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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Tim Sutton&"Donnybrook"/アメリカ、その暴力の行く末

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アメリカ映画に欠かせないものとは何だろうか。世界を救うヒーロー、全てを包み込む家族愛、気持ちのよい爆発、どこまでも広がる果てしない大地、洒落た服に身を包んだ人々の小粋なジョーク。様々なものが挙げられるだろうが、もう1つ欠かせない大事なもの、それは暴力だ。本能による暴力、差別を起因とする暴力、銃などの武器によって生じる暴力。これら種々の暴力はアメリカの生誕より不可分なものであり、今でもその病巣の中心には暴力がある。米インディー映画界の異端児Tim Sutton(ティム・サットン)の第4長編“Donnybrook”はそんな暴力を通じてアメリカを描き出そうとする意欲作だ。

アメリカのどこか、広大な大地のどこかでドニーブルックと呼ばれる拳闘大会が行われることとなる。この大会は金網の中で素手で殴りあいを続け、最後まで生き残った者に賞金10万ドルが授与されるというものだ。これを目指してアメリカ全土から挑戦者がやってくる。今作はこのドニーブルックを目指す2人の男を描いた作品だ。

まず1人目はアール(ジェイミー・ベル)、彼は父であり夫である男であるが、仕事はなく貧困に喘ぐ日々を送っている。住む家もないゆえ、家族と空き家を転々としながら、何とか糊口をしのいでいた。だからこそドニーブルックで得られる賞金が何としてでも必要だった。彼は息子と一緒に、会場へと向けて車を走らせる。もう1人の主人公がマグナス(フランク・グリロ)だ。彼は麻薬の密売人であり、妹であるデリア(マーガレット・クアリー)と麻薬を売り捌きながら生活していた。アールとの間には因縁がある。アールの妻を麻薬中毒に貶めた人物こそがマグナスなのだ。彼もまた賞金を求めて、ドニーブルックの会場へと向かう。

今作はまずロードムービーとして、2つの歪んだ魂の旅路を描き出す。アールは拳闘の練習を繰り返したり、息子と束の間の交流を果たしながら少しずつ目的地へと近づいていく。その姿は少々暴力的ではありながら、家族思いの父親といった風だ。一方でマグナスは麻薬を売ったり、裏切り者を抹殺していく。彼は“悪魔”と称される通り、余りにも残虐であり、手加減はない。この2人が出会う時、いったい何が起こるというのか?

監督であるSuttonはこの旅路を通じて、アメリカの貧困や荒廃を凄まじい密度で描き出していく。彼らのめぐる場所には、凄絶な荒廃の感覚が濃厚に滲んでいる。悲惨なまでにみすぼらしい家の数々、濁った色彩が這いずるような外の風景、鬱蒼として瘴気を吐き出し続ける森。それらの荒廃は、アールたちの現状や身なりにも反映されている。金も職もないゆえの根無し草の生活や麻薬密売というアウトローとしての生活、暴力による賞金の獲得が唯一の希望足り得る荒んだ現状。これらをSuttonは一切の忌憚なく描き出す。この凄絶さを高めるのはDavid Ungaroによる撮影だ。彼の撮影は端正かつ尖鋭であり、目前の風景を驚きの密度で以て映し出していく。その画には美術的概念で言う崇高さがどこか備わっており、その崇高たる美が観る者を魅了して止まないのだ。

この撮影にも関わってくるが、Suttonの眼差しはカメラと被写体の遠さを反映したかのような突き放した感覚がある。彼はこの映画においては神の視点に座し、誰にも肩入れせず、どんな出来事にも感情を交えることなく、突き放した視線で以て目の前に広がる風景を観察し続ける。こうした冷淡さが撮影の詩的崇高さとの相乗効果で、映画には唯一無二の凄みが宿っていくのだ。

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しかしTim Suttonとは一体誰なのか。彼は日本では全く有名ではないが、アメリカではその特異な作風が注目されている映画作家である。デビュー作は2012年の“Pavillion”、夏の日の郊外を舞台に少年たちの倦怠や秘密を描き出す作品で、ガス・ヴァン・サントの再来という評価を得た。2013年の第2長編“Memphis”はカリスマ的な魅力を持つ歌手がメンフィスを彷徨う姿を描いた作品、2016年製作の第3長編“Dark Night”ダークナイトライジング」上映中の映画館で起きた銃乱射事件をモチーフにした群像劇で、いずれも高い評価を得ることとなる。今まで彼は郊外の憂鬱、芸術家の人生、アメリカをめぐる暴力といったテーマを描いてきたが、今作では“Dark Night”でも描いていた3つ目のテーマを更に追究した作品ということだ。

そんな彼の努力に貢献しているのが、俳優たちの佇まいだ。アール役のジェイミー・ベルは大々的に躓いたファンタスティック・フォー以降、再びインディー映画界へ舵を切りリヴァプール、最後の恋」や2019年のサンダンス映画祭で注目された“Skin”など面白い選別眼を見せている。ここでも苦難の道を行く若い父親として、静かな熱演を見せてくれる。そしてデリアを演じるマーガレット・クアリーは注目度急上昇中の俳優であるが、ここでは独特の雰囲気を湛えながら映画に新たな層を宿してくれる。

だが何といっても注目すべきはアンガス役のフランク・グリロだ。生粋のアクション俳優である彼はA級B級に関わらず多数のアクション映画に出演しているが、彼の演技力をフルに引き出した作品は少ない。その少ない中の貴重な1本が今作な訳である。その存在感は尋常ではないほど悍ましいもので、悪魔というニックネームが生温い。それよりも死神に相応しい戦慄を身に纏っている。

そんな彼の存在感は今作のテーマにも密接に関わっている。そのテーマとは有害な男らしさ(Toxic Muscularity)だ。彼は屈強な男性性を纏いながら、暴力で以て妹を支配し続け、自身の前に立つ者を暴力で捩じ伏せていく。彼の姿は正に肥大した危険な男性性の発露だろう。更にこれはある種アールにも言える。共に旅をする息子と彼は良好な関係を築いている。しかしその絆はサンドバッグへの拳打など暴力によって紡がれているとも言える。この危うい関係性は有害な男らしさの批評として機能しているのだ。

今作の核にあるのは暴力に他ならない。だがSuttonは見世物的に露骨な形で描き出す訳ではない。実際に物語は暴力で汪溢してはいない。凄まじく生々しい暴力をここぞとばかりに叩き込んでくるのがサットン流だ。それらは快楽混じりの軽いものではなく(別にそれが悪いわけではない)、臓腑に重く叩き込まれる類いのものなのだ。それが恐ろしい。

そしてSuttonはこの暴力を通じて、アメリカという大いなる国それ自体を描き出そうとする。この国には暴力が蔓延している。それは様々な形で人を襲い、命を奪い続けている。男たちはそんな暴力にとり憑かれて、全てを破壊するために突き進んでいく。こうして進み続ける2つの歪んだ孤独な魂はどこへと辿り着くのだろうか。

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