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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Marie Kreutzer&"Der Boden unter den Füßen"/私の足元に広がる秘密

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ローラ(Valerie Pachner)はビジネス・コンサルタントとしてオーストリアとドイツを飛び回る日々を送っている。仕事の首尾も上々であり、今後これが続けばオーストラリアへの栄転もあるそうだ。上司のエリーゼ(Mavie Hörbiger)とは公私に渡るパートナーであり、恋愛状況も悪くない。端から見れば、ローラの全ては順調に思えた。

序盤、今作はプロフェッショナルとしてのローラを描き出していく。どんな相手にも臆することなく意見を出し、仕事を勤勉に前進させていく。彼女にとっては休みも終業時間もほとんど意味がない。時間がある時は、ストイックなまでに仕事に取りかかる。時おりホテルの一室でエリーゼと愛しあう時間は唯一心が安らぐ時間で、そこには幸福な親密さが宿っている。

しかしローラはある秘密を抱えていた。同僚や上司には天涯孤独の身だと言っていたのだが、実は彼女には姉のコニー(Pia Hierzegger)がいる。彼女は20代で精神の均衡を失い、精神病院への入退院を繰り返すような状況にあったのだ。仕事の合間、見舞いに行くのだがあまり調子は良くないように思える。そしてある時、彼女から電話がかかってくる。“私は病院に監禁されてる。助けて”と。

こうして隠し通してきた姉の存在が、仕事にまで介入し始める。コニーは時間を問わず電話をしてきて、仕事に邁進するローラの集中を乱すばかりではなく、どこから聞きつけたか会社にまで電話を寄越し、危うく彼女の存在がバレそうになる。そして電話がかかる度、彼女の調子はどんどん悪くなるようだ。そして仕事と姉の板挟みになるうち、ローラの心もまた均衡を失い始める。

この流れを経て、本作は心理スリラーとしての側面を持つこととなる。速度を伴ったUlrike Koflerによる編集は、現実を淡々と映し出しながらも、その速度の中に狂気を芽生えさせる。さらに心が震わされる中で、彼女は看護師からコニーは電話を許可されていないという信じられない事実を聞く。今まで電話越しに聞いてきた彼女の声は全くの幻聴だったのか、それとも……

ここで印象的なのは、Leena Koppeの硬質な撮影だ。寒々しい装飾とガラスの反響、透明感のある闇の数々が彼女のカメラに映し出されることによって、ドイツとオーストリアの日常の風景は切れ味鋭い不穏なものへと姿を変える。そしてカメラに捉えられることによって、登場人物たちの表情もその不気味な揺れを濃厚なものにする。この硬質さの中でこそ、緊張感は否応なく高まっていくのである。

さて今作のテーマの1つとしては公私の均衡、ワークバランスの維持が挙げられる。日本ではもっぱらバランスを失った末の過労死が多く叫ばれる。その原因は会社や社会体制の非道さに追い詰められるゆえもあるが、個人が余りに勤勉ゆえに自分で自分を追い詰めるという側面もあるだろう。今作を観る限り、ドイツは後者の方が多く当てはまりそうだ。ローラは休みも仕事を続け、深夜1時を越しても仕事を止めない。しかも住む国と働く国が違うゆえ、通勤は飛行機だ。これを続けてストレスを貯めない訳がないだろう。このローラの危うさが、作品に更なる不穏なレイヤーを宿すのだ。

これとは異なる魅力的なレイヤーを宿していくのが、女性たちの間に紡がれる複雑微妙な感情の数々だ。ローラは精神を患ったコニーを疎ましく思いながら、見捨てることはできないし、唯一の肉親である彼女に親愛の情を抱いている。一方でローラとエリーゼの間には愛情が満ち渡りながらも、長年ひた隠しにしていた秘密を告白しなければならなくなった時から、彼女たちの関係は少しずつ変容していく。こうしてコニーを起点として、物語には緩やかな三角関係が形成されることとなる。この関係性がどこに向かうかが、今作の鍵でもある。

俳優たちはみな印象的な演技を見せてくれるが、特に印象に残るのはやはりローラを演じるValerie Pachnerだ。彼女は日本でも公開された「エゴン・シーレ~死と乙女」にも出演していたが、真のブレイクスルー作品はこの1作になるだろう。表面上は冷静沈着で何事にも動じない姿を見せながらも、水面下では激情の波に呑まれ崩れ去ろうとしている、そんな壊れゆく女の系譜の最先端に彼女はあると言える。露にする表情は乏しいながらも、その乏しさこそがここでは豊かさに変換されていくのだ。“Der Boden unter den Füßen”はある秘密を抱えた女性がめぐる激動を通じて、公と私の均衡を保つことの難しさや危うさを描き出す作品だ。

Marie Kreutzerは1977年オーストリアのグラッツに生まれた。ウィーン映画アカデミーで脚本執筆について学び、ドキュメンタリー作家・劇作家として活躍する。2011年には初の長編"Die Vaterlosen"を監督、父の死後隠し子の存在が明らかになったゆえに広がる波紋を描き出した作品だ。第2長編"Gruber geht"はガンが発覚したプレイボーイの戸惑いを、第3長編"Was hat uns bloß so ruiniert"は親になることを決めた3組のカップルを描いた作品だ。そして2019年に完成させた"Der Boden unter den Füßen"ベルリン国際映画祭コンペティション部門に選出、大きな話題となった。ということでKreutzer監督の今後に期待。

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