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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Anja Kofmel&"Chris the Swiss"/あの日遠い大地で死んだあなた

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アニメーションというのは目に見ることのできないはずの様々な感情を、私たちの目の前で鮮やかにかつ魔法のように描き出していくメディアだ。生の喜びや楽しみ、哀しみ、そしてその全てをうちに抱いた愛をもアニメーションは豊かな映像で以て描き出していく。Anja Kofmel監督作であるアニメーション作品“Chris the Swiss”は正にそんな生の複雑を綴りあげた作品と言ってもいいだろう。

この映画の監督であるKofmelはあることを明確に覚えている。小さな頃、好きだった叔父のクリスが亡くなってしまった時、彼の出てくる夢を見たこと。その日を境に彼女にとって叔父は未知の場所で命を落とした勇敢なヒーローになり、クロアチアという国もまた美しい幻想の国へと姿を変えた。しかし彼女は知らない。彼はなぜ死んだのか、そもそもなぜクロアチアへ行ったのか。

大人になった後、そんな謎を探るために監督は調査を始める。クリスという人物は元々ジャーナリストであり、スイスにおけるホームレスの問題を主に扱っていた。しかしユーゴスラビアで紛争が勃発した後に、彼は現地で何が起こっているかを知るためクロアチアへと赴き、そして亡くなったのだった。この空白にこそ謎は隠されている訳である。

監督は実際にクロアチアへと旅行すると共に、彼が生前に残していた日記を頼りに痕跡を辿っていく。そこには様々なことが記してある。クロアチアへ向かう電車の中で出会った女性、町の中で爆撃や銃撃を潜り抜けた経験、ホテルにおける他のジャーナリストたちとの交流。彼女は実際に現地の状況を眺めながら、クリスの足取りを自分の目で目撃していく。

そんなクリスの道行きはモノクロームのアニメーションで以て綴られていく。人物や建物などを描く線はとても素朴なものでありながらも、白と黒のグラデーションはすこぶる繊細で美しいものだ。親しみやすさを感じさせると同時に、アニメーションというものの精緻さに触れることのできる作画と形容できるだろう。

そして映画の序盤においてはその素朴な線に見合った牧歌的な雰囲気が物語には流れることになる。しかしクロアチアの紛争へと物語が足を踏み入れると共に、息を呑む不穏な絵がいくつも現れることに私たちは気づくだろう。銃撃によって破壊される建物や車の数々、陰鬱な空気に満ちた世界を駆け抜ける真っ黒い兵士たち、そんな彼らが直面する死の頭上に立ちこめる濃厚な雲の数々。それらはクリスの踏み込んだ世界がいかに危険なものかを饒舌に語る。

そして監督はクリスの悲劇的な道行きを暴き出していくこととなる。ジャーナリストとして傍観者でいることに耐えられなくなったクリスは外国人傭兵部隊に入隊することになり、彼は仲間と共に、セルビア人たちを殲滅する任務を遂行していくことになるのだ。しかしその部隊は極右思想に染まった過激な部隊であり、それゆえに彼の人生は狂っていく。

今作は歴史的な記憶と個人的な感情の合流地点に存在する映画作品だ。クロアチアという国がめぐる血塗られた歴史、その一端として民族の問題があり、宗教の問題がある。そんな大きな問題の数々をクリスは意図せずして背負うことになる。その先に必然的にあるのは死だけであったのだ。

それでいて“Chris the Swiss”の核にあるものは監督の言葉にはできない思いだ。子供の頃におけるヒーローであったクリスの真実の姿は、そんな純粋に英雄的なものではなく、むしろ残酷なる血に染まったものだ。それを知っていく過程は同時に、監督の心が傷ついていく過程でもある。それでも捨て去ることのないものが、クリスという人物への郷愁にも似た暖かな愛だ。彼女はそれを描くために実写ではなく、アニメーションという方法を選択した。それによって今作は彼女の複雑な愛が濃厚に反映された、特別なものへと昇華されたのだ。

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