコメントが来て、アピチャッポンより全然良いよね、そっち「ありふれた話」のDVD出てんじゃん羨ましいわ〜など話して友達になったりした。

そんな中、これもブログに何度も書いているが、私はルーマニア映画好きが高じて実際にルーマニア語を勉強し始め、英語の合間にルーマニア語でも感想を記したりしている。ある時、そこに“The Glaceful Blute”(つまりは「しとやかな獣」である)という名前のユーザーが“何でルーマニア語で書いてるの?”なんてコメントを書いてきた。彼女はルーマニア人らしい。私はルーマニア文化、特に映画への愛や、他のヨーロッパ諸国の言語よりもルーマニア語が何でだかしっくりくる、みたいな事を書いて送ったのだが、内心めちゃ興奮していた。ルーマニアの人と友達になりたいという思いはあったが、東京国際映画祭アドリアン・シタル監督に拙いルーマニア語で喋った以外そんな機会はなかった。というか日本に生きていてルーマニアに触れる機会はそうない。突如訪れたこのチャンスに、図々しくもルーマニアの映画や文学で何かチェックすべきって作品ある?と聞いてみたりすると、そこで彼女がこんな作品を教えてくれた。

エミール・チョラン(or シオラン)はもはや説明不要な絶望の反哲学者、ミルチャ・カルタレスルーマニアノーベル文学賞を獲得するなら彼しか居ないと言われる作家なのだが、日本で唯一邦訳されている「僕たちが女性を好きな理由」は正直何か女性観がキモいだけの一作で(そういう意味で彼はルーマニア村上春樹と言えるかもしれない)彼女にこれクソじゃない?と聞いたら、それはクソだから他のを読めと釘を刺された。映画についてはAlexandru Tatosは自分も知っていて、勧められた作品もなかなか面白かったりした。だが他の作家は知らず、私はまずDan PițaMircea Veroiuという2人のルーマニア映画作家が監督した“Nunta de piatr㔓Duhul aurului”を観てみたのだが、これが素晴らしい一作だった訳だ。ということで今回はルーマニア映画史に燦然と輝く2作の至宝を紹介していこう。

まずは1971年製作の“Nunta de piatră”から行こう。19世紀はアプセニ山脈地方に位置する小さなモツ人の町、この町を舞台に2つの物語が紡がれていく。まずVeroiuが監督する1話目の主人公はとある中年女性(Leopoldina Balanuța)だ。夫や息子たちに先立たれ、もはや彼女にはたった1人の年若い娘しか残されていないが、その娘も精神に病を患っていた。女性はそんな彼女が美しい花嫁衣装を着て婚礼を上げる日を夢見て、必死に働き続ける。

1話において、監督は女性が過ごす日々を淡々と描き出していく。朝早くから愛馬を連れて、身体を引き摺りながら町外れの鉱山へと赴く。シャベルを抱えて乾いた土を掘り起こし、そしてまた土を掘り起こしという厳しい肉体労働を女性は娘のために延々と続けるのだ。仕事が終わって雇い主に給料を催促するも、来週には払うからと門前払いを喰らい、女性は家へと帰る。娘の世話をして眠りにつき、翌日起きたとなると彼女は愛馬を連れて、身体を引き摺りながら鉱山へと赴き……

この悲惨な日々には悲壮なまでの崇高さが宿っている。ルーマニアの豊かな緑は不気味な影のごとく女性を取り囲み、今か今かとその命を腹に呑み込もうと彼女を見据える。その一方鉱山には白く染まり濃淡すらほぼ存在していない。人々は黄金など夢のまた夢と思えるそんな砂と石の世界へと黙々とスコップを突き刺していく。その時私たちは底冷えするほど虚ろな響きを耳にするだろう。砕かれる石の響き、傷ついた足が砂利を踏みしめる響き、そしてその響きは女性に幸せを与えることはないとも私たちは知っている。

対してPițaが監督した2話はもっとストーリーを重視した作品となっている。1人のチター弾きが広い野原を歩く姿から物語は幕を開ける。彼は婚礼に向かう途中だったのだが、そこで脱走兵と知り合い友人関係になる。そして2人で会場へと赴き、婚礼は始まるのだったが……

ここにおいて力強く浮かび上がるのが登場人物たちの表情だ。Pițaと撮影監督のIosif Demianは極度のクロースアップで彼らの顔を真正面から見据えていく。そして花嫁とチター弾きの視線が交錯する瞬間、私たちはある予感に襲われると共に、その未来をも幻視するはずだ。その意味では、ルーマニアの映画史において裁かるるジャンヌ「処刑の丘」に匹敵する“顔”はここにこそ存在するのだと断言していいだろう。

さて、監督であるDan PițaMircea Veroiuは70年代においては新世代に属する作家たちであった。時はチャウシェスク台頭の時、社会主義の更なる進展は歴史を背景としたプロパガンダ映画かもしくは薬にも毒にもならないコメディ映画(とは言え面白いことは面白い。"Nea Marin miliardar"とかは傑作だ)が量産される時期に来ていた。そんな中で彼らはこのブログでも監督全作品を紹介したLucian Pintilieや惜しくも早世した先述の映画作家Alexandru Tatosらと共にルーマニア映画界を引っ張っていったのである。そんな2人はVeroiuが90年代に早すぎる死を遂げるまで映画製作を共に続けたのだったが、先述した“”と並んで2人の代表作ろ言えるのが今から紹介する“Duhul aurului”なのである。

“Nunta de piatră”と同じ体裁を取っている本作、Veroiuが監督した第1話の主人公はムルザ(Liviu Rozorea)という若者だ。彼は黄金を強奪した後に、パブへと逃げ込むことになる。そしてそこの主人の厚意で宿に泊まることとなるのだったが……Pițaが監督した2話目もまた黄金を中心とした物語である。町ではクレメンテ(Ernest Maftei)という老人が大量の金を隠し持っているともっぱらの噂だった。それに釣られある若い女(Lucia Boga)が彼と結婚し、老い先短いだろうクレメンテの死に乗じて金を奪い取るという計画を立てる。

さてここで少し“Nunta de piatră”の話題に戻るが、この作品において重要だったのは婚礼/生だった。無心で働き続ける女が追い求める娘の花嫁衣装、チター弾きたちの登場により事件の巻き起こる結婚式、これらが正にそれを象徴している。逆に“Duhul aurului”において重要なのは葬式/死である。冒頭で淡々と銃殺刑に処される罪人たちを映し出す一連の場面、ある者の死によって町で繰り広げられる盛大な葬式、“Nunta de piatră”と逆転したような出来事が今作では起こることとなるのだ。

そんな鏡合わせのような2作品を繋げるのがルーマニアの伝統文化である。19世紀、この国においては未婚の若い女性が亡くなってしまった時、彼女は花嫁として大地に葬られるというしきたりが存在していた。つまり彼女の葬式は同時に結婚式でもあるのだ。ならば逆に彼女の結婚式は同時に葬式でもあり得るということだ。このどこか不気味な伝統が2つをおぞましくも美しく共鳴させるのである。“Duhul aurului”2話の最後、隠されていた黄金が全部石だと知った若い女は絶望に狂った末に死んでしまう。そうして開かれる葬式の中でクレメンテはまた黄金に魂を見入られた女を見つけ出し、婚礼を上げることになる。この終わりなき循環によって、“Nunta de piatr㔓Duhul aurului”ルーマニア映画史において永遠の輝きを放つこととなったのだ。

ルーマニア映画界を旅する
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