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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ena Sendijarević&"Take Me Somewhere Nice"/私をどこか素敵なところへ連れてって

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旧ユーゴ圏において血みどろの紛争が繰り広げられる中で、ユーゴスラビアの人々は平和を求めて世界各国へと離散することになる。その中でそれぞれの第2の故郷で成長を果たし、育っていった世代が映画作家として活躍する時代がやってきた。ロッテルダム国際映画祭のコンペティション部門で先頃上映された作品“Take Me Somewhere Nice”の監督Ena Sendijarevićは、正にその世代にある映画作家だ。そして本作はオランダで育ったボスニア人作家による自身のルーツをめぐる魅力的な作品となっている

アルマ(Sara Luna Zoric)は母と一緒にオランダに暮らすボスニア人の少女だ。ある日、自分たちを置いて故郷に戻った父が病院に担ぎ込まれたとの連絡が入ってくる。母は自分を見捨てた彼に嫌悪感を隠さないが、アルマの心の中には様々な思いが渦巻く。そして彼女は父の元へと行くために、ボスニアへと旅することを決意する。

しかし旅はそんなに甘くはない。ボスニアに辿り着いたは良いのだが、頼りにしていた従兄弟のエミール(Ernad Prnjavorac)は多忙なのを理由に旅への同行を拒否してくる。仕方がないので独りでバスに乗って出発するも、揺れが酷すぎるゆえ休憩時間にゲロをブチ撒けている間にバスは出発、スーツケースごと交通手段を失ってしまう。途方にくれるアルマだったが、悩んでも意味ないのでヒッチハイクを始めるのだったが……

今作は奇妙な味つけの青春ロードムービーとなっている。劇中には間の抜けたユーモアが満載だ。映画は観客との間で絶妙な距離感を保ったままに、真顔で変な事件を起こしまくる。それに翻弄されるアルマの姿は、思わず観客を笑わせてしまうような可笑しみに満ち溢れている。

その独特のリズム感を支えるのがにEmo Weemhoffよる撮影だ。冒頭から他の平凡な作品の数々とは世界の見方や切り取り方が違うというのが分かるはずだ。空間を普通とは違った洗練されたシュールさを以て捉える感覚、現実離れした鮮やかな色彩の氾濫、光と影の滑稽な交わりあい。こういった要素の数々によって、本作はどこかおとぎ話的な感触も獲得している。

さらにこの印象を高めているのが、ミュージシャンでもあるがElla van der Woude手掛けた音楽だ。いわゆるベッドルーム・ポップという音楽ジャンルが存在するのだが、それはローファイ感を白昼夢の夢心地に接続するジャンルだと形容できる。これが全編において効果的に流れていくのだ。聞いていると、何だか自分が虹色の雲になったような気分になり、世界を漂うとそんな感覚を味わうことができる。

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そういったボタンを1つか2つほどかけ違えたような不思議な世界を、アルマは旅していく。何だかんだで来てくれたエミールと彼の“インターン”と自称する青年デニス(Lazar Dragojevic)と共に、彼女は車でボスニアを行く。父親が入院しているという病院に行ったり、彼が住んでいる家に行ったり、時々は車で野原を駆け回ったりと、彼女たちは様々な場所をめぐっていくのだ。

ボスニアのそんな風景にはどこか異国情緒が漂っている。サラエボの中心街に位置するネオン輝くデパート施設、キャバレーの極彩色の場末感、父親が住む住居の共産主義的ブルータリズムが濃厚な外観、どこまでも広がる荒涼とした野原。アルマはオランダとは微妙に異なる、故郷の景色の数々に心を揺り動かされていく。

だがその心にボスニアの現実が迫ってくる。確かにアルマはボスニア人ではある。しかしオランダに移り住んだ彼女と、ボスニアに住み続けるエミールたちとの間には確かな壁が存在している。彼らは旅を手伝ったり友好的な態度を取ったりしながらも、微かな不信感をも抱いている。そこからはボスニアが今直面している貧しい現実の存在がある。持つ者と持たざる者の微妙な分かりあえなさが厳然として存在するのだ。

それでいて劇中においてはこの緊張感を背景として、愛とも他の感情ともつかぬ三角関係が形成される。最初アルマはデニスと良い雰囲気になるのだが、彼には恋人がいるらしい。エミールは性格的にクソ野郎で無職というダメっぷりだが、時おり無性に愛おしくなる瞬間があったりしてアルマの心は揺れる。この少女漫画を彷彿とさせる複雑な三角関係もまた、旅を彩っていくのだ。

今作の核になるのはアルマを演じるSara Luna Zoricの存在感だ。常に野良犬のような不機嫌な表情を張りつけながら、彼女は旅を続ける。その中でふてぶてしい態度を取るかと思えば、驚くほどに繊細な表情を露にすることもある。この思春期特有の不安定な二面性が、今作をさらに興味深いものにしていると言っていいだろう。

“Take Me Somewhere Nice”は自分のルーツを探ろうとする少女の不思議な旅路を描いた作品だ。背景にはアイデンティティーの探求やボスニア紛争の深い傷跡など難しいテーマが絡み合っている。しかし観客は、それら全てを包み込んだ、本作の寛大なる愛らしさに深く魅了されること請け合いだろう。

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