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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Bogdan Mirică&"Câini"/荒野に希望は潰え、悪が栄える

今現在、世界から求められているルーマニア映画とは一体何か。チャウシェスク政権が現代に残した傷を見据える作品、もしくはチャウシェスク政権における抑圧を鋭く描き出した作品の数々と言える。そんな中でユニバーサルな感覚を持つルーマニア映画は国際映画祭で無視されがちな傾向であった。ジャンル映画も同様であり、例えばルーマニア製ラブコメ“Selfie”"Love Building"などは国内のみで観られ、世界にはほとんど見向きもされない。自国でもそういう映画は作られているのだから、別に必要はないという感じだろう。

しかしそんな状況が最近変わってきた。タランティーノ的な時間交錯で恋人たちの愛を描くカリン・ペーター・ネッツァー監督によるロマンス作品“Ana, Mon Amour”や、身体と世界の抜き差しならぬ関係性を描き出したAdina Pintilieによるベルリン金熊賞受賞作“Nu mă atinge-mă”(しかも使用されている言語は英語とドイツ語だ)など、そういった普遍的感情に訴える作品が正当に評価されるようになってきたのだ。そしてその風穴を開けただろう作品は1作のノワール映画であったと言える。その映画こそがBogdan Mirică監督によるデビュー長編“Câini”だ。

Bogdan Miricăは1978年ルーマニアに生まれる。ブカレスト大学でジャーナリズムとコミュニケーション学を学んだ後、編集者やコピーライター、小説家、広告会社のクリエイティブ・ディレクターなど様々な職に就いていた。その後ロンドンのウェストミンスター大学で脚本について学び、ルーマニアに戻った後は脚本家として活動、"Ho Ho Ho"(2009)や"Las fierbinți"(2012)を手掛ける。監督としては2011年に初の短編"Bora Bora"を製作する。大洪水の後にとある中年男性が犯罪に手を染め始める姿を描いた本作は、トランシルヴァニア国際映画祭の短編賞を獲得するなど話題になった。そして2016年には初長編である"Câini"を手掛けることとなる。

ルーマニアのとある田舎町、ロマン(毎度お馴染みドラゴシュ・ブクル)はある目的のためにブカレストからこの地へとやってきた。彼の祖父であるアレクが亡くなったことで、彼の所有していた広大な土地を受け継ぐことになったのだ。土地などには余り興味のないロマンはそれらを売り払い全て清算しようと思っていたのだが、そう簡単に事態に収拾はつけられないことを知る羽目になる。

物語展開に共鳴するようにMiricăの演出もまた頗る不穏なものだ。まず特徴的なのは冒頭だ。カメラは踏みしだかれた草地をゆっくりと這いずるように捉えていき、とある湖へと至る。そこへと遅々としたズームを遂げるうち、水面に不気味な水泡が浮かび出す。そして鼓膜に泥つく響きと共に、切断された足が現れる。ブルーベルベットの冒頭をも思わすこの異様な場面は、先に広がる暗澹として危険な先行きを私たちに語っていく。

次に観客の目を惹くのは、ロマンの周囲に広がる荒れ果てた世界だろう。生気を根こそぎ刈り取られ、後には生の残骸のみが広がるといった荒野の光景はぞっとしない感覚を越えて、もはや聖的なまでに崇高なものだ。そしてその中にポツンと佇む家屋の姿は終末世界のそれを思わせるほど侘しいものだ。撮影監督のAndrei Buticăはそんな光景の数々をワイドスクリーンで捉えることによって、神が死んだ後の世界を私たちに幻視させる、この世界こそ犬ども(“Câini”という言葉が意味するのは正にその"犬ども"である)が這いずる相応しい場所なのだと。

そして物語は不穏な何かの片鱗を浮かび上がらせていく。ある時ロマンの元に訪れるのは警察署の署長であるホガス(“Terminas Paradis” Gheorghe Visu)だ。彼はアレクがこの町を牛耳る存在であったことを聞き、それが原因で土地を容易には売買できないと伝えてくる。このことを証明するように、ロマンの周りに正体不明な男たちが忍び寄り始める。

今作を一言で現すとするならやはり“ノワール”という言葉が相応しいだろう。特に顕著なのはアメリカの南部ノワール「プロポジション-血の盟約」などのオージーノワールからの影響だ。全てが無機質な荒野に包まれた世界、男たちの緊密な関係性とその不気味な余波、そういった要素が今作には詰め込まれている。だが何よりこの映画が影響されている作品といえばノーカントリーを措いて他に存在しないだろう。老いた警察官ホガスの存在、町や国の未来を憂いながらも自分に出来ることはないと絶望するしかないという、彼の抱く強烈な虚無感。それはトミー・リー・ジョーンズ演じる保安官のそれと軌を一にするもの言えるだろう。

つまりこの映画は先述したノワール作品を、ルーマニアにおいて再解釈した作品と言えるのだが、それ故に上述した作品とは一線を画した感触を伴っている。ルーマニア映画の演出法の特徴として1つ挙げられるのが徹底した長回しだ。この作品においてそれが顕著に現れるのが会話場面である。Buticăは会話する主体を真正面から捉える、まるで切り返しという概念がないかのように捉え続ける。だが切り返しの代わりに、彼は頗る遅々としたズームを行う。まるで粘ついた泥が地面に広がるようなズームで彼は、会話する主体を見据えながら、その実彼らの奥に広がる禍々しい何かの存在を見据えているのだ。そうして登場人物がいつ惨たらしく殺害されようともおかしくない、不穏な雰囲気が醸造される。

更にコルネリュ・ポルンボユクリスティ・プイウといったルーマニアの作家たちが長回しをするのはある大きな理由がある。現実を可能な限り純粋な現実として捉えるやり方として連続性を重視するゆえ、長回しという手法を必然的に選択することとなるのだ。それ故ルーマニア映画には他の映画とは異なる時間感覚が共有されているが、今作にも正にそれが継承されている。例えばホガスが切断された足の先端を家に持ち帰る場面、彼は上半身裸で夕食を食べながら、その人肉から靴や靴下を取り除いていくのだが、カメラは先程のスローズームを以てその光景を描き出す。塊を見つめる、夕食を食べるのを止める、フォークで靴下を剥ぎ取る、露になった足の爪を眺める、そういった行為の数々が一切の省略もなく描かれるのだ。この徹底的な連続性は過ぎ去る時間それ自体を捉え、禅的なまでに研ぎ澄まされていくが、このノワール的要素と禅的な要素とがこの“Câini”では奇妙な融合を遂げているという訳だ。

そして演出が後者の要素を担うならば、前者の要素を担うのが俳優たちの存在感だ。ロマンが事態を何とかしようとする中で現れるサミールという人物、彼を演じるルーマニアの名優ヴラド・イヴァノフはその筆頭と言えるだろう。アレクの元部下役として登場した彼は、最初気さくな一面を以てロマンへと近づいていくが、徐々にその邪悪な一面を露にしていく。彼の存在感は物語に通低する禍々しい何かを象徴しているのだ。“Câini”は未来なきルーマニアに広がる、果ての光景を映し出した陰鬱なノワール作品と言えるだろう。だが良い意味で皮肉的なことに、ルーマニア映画の多様性を世界に認めさせた偉大なる作品としても今作はルーマニア映画史に残ることとなるだろう。

"Câini"カンヌ国際映画祭のある視点部門でプレミア上映され国際批評家組合賞を獲得後、サラエボ映画祭で審査員特別賞と男優賞、トランシルヴァニア国際映画祭で最高賞、ゴーポ賞(ルーマニアアカデミー賞)では主演男優を獲得することとなった。

Mirică監督が現在取り組んでいるのはHBOルーマニアで放映のドラマ作品"Umbre"だ。表の顔は家族思いの父親、しかし裏の顔はギャングの用心棒という中年男性の二重生活を描き出したハードボイルド作品、と見せかけたブラック・コメディである。主演は"ルーマニアの新たなる波"と言えばこの人と言うべき俳優シェルバン・パヴルである。2014年にシーズン1が、2017年にはシーズン2が放映されるなどなかなか人気があるようだ。Miricăは脚本とエピソード監督を兼任している(もう既に観たルーマニアの友人によると、罵詈雑言がめっちゃ汚く且つ独創的で最高だそう。内容はまあまあらしい)ということで、Mirică監督の今後に期待。

ルーマニア映画界を旅する
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